Ⅱ 忌み子と竜 (2)

 「エリア、さっきの地図」


 不意に声を掛けられたエリアはビクッと肩を震わせ、言葉の意味が理解出来なかった。「ん」とシュラが催促をしてくるので、エリアは彼の考えがやっと分かり、地図の描かれた巻物を手渡した。


 「ここが、この草原だろ?少し開けているし。そうなるとこっちの方角が海になるわけだから」


 ブツブツとシュラは地図を片手に、あちこちを指差した。どうやら方角を測っているらしい。しかし突然シュラは唸り始めた。


 「地図、読めないんですか」


 エリアはヒョコッと顔を出してその地図を眺めた。シュラは少し鬱陶しそうにしていたが、エリアは出来るだけ意に介さずにいた。


 「亀岩は多分……こっちの方角になると思います」


 そうしてエリアはある一点を指差した。シュラは驚いた顔を見せる。


 「地図読めるのか」

 「ちょっとは、ですけど。お父様が教えてくれたので」


 そう言うと、舌打ちが聞こえた。エリアが思わず振り向くと、シュラはバタバタと翼をはためかせていた。


 「良いか、エリア。ここからは少しの間、別行動を取るぞ」

 「別行動……?」


 何でそんなことを、とエリアは思った。それでは共に旅をすると決めた意味がまるでないのではないか。


 「お前がいると日が暮れちまう。ちゃちゃっと行ってくるだけだ。すこしこの辺で待ってな!」


 そう言うと、シュラは風を巻き起こしながら飛び去って行った。取り残されたエリアは、なんだか急に寂しくなり、近くにあった小石をコツ、と蹴飛ばした。


 (また、一人か)



 「この辺にあるはずなんだが」


 地面に降り立ったシュラは辺りを見渡した。先程の見渡しの良かった草原が嘘のように思えるほど、ゴツゴツとした岩が多くそびえ立つ岩場に立っている。シュラは身に潜ませていた地図を取り出して広げた。


 「情報は亀の甲羅のように凹凸が隆起した岩、てことだけか」


 もう一度、一帯を見渡すがそれらしきものは見つからなかった。しかし簡単に諦める気もないので、歩みを進めて様々な方面から見ていくことにした。


 (早いところ見つけて、戻らないとな)


 野垂れ死にしようが構わない、と言いはしたが、本当にそうなったら気分が悪くなりそうだし、エリアがまともに食料を見つけられるとも思えなかった。舌打ち交じりにシュラはズシズシと歩きながら、周りを眺めた。



 「どうしよう、かな」


 エリアはポツリと呟いてから、最近独り言が多くなったかもしれないと思った。城の中でも話せる相手はごく僅かで、それも毎日顔を会わせるとは限らない、執事の老人くらいしかいない。無理もないのかもしれないが、それでも良いクセではないだろう。少し気を付けようとエリアは思った。

 今は共に旅に出ているシュラがいるではないか、反応がどんなものであれ返ってくるのであれば、それはコミュニケーションとして成り立っていることになるではないか、とエリアは考えたが、さっきの事を思い出して、不可能かもしれないと少し顔を地面に向けた。


 (どう、接すれば良いんだろう)


 竜の里での出来事は刺激が強かったのもあるが、基本的には楽しかった。というのもドルガやシェルタ親子のようにこんなエリアでも受け入れてくれる、そんな人(竜?)もいたからだ。しかし、シュラは違う。

 彼はどういうわけか、エリアを旅の供として受け入れようとする素振りすら見せていないのだ。竜の里で何度か話題に上がっていた人と竜の確執が生んだ歪みなのだろうか、それとも他の何かがあるのだろうか。

 突然、ぐうとエリアの腹が鳴った。


 「考えていてもお腹は減る、よね」


 クスッとエリアは笑って、辺りを見た。見た感じでは、食べることが出来そうな果物の類はなさそうだった。かといってあまり離れると、シュラが何を言い出すか分からない、とエリアは思った。


 「あの微妙なスープを懐かしく思うなんて」


 そう言ってエリアは、コロンと寝ころんだ。まだお日様はギラギラと大地を照らしている。


 「……どうしよう、かな」


 数分前と全く同じことをエリアはポツリと呟いた。シュラが帰ってきたら、それはそれで気が重いのだが、かといってこのままでいるのも、気が晴れなかった。



 「あぁ、クソ」


 苛立ちに身を任せてシュラは近くの石を蹴り飛ばした。人間とは違う竜のそれは、小石とは呼べない大きさの石を数十ヤードも飛ばした。


 「どこにもねぇじゃねえか。何が亀岩だよ」


 悪態を吐くシュラは、お世辞にもきれいとは言えない言葉を何度か口走っていた。かれこれ一時間ほど歩いていたのもあり、腹の虫がなっているのも苛立ちの原因であろう。元々シュラが短気だったのもあるが。


 「あのクソ親父、適当な地図を描いたんじゃないだろうな?」


 手に持っていた地図を何度眺めても、答えは出そうにない。物に当たるのは良くない、と思いながらもシュラはその地図を地面に投げつけて、見下ろした。


 「……ん?」


 シュラは落ちている地図を見ていて何かが頭をよぎったのを感じた。今のは一体何だったのか、と改めて地図を見下ろす。今度は違う角度から見下ろそうかと思った、その時シュラはピン、と来た。


 「角度を変えて、見下ろす」


 そう言うとシュラはすぐにバタバタと翼を広げ空に舞った。砂ぼこりが地面には広がっているが、それを気にすることなく出来るだけ高く飛んで、バッと見下ろした。


 「ビンゴ、か」


 思わずシュラは笑みを零した。なるほど、亀岩とはよく言ったものだ。この角度から見下ろせば、確かに亀の甲羅というほかないだろう。


 「親父の野郎の性格の悪さが良く分かったぜ」


 そう言って、シュラはまた父の悪態をついた。しかしこの眼前の壮観な、まさに亀岩と呼ぶべき岩場は見ることが出来て良かったかもしれない、とシュラは思った。


 「とりあえず、第一の目的地は到達だな」


 そう言うとシュラは、一旦地上に降りて落ちている巻物を拾い、自分の爪で自分の脚を突き刺すと、流れた血をインク代わりに、巻物に記し始めた。これは頑丈な竜族だから出来るものであった。


 「あとは、そうだな」


 自分ですら腹を空かせているのだ。人間はもっと空腹の中であろう、とシュラは思った。ウサギか何かいれば、軽く焼いて食べれば昼飯は十分だろうと考えながら、シュラは空を飛んで行った。



「ん?」


 草原に降りたシュラが見たものは、スースーと寝息をたてるエリアの姿だった。確かに想定していたよりも大分遅くなってしまったし、シュラの予想に反して、エリアがしっかりとこの場所に居続けたことの証明ではあるが、シュラは呆れながらズシリと腰を下ろした。


 「……シュラ?」


 エリアは眠そうに目を擦りながら戻ってきたシュラを見た。そして申し訳ない、と目を伏せながら言った。


 「すみません、寝ているなんて」

 「別にどうでもいいが」


 敢えてシュラは目線を合わせずに、ツンと言い放った。エリアもバツが悪そうにそれ以降は言葉を発しなかった。少しの沈黙の後、シュラが不意に言い放った。


 「腹減ったんじゃないのか」

 「え?」


 キョトン、とエリアはシュラを見ていた。


 「飯だよ。もう昼過ぎだろ、流石に何か食わないと身体が持たないだろ」


 そう言ってシュラは辺りを見渡した。


 「何か食えるモンを探してこないとな」

 「シュラ、その事、ですけれど」


 エリアが手で飛び立とうとするシュラを制した。シュラは訝し気にエリアを見る。するとエリアは草むらを指差していた。


 「一応、セットはしてみたんですが」


 その言葉の意味をシュラはすぐに理解した。薪がいくつかくべられており、火元さえあればいつでも焚火が出来そうではないか。そしてエリアは「それと」と前置きしてから言った。


 「ここから少し離れたところに、湖がありました。決して大きくはないです……けれど、魚は何匹か元気に泳いでました、よ」


 エリアは精一杯シュラの目を見ようとしたが、何故かそのずっと奥を見つめてしまう。シュラはそれに気付いているのかいないのか分からないが、エリアをじっと見据えながら言った。


 「焼き魚、か」

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