202 希望の国・西門


 明朝、第一中隊の作戦は予定通りに決行された。


 四つの門を同時に小隊ひとつで強襲し、その後集結し1中隊となった人員で、中央の城を落とすという強行軍。

 しかも、A指定群体と人型殻獣が大挙する中で、である。


 普通であれば無謀であるその作戦。しかして、『西門強襲』部隊であるブラボー小隊は見事、その第一段階をクリアした。


 次は第二段階。他の部隊が門を占拠したと連絡があり次第、中央の城へと侵攻することになっており、それまでの間、可能な限りの一般人の確保、拘束を行っていた。

 この場に住む人間は、『無許可で営巣地へと侵入した人間』であり、その生命保持に関して国も、州も、国疫軍も一切の責任を持たない。しかし、可能な限り、彼らを保護することが作戦に盛り込まれていたのだ。


 ブラボー小隊の面々は『希望の国』の国民達……西門の周りで生活していた人間達の両腕を縛り、殻獣の隔離音波機を設置した輪の中へと連れていく。


 その作業は、驚くほどスムーズに進んだ。


 誰一人、ブラボー小隊の人間を「敵」だと罵ることなく、ただ静かに、自発的に『安全地帯輪の中』へと歩いて行った。


「こういうことだったのか……」


 ブラボー小隊の伊織は、項垂れる男の両手を後ろ手に縛る作業に励みながら呟く。


 伊織は、ずっと不思議に思っていたことがあった。


 フェイマスの本拠地、『希望の国』。その王城は広大な円状の城壁に囲まれており、その城壁には東西南北四ヶ所に門があり、そこが居住空間となっていると、作戦会議で知らされていた。


 なぜ、城ではないのか。城でなくとも、城壁の『中』で生活をしないのか。城壁というものは、己を守るため……国民を守るためにあるものだ。

 にも関わらず、作戦会議で知らされた『壁の外で人々が生活している』という情報は伊織にとって理解に苦しむもので、数少ない生き残りの人工衛星からの映像を確認した情報幕僚の目と頭を疑ったりもした。


 その現実を、実際に目にするまでは。


「……まさか、こんな状態だったとはね」


 伊織は苦虫を噛み潰したような顔のまま、腕を縛り終わった男性の背を音波発生機の輪の中に向かって押す。

 男性は、他の人々と同じように、ふらふらとした足取りながら、自発的に歩いて行った。


 その背を見送る伊織に、同じ作業を繰り返していたアラスカ支部のコナーが話しかける。


「国民ってーよりも、食料だな、こりゃ。ヘドがでるぜ」

「食料、ねぇ……」

「オシキリには、この言葉はちょっと怖かったかな? 俺の胸にドーンと飛び込むか?」

「死ね。純粋に死ね」

「うっ……でもそこがいい!」


 ふにゃふにゃと笑うコナーをバッサリと切り捨てた伊織は、一箇所に集まり項垂れる『国民』たちに視線をやり、呟く。


「『食料』なんて、言葉を濁すな。これは……家畜だ」


 ブラボー小隊達が西門の探索で発見したもの。

 門の外に設えられたテントの下にあったのは、簡素な台と大量の袋。

 袋の中身は、大量のとうもろこしの粉。それは、最低限の食事……『餌』として使えるような代物だった。


 簡素な台は、調理場。しかし、とうもろこしの粉を湯で溶くのにそんなものは必要ない。

 台には大量の血痕がこびり付き、乱雑に置かれたノコギリは昨日の晩に使われたのだろう、どす黒い血が付着していた。

 そばに乱雑に置かれたバケツに刺さる『右腕』が、その場で何を『調理』していたのかありありと表し、それらを見つけた伊織は、胃に酸い物が込み上げてくるのを感じたものだ。


 そして、衛星写真で確認された掘建て小屋は、牢獄——否、家畜小屋。


 殻獣は、人間を襲い、食らう。それは人型も変わらない。

 人型殻獣を新たな仲間だと信じ、『希望の種子』を信じてアラスカまできた超自然主義者たちは、その『餌』として扱われていた。


「この人たちは彼を信じてアラスカまで来て……このような仕打ち。ブロックハウスJr.……許せませんね」


 伊織は、後ろからかけられた声に振り返る。彼らのもとに合流したのは、ルイスだった。


「レンバッハさん! おっつかれさぁあっす!」


 コナーの勢いに乗った挨拶に、ルイスは「え、ええ」と引き気味に返事を返す。

 男らしく、かつ紳士なルイスにコナーは興奮し、『理想の漢』だと懐いていた。


 騒がしいコナーに対してふん、と鼻息を鳴らすと、伊織はルイスへと向き直す。


「先輩、そっちは?」

「テイラーさんとようさんがまだ作業中ですが、目処がついたので私はこちらに」


 ルイス達は門より少し北、北西方向へと向かい、『ゴミ置き場』を発見した。

 そこに捨てられていたのは、腐り、異臭を放つ『肉』。西門の状況を知っていた彼らは、報告用の写真を納めたのち、他の人間達に見せぬままに、死体を弔うように、土葬処理をしていたのだった。


「……やんなるな。こんなの」


 思っていた以上の凄惨な現実に、伊織は耳をへにゃりとさせる。

 こんなことなら、人間達が人型殻獣とともに自分たちに敵意を向けてくる方がマシに思えた。


 力なく呟く伊織に、コナーは姿勢を正して声をかける。


「オシキリ、大丈夫か?

 やっぱり、俺の胸で……!」


 伊織に対してコナーが伸ばした手は、空を切る。

 直後、コナーの背後に伊織は移動していた。


「触るな」

「さ、触ってねーよ、まだ!」

「は? ボクの身体に触れてみろ、切り落とす」

「うぐ……」


 あまりにも明け透けな伊織の言葉に、コナーはふらふらとよろめき、渋い顔をルイスに向ける。


「レンバッハさん。オシキリはいつもこうなんですか……」

「……ええ、まあ。彼が心を許しているのは、一人しかいませんから」

「くぅーっ、二人目になりてぇ!」

「一生無理。さっさと作業に戻れよ」

『あー、あー。全員聞こえる?』


 騒がしくなった三人の耳に、通信の声が届く。コナーは耳元に手を当てながら、声の主へと返答した。


「聞こえてるぜー、シアーシャ」

『この作戦中は隊長って呼んでって言ってるでしょ、コナー。

 ……南西方向に離れたところで、人型殻獣一体を撃破。近辺にはもういないと思うけど、一応気をつけてね』

「やるじゃん! 隊長サマ!」


 にひひ、とコナーは笑う。


 西門を解放する時も、その後の制圧も、高位異能者でも太刀打ちの難しい人型殻獣たちを撃破したのは、シアーシャの異能だった。


 彼女は『手枷』の意匠を持つマテリアル9の異能者であり、その異能は、3メートルほどの高さの巨大なロボットのような『従者』を作り出すというものだ。


 この存在はシアーシャの指示に従わない。

 シアーシャが異能でコントロールするのは、『従者』に対して『好きに動いていい』か『止まる』かだけである。

 そのような縛りがあるために、彼女の異能は強度9でありながら人型殻獣達を屠るに余りある『暴力』を持ち合わせていた。


『サマはいらない。コナー、真面目にやって。それで……こっちにも牢があった。嘘みたいだけど、『ヘラクレス』を確保したわ。少々衰弱が見られるけど、五体満足よ』

「なっ……」


 ルイスは驚き、詰まったような声を上げた。


 世界同時バンの際にワシントンDCに現れた人型殻獣『ハーミア』に連れ去られたアメリカのヒーロー『ヘラクレス』。


 ルイスと同じ『雄牛』の意匠を持つ、世界唯一の『エンハンスド10』の異能者。

 多くの人間と同様に、ルイスも連れ去られた彼に関して最悪の結末を覚悟していたが、生きており、しかも、早い段階で彼を解放できるというのは、予想外の収穫である。


 戦線に加わってもらえれば、文字通りの100人力。

 そうでなくとも、ヘラクレスが生きているというのは、人類にとって希望となり得るだろう。


『『従者』とオーガスタス大佐を連れてそっちに戻る。要警護者がいるから、『従者』は途中動かせない。いつでも援護に来れるようにだけ体を空けておいて、特にコナー』

「おう!」


 コナーもルイスと同様にヘラクレスの救出に喜んでいるのだろう、その声は普段よりももっと明るいものだった。

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