200 ウィリアム
日が傾き始めた頃、完成した仮設の前線基地の中を、ユーリイは一人歩いていた。
疲労を浮かべる何人もの隊員たちとすれ違うが、誰一人として彼を気に留めることはない。
否、気がつくことはない。
彼は異能を発現して姿を隠したまま、一人基地の外れへと黙々と足を進める。
脳内には一つの光景が強く焼き付いており、
曇った空、揺れる木々、荒れた大地。
その中に佇む、大鎌を携えた『死の運命』と、棺。
周囲に広がる緑色の汚れと、砕けた蟲の残骸。
間宮真也という、『なりすまし』という、『葬儀屋』という男の、戦場。
「さて……この裏切りは、彼の『鍵穴』には映っていたのかな」
異能の中で独り言ちながら、ユーリイは集合地点へと足を進めた。
ユーリイは基地の外れ、全くひとけのない場所に到着すると一度異能を解き、いつもの『笑顔』を顔に貼り付けて挨拶する。
「やあ、待たせたね」
「いえ……」
最初に返事を返したのは真也だったが、彼の眼前には、4人の人間が立っていた。
三人の『
真剣な顔、不安そうな顔、訝しげな顔、敵意を隠したすまし顔。四者四様の表情を見渡すと、ユーリイは右腕を伸ばす。
「すまないが、全員を僕の異能で『他者の認識外』に置かせてもらうよ」
「構わないわ」
ユーリイはアリスの返答に頷くと、異能を発現し、5人の秘密の会談が始まった。
最初に口を開いたのは、アリス。
「で、どういう情報なのかしら? 『フェイマス』について情報があるとのことだったけれど」
「まあ、そんなに焦らないで。先に僕の『仕事』について、説明させてもらえればと思う」
「僕は、『アンノウン』、『フェイマス』、その双方に所属する二重スパイだ」
「ユーリイさん、二重スパイ……だったんですか」
「ああ。かっこいいだろ?」
「な、なら、今朝の襲撃も知っていたんですかぁ……?」
美咲の言葉に、ユーリイは首を振る。
「おっと、やめてくれ。知っていたなら明かしていたさ。
知らなかったからこそ、こうして全てを君たちに打ち明ける許可が出たんだ」
「誰の、許可?」
「『
「2年間も、二重スパイをしていたの?」
「ああ。『フェイマス』の行動自体は、もっと前から確認されていたからね。
今回ほど大々的ではないにしろ、奴らは何度も『バン』を意図的に起こしてきた」
「……南宿以外にもですか?」
ユーリイは真剣な表情で頷く。
「ああ。僕も全てを把握しているわけではないが、殻獣災害、突発災害、大型の『バン』。数えきれない数をね。
あいつらは意図的に殻獣災害を起こし、それによって利益を得ながら、さらに多くの人型殻獣を作り出していた」
「意図的にバンが起こされていたなんて……」
「今までは、かなり秘密裏だったからね。中将が不審に思って金の動きを追った結果、なんとか判明したのさ」
「金の動き。普通の国疫軍じゃ、気づけないわけね……」
「じゃ、じゃあ、なんで今回は……こんなに派手にやったんですかね……?」
美咲が疑問の声をあげるが、それに対し、レイラが苦々しげに呟いた。
「……秘密裏にする、必要、なくなった。ということ」
「世界を人型殻獣たちの……自分たちのものにする準備が整った。ということ、ですか」
真也の言葉に、ユーリイは頷く。
「ああ。そういうことだろうね。
今回の一件で、僕が『二重』だと感づかれてしまったと分かったし、これ以上の情報は得られそうにない。
だから、僕の知る限りの情報を、君たちに開示する」
「私にも?」
レイラ以外の三人は、この作戦の中核を成す『ハイエンド』である。その中に自分が入っているというのは、レイラとしては不思議だった。
自分に伝えるのであれば、全体、もしくは第一中隊に知らせてもいいだろう。
そんなレイラの疑問に対し、ユーリイは微笑む。
「いや。元々開示するのは君以外の3人の予定だった」
「なら、なぜ?」
「僕から中将に提案した。君も知っておいた方がいいと思ってね。安心してよ。君に伝えることも最終的には許可されたから」
ユーリイは早口に伝えると、それ以上の反論が出る前に『本題』へと入る。
「さて、と。君たちに特に伝えておきたいのは、『ウィリアム』についてだ」
「ウィリアム。情報で見たけど、人型殻獣団体『フェイマス』の首領よね?」
「そうだ。というか……人型殻獣は、彼が『造った』殻獣だ。
方法までは知らないけどね。トップシークレットどころか、彼以外は誰も知らないよ」
殻獣を造る。あまりにも荒唐無稽なその言葉に、真也は首を捻る。
「新種の殻獣を、作る……? そんなこと、できるんですか?」
「できるも何も、飼い慣らすことはおろか、どこからきているのか、どうやって生まれているのか、全くわかっていないのよ?」
「人型殻獣、造る知識……。奴は、どこから、得たの?」
「ああ、それが最も重要な内容だ」
レイラの質問に対し、ユーリイは指を立てる。
「『鍵穴』から見た、と彼は言っていた」
「鍵穴? なによそれ」
「分からない。おそらく異能だろう」
「鍵穴……そんな意匠あるんですか?」
「いや、無いね。全ての国、全期間での異能台帳を調べたが、そんなものはなかった。
唯一近いのは……『鍵』くらいかな?」
「鍵……」
「まあ、鍵の異能も、発現する強度の人間はいなかったようだけどね」
鍵の意匠の異能。ユーリイは『発現する異能者はいない』と言っていたが、その異能を『発現』できる人間を、真也とレイラ、そして美咲は知っていた。
間宮真也。
この世界に元からいた、隠されたハイエンド。この場にいる真也を並行世界から連れてきた異能。
それこそ、『鍵』の意匠だった。
「まあ、『鍵』とは関係ないかもしれないけどね。でも、彼の異能内容については、仮説があるよ。
彼の異様な『先見性』と『知識』。こちらの動きを把握する『情報網』。それらを含む、彼が『鍵穴』で確認をしたと言った内容。
それらから予想されるのは——未来予知と、過去視。期間と、可視距離は……少なく見積もって50年」
ユーリイの導き出した仮説を、真也はオウム返しにつぶやく。
「50年分の過去と未来を……知る能力……」
真也は、津野崎が真也の異能内容について語るとき、似たことを言っていたことを思い出した。
真也の『自動防御』は、近未来の予知を行って、先回りをして防御しているのではないかという仮説。
その仮説は真也にとって眉唾ものだった。だが、今回の相手は未来予知した内容を『把握』しているという。
もしそんなことができるなら、強力というよりも、もはや『
半信半疑の真也に反して、アリスは腕を組んで顎に手を当て、頷く。
「なるほど」
「おや、信じてくれるのかい? 途方もない事を言ったつもりだったけどね」
「異能が短時間の未来や過去に干渉している、というのは昔から考えられていたことよ。実際に確定的なものはないけれど。それ自体が能力のものがあってもおかしくないわ」
「学者だねぇ」
「茶化さないで」
ユーリイの茶化すような言葉に、アリスは尻尾をぼふ、と膨らませた。
「……むしろ、そのほうが『新型殻獣を造った』ということを『まだ有り得る』ってレベルに落とし込める。
今はできなくても、未来から殻獣を造る知識を得たということなら、理解できる。
その知識を、『こんなこと』に使う……その神経は、決して理解できないけど」
「で、でででも、も、もし未来が見えるなら、二重スパイなんて、な、成り立たなく、ないですか……?
ばれちゃいませんかぁ……?」
美咲の、ある意味真っ当な質問に、ユーリイは大仰に頷く。
「ああ。僕もこの仮説に辿り着いた時、死んだと思ったよ。いや、むしろ……なぜ生きているのか分からなかった。
だが、僕は『そう』ならなかった。ま、今回、殺されかけたけどね」
ユーリイは、ははは、と笑ったが、神妙な顔の四人に気づくと、バツが悪そうに肩をすくめた。
「そして……おそらくだが、彼は『希望の国』にいるはずだ」
「ウィリアムが!?」
真也は驚いて大声を出し、しまった、と口に手を当てる。
ユーリイの異能によって周りに感知されることはないが、あまりに衝撃的すぎて、自分の思った以上の大声が出たことに動揺してしまった。
『ウィリアム』。人型殻獣を造り、『フェイマス』を作り、この世界を混乱に貶めた男。
名前以外何も分からなかった男が、ここにいる。
「でも、そんな情報は無かったわよ?」
「『いる』と確認が取れていなかっただけさ。間違いなくいる」
「な、なぜそう言い切れるんですかぁ……?」
「今朝の襲撃さ。あれを行えるのは、殻獣を操ることのできる『スザンナ』だけだ」
「スザンナ?」
「君たちも写真を見ただろう? 人型殻獣の少女の」
ユーリイの言葉に、真也は眠たげな表情をした白黒写真の人型殻獣の姿を思い出す。
『i』でのブリーフィング時に蒋大佐に「必ず殺せ」と言われていた人型殻獣。
「『アレ』は、そういう名前なのね」
「ああ。スザンナは人型殻獣たちのなかでも特殊な存在でね。彼女は、誰の指示にも従わない。
他の個体とは何かが違うのか、ウィリアムの命令に背くことができたし、『自分の考え』のようなものがあるようだ。
僕の知る限り、スザンナが異能を使うのはウィリアムに『頼まれた』時だけだ。ということは、ここに『ウィリアム』がいる。
僕らの作戦を先に把握した点も含め、そうでなければあの襲撃は行えない」
未来を見る能力と、殻獣を送り出す能力。その二つが合わさったからこそ、こちらの先制を『予見』し、地上に上がったタイミングでの『殻獣による襲撃』が行われたのだ。
こちら側からは防ぎようのない襲撃。
それは脅威だったが、同時に『こちら側』にとっても千載一遇の機会となったのだ。
「奴は『ここ』に居る。一気に、『フェイマス』との戦いを終わらせる、最大のチャンスと言えるだろうね」
「全てを終わらせる、チャンス……」
真也は、ぎゅっと手を握る。
その様子を、レイラと美咲は、全く違う表情で見つめていた。
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