199 『殺す』こと
真也と透が合流し、本部天幕にはアルファ小隊が揃う。
10人が本部天幕のテーブルを囲むが、その中にクーの姿はない。
彼女は『波紋』によって感知されてしまうため、ひとり森の中で待機していた。
アリスは全員を見渡すと、ゆっくりと立ち上がる。
「まずは、救援任務ご苦労様。人型殻獣の奇襲という難局だったけど、結果、被害は死者16名で済んだわ」
16人の犠牲者。
それは、A指定群体と大量の人型殻獣に強襲されたという事実と比べれば驚くほどに少ない。
しかし、ゼロではなかった。
その事実は真也の胃に、重くのしかかる。
「16人……」
暗い顔で呟く真也をアリスは一瞥したが、何も声をかけることなく報告を続ける。
「戦闘による負傷者は47名。死者16名で戦力8%減だけど、第一中隊は損害なし。全体作戦はそのまま継続されるわ」
「変更なし、なんですか。47人も……1/4も、負傷したのに」
真也は驚いたように顔を上げたが、それに対する回答は、横に座るイアンからもたらされた。
「高位治癒担当が居ると、死者以外は即、戦力に戻せるからな。25%は負傷者『だった』だけだ」
オーバードは、治癒異能によってすぐさま傷を塞ぐことができる。後遺症に似た疲労感はあれど、戦闘が『できない』わけではない。
真也にとっては腑に落ちない内容だったが、この世界に生きるオーバードの彼らにとっては当たり前のことだった。
アリスは耳をぴくりと動かすと、淡々としたまま言葉を紡ぐ。
「……で、私たちアルファの作戦内容についてね。良いニュースと悪いニュースがあるけど——」
「良い奴からにしてくれ」
アリスの言葉の途中で割り込んだのは、イアン。
言葉とは裏腹に苦々しげな表情を浮かべる彼に対し、アリスは腕を組み、頬を持ち上げる。
「へえ、そういうタイプ?」
「こういう時の良いニュースはだいたい良くない。夢見るくらいなら先に聞く」
からかってやろうかと思っていたアリスは、イアンの現実主義な返答に静かに息を吐き出した。
「いいニュースは、私たちの作戦内容も変更なし、よ。良かったわね。作戦に遅延を発生させなくて済むわ」
「じゃあ、悪いニュースはなんなんスか……?」
「すぐ出るわ。でなければ、元々の作戦決行時間に『希望の国』の東門にたどり着けない」
「隊長……それは、つまり……」
アリスは顔を歪めて言い淀むエリノアの肩に、同情するように手を乗せる。
「エリノア、今日は移動中に野営よ。『
アリスの言葉に、中国支部の鈴玉と飛龍の表情も歪む。
「ほぅー……。A指定群体の中でですか……」
「せっかく基地が完成したというのに」
彼らだけではなく、他の隊員たちも同様の反応を返していた。
つい先ほどまで戦闘を続け、そしてこの後に『絶対に失敗できない』任務が待っている。
疲労を取り除く間もない強行軍は、命令でなければ断りたいような内容だ。
鈍い顔の隊員たちの中で、真也が口を開く。
「俺は……それがベストだと思います」
先ほどまで暗い顔だった真也の言葉に、イアンは狐耳をぴくりと動かし、視線を向ける。
「どうしてそう思うんだ?」
「クーは、夜目が効かない。昔、彼女と話した時に、暗い時は『特殊能力』で位置を把握しているって言っていたから。
人型殻獣全てがそうかは分からないけど、でも……」
「夜の襲撃は、ない?」
言わんとすることを解したレイラの質問に、真也は頷く。
「確実じゃないけどね。
日が高くなるまで待ってたら、むしろ奴らに襲撃のチャンスを与えることになる。俺たちにも、世界に対しても。
明日の早朝の作戦で、一気に終わらせなきゃ。この……『悪夢』を」
真也の言葉を聞き、隊員たちは静かに息を吐き出す。
それは、驚き、納得、諦め。さまざまな感情が入り混じったものだった。
先ほどの戦闘で一番の活躍をし、そしてこの後の作戦でも要となる男が、明確な理由をもって『やる』と言ったのだ。
であれば、彼らの返事は一つしかない。
「……なら、仕方ないか。その方が俺たちも安全ってことになるわけだ」
「イアン、頑張ろうね」
「『黎明』までに『悪夢』を終わらせる、か。詩人だな」
「ほぅー。黎明……『デイブレイク』とかけてるんですね?」
「そ、そんなつもりじゃ」
「ほほー。恥ずかしがらなくてもー!」
わいわいと盛り上がる天幕の中でアリスは手を叩き、全員の視線を集める。
「意思は固まったようでよかったわ。では、1時間後に移動を始める。全員、装備着用の上でここに再集合して。解散」
隊員たちはばらばらと天幕を後にし、自身の装備のチェックや積み込み、栄養補給に向かっていく。
そんな中、真也は天幕を出るとその脇へと歩き、じっと自分の右手を眺めていた。
かすかな震え。
呼吸は浅く、少し視界が狭くなったようにすら感じる。
16人の犠牲者を出した事は真也にとって大きなショックだったが、彼の手の震えは、それによるものではない。
「真也」
不意に後ろから声をかけられ、真也は目を丸くしながら振り返る。
そこに立っていたのは、彼にはわかるほどの微細な『不安』を浮かべたレイラだった。
「……レイラ」
「どう、したの?」
「いや、うん。なんでもないよ」
真也は誤魔化すように右手を揉みながら笑顔を浮かべる。
しかし、そんな彼の仮面は、真也がレイラの表情を見破れるのと同様に、レイラには通用しなかった。
「実感が、あった?」
「え……?」
「『人型』を駆除した、実感」
「……うん」
真也はゆっくりと頷き、再度右手へと視線を落とす。
「あの時は、必死だった。殺さなきゃ、みんなが危なくて。
殺せないことに、『むかつき』さえあった。でも、後からゆっくり、今になって……じわじわと、手が震えるんだ」
命を奪った。
真也は、そうするのが最善だと判断した。
奴らは、『人を襲い』、『危なくなれば、逃げる』。
逃げた後、奴らが何をしでかすのか。それを判断できないし、理解できない。
しかし、理解するほどの時間はない。
であれば、殺すしか……その場で全て『終わらせる』しかない。
真也には判断する地位も、能力も無く、そして『止められる異能』だけはあった。
32体。
それが、真也が殺した人型殻獣の数だった。
「後悔はしてない。でも、そんな俺の意思とは関係なく、手が震えてさ。
何度も、決意して、やるぞ、って決めて。その結果がこれじゃあ、笑えないね」
真也は、眉尻を下げて力なく微笑んだ。
レイラは、真也の右手を両手で包み、震えを止める。
「レイラ……?」
真也が思い悩んでいることは、無言であっても彼の様子から痛いほどに伝わった。
「アレ、人ではない。殺した、ではない。『駆除』」
「駆除……」
「『蟷螂型』『花潜型』『人型』。すべて、殻獣。そこに差は、無い。
真也は、殺したんじゃ、ない。駆除して、仲間を守った」
「仲間を……」
レイラの透き通るような青い瞳が、真也の視線と交差する。
「そういう逃げ方、良くないと思います……よぉ?」
その声は、レイラよりももっと後ろから投げかけられた。
「……喜多見さん?」
「間宮さん、その……おめでとうございますぅ」
「おめでとう……?」
真也に祝いの言葉をかけたのは、美咲だった。
彼女の顔に浮かぶのは、まるで子を見守る母親のような慈愛に満ちた笑顔。普段は肩をすくめ、もじもじとしている彼女とは違う様子だった。
「喜多見、どういう、つもり?」
思い悩む真也に対して送られた美咲の、よく分からぬ賛辞に、レイラの言葉は棘を持つ。
しかし、美咲は普段とは違い、怯むことなく言葉を続けた。
「レイラさん。間宮さんは、『殺した』って言ってるのに……それをねじ曲げるなんて、おかしいですよぅ。
殺したんです。間宮さんは、人の言葉を喋る、異能者を殺したんです」
殺した。その言葉を強調しながら、美咲は真也とレイラの元へと近づいてくる。
「『駆除』。そんな言葉で片付けちゃ、だめです。殺したんです。
そのごまかしは……文字の通りに、間宮さんの心までも『殺し』ますよ?」
二人の目の前まで歩いてきた、いつもと違う様子の美咲。
彼女が言っていることは、レイラには理解できる。できてしまう。
しかし、その考え方は絶対に真也のためにならない。彼の心を殺すのは、その『残酷な方の』現実に違いない。
レイラはそう断じ、近づく真也の間に立ち塞がる。
「喜多見、いい加減に——」
「レイラさん」
レイラの眼前に、美咲の瞳が近づく。
「レイラさんは……何がしたいんですかぁ?
間宮さんは、殺した、って納得しようとしてるのに……なんでそんな風に『逃げ方』を教えるんですかぁ?
なんで、間宮さんを『潰そう』とするんですかぁ?」
「違う」
捲し立てる美咲の言葉を、レイラは真っ向に受け止めた。
「そんな、つもりは、ない。『駆除』。それが、事実」
「なら……軍の『事実』と、起きた『現実』。間宮さんが向き合うべきは、その目に映るのは、どっちですかねぇ?」
「それは——」
美咲の、鋭い言葉に、レイラの体が一瞬強張る。
「喜多見さん、そんな言い方って——」
真也は、自分を励ましてくれたレイラを責めるような美咲の口調に声をあげる。
次の瞬間、美咲はレイラの横をすり抜けて、真也の目の前に躍り出た。
「間宮さん」
美咲は真也の名を呼び、右手を握る。レイラとは対照的に力強く手を取り、満面の笑顔を彼へと向ける。
「間宮さん、良かったですねぇ。改めて、おめでとうございますぅ」
「……何が、かな?」
普段とは違う彼女の様子に警戒しながら、真也は質問する。
彼女の様子は、どこか、昔の『妹』を彷彿とさせた。
美咲は真也の質問に、端的に返答する。
「殺せて、です」
真也は、息を呑む。
彼女の瞳の奥に、鈍いものを感じたからだ。
「これで、『一緒』ですねぇ」
「一緒……?」
「はいっ。きちんと『殺せる』。そのためのルールが、ちゃんとある人、ですぅ。
あの子は……違うから……困ってたんですよぉ。ちゃんと判断して、世界のために『手を汚す』。
それができるのは、私と、間宮さんですねぇ」
「それは、どういう……」
「え? そのままの意味ですよぉ?」
美咲はキョトン、と首を傾げたが、真也には彼女の言わんとすべきことが、何もわからなかった。
「ちょっといいかしら」
混乱する真也に、三度声がかかる。
その声の主は天幕の中から半身を乗り出したアリスだった。
「え? あ、はい……」
アリスは、呆けた声を出す真也の手元へと視線を落とすと、ゆっくりと眉間に皺を寄せる。
「……ミサキ、何してるの? 貴方、ミサキとどういう関係?」
真也の手を握りしめたままだった美咲は、ハッと肩を震わせると急いで手を離す。
「え? ふぇ? あわわわ! すすす、すいません間宮さぁん! 私、興奮しちゃってぇ!」
アリスに指摘され、「あわ、あわわ」と謎の声を上げながら美咲は顔を真っ赤にして縮こまった。
その様子は、真也もレイラもよく知る、いつもの彼女だった。
「丁度、三人ともいるわね。レオノワ、ミサキ、そしてマミヤ。三人とも着いてきて」
アリスは少し不機嫌そうな顔のまま天幕から出てくる。その尻尾は大きく膨らんでいた。
「あ、あの、ついてきてって、どこにですか?」
質問に対し、不機嫌そうな声のままアリスは答えを返す。
「『フェイマウス』の首魁……『ウィリアム』について、ある隊員から情報があるそうよ」
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