196 三人目の『ハイエンド』


 アルファ小隊の面々は、美咲の作り出した数台のバギーに数人ずつ別れて乗り込み、近場の救援地点へと走っていた。


 自動運転で進む四人乗りバギーのボディは金属製の枠に覆われているが、すぐさま戦闘に移ることができるよう屋根がないため、乗車する面々は風をもろに受ける。

 未舗装の大地を揺れながら高速で進むバギーは、オーバードでなければものの数分で振り落とされてしまいそうな、荒っぽい運転だった。




 自動運転の異能を組み上げた後、手すきとなった美咲は、後部座席で揺られながらタブレットを確認し微笑みながら呟く。


「間宮さん、とうとう『やりました』ねぇ……よかったですぅ」


 ほんの少し前まではあらゆる地点に『emergency緊急事態』の表示があったが、それらは次々に『clear完了』へと変わっている。

 その地点は真也の位置と連動しており、彼が各所で殻獣を撃破していることを表していた。


「真也が……人型……倒した、の?」


 美咲の隣に座るレイラは美咲の呟きに反応し、彼女の持つタブレットへと視線を落とす。

 急に覗き込まれた美咲は驚きながらも、振動とは違う、はっきりとした頷きをレイラへと返した。


「た、多分そうですぅ……え、A指定群体ごときに、みなさん『emergency』を出さないと思いますからぁ……」

「……そう、ね」


 美咲の知る限り、レイラは真也が人型殻獣を……『人間の姿をしているもの』を真也が殺すことに反対していた。


 しかし、結局彼は『殺した』。


「レイラさん……やっぱり、い、いや、でしたか?」


 彼が、人型殻獣を駆除すること——殺すことは美咲にとっては予想通りを超えて自明であり必然の結果だったが、それでも彼女は傷ついたであろうレイラの心情を慮る。


 美咲に声をかけられたレイラは一瞬目を瞑ったが、再度視線を前へと戻す。


「……いまは、考える時では、ない。まだ、戦闘中」

「で、ですよ、ね!」

「『葬儀屋』は、派手にやってるようね」


 美咲とレイラの会話に、割り込む声があった。

 美咲が走るバギーの横へと目線をやると、声の主は空を飛ぶ『道化師』アリスだった。


「そうですねぇ……。ま、間宮さん、頑張ってるみたいで、良かったですぅ……」

「出る時の言葉が嘘じゃなくてよかったわ」


 彼女は異能を使い、バギーに乗ることなく空を飛び並走しており、アリスはたなびく髪をかき上げながらほんの少し、微笑んだ。


 美咲は手元のタブレットへと視線を戻し、真也の戦績を確認しようとする。


 と同時に、彼女達の乗るバギーが大きくはねた。

 幾度も揺れるバギーの上で、美咲の顔色が静かに沈んでいく。


「う、気持ち悪くなってきましたぁ……」

「ミサキ、大丈夫?」


 目頭を押さえ、上を向く美咲へとアリスは心配そうな表情を向ける。

 美咲はそれに対して、目頭を押さえている方とは逆の腕を力なく振った。


「は、はいぃ……戦闘に支障はないと思いますぅ」

「まあ、私がいる時点でミサキに出番はないわよ。ゆっくり休みなさい」


 アリスは会話を終わらせると、天高く舞い上がる。


『隊長、よろしいですか』


 まもなく上陸部隊と殻獣との戦闘地域に入ると判断しての行動だったが、彼女の予想を裏付けるように殻獣探知の『波紋』の力をもつエリノアからの通信が飛び込んできた。


『間も無くです。すぐ先に人型が4、その他多数』

「分かったわ。報告ありがとう」

『いえ。隊長の……アリス様の役に立てたのでしたらこれ以上ない幸せです!』

「……そう」


 アリスはエリノアの熱烈な言葉を苦い表情で受け流し、隊員全員に通信を飛ばす。


「総員聞いて、まもなくエンゲージするわ。おそらく人型殻獣がいると思われるけど、この場は総て私がやるわ。ミサキ、具合悪いだろうけど、負傷者の回収お願いね」

『わ、わかりましたぁ!』

「トモエダの乗る2号車は、急ぎ救援要請地点へ向かって」

『りょりょ、りょ、了解っスススぅあぁ!?』


 揺れる車上で、治癒担当の少年は揺れに必死に耐えているのだろう。

 透の返事に対し、アリスは通信に乗らないようクスリと笑う。


「舌を噛まないようにしなさい? ……会敵間も無く!」


 アリスは先行して空を滑る。

 目下には、複数の人型殻獣を前にじりじりと距離を保つ隊員達がいた。


 アリスは通信のチャンネルを地域全体化オープンにし、戦闘中の隊員達に聞こえるように叫ぶ。


『戦闘中の隊員に告げるわ! 『道化師』がこの場を引き継ぐ。負傷者は回収するから一点に集まりなさい!』


 アリスの声に反応した隊員達は上空を見上げ、叫ぶ。


「『道化師』!」

「よし、ぜ、全員退避!」

「ノリスは私が!」


 男性隊員が声を張り上げ、全員が一目散に人型殻獣から離れる。

 負傷し、地面に倒れていた青年を軽々と少女が持ち上げ、急いで彼らに続く。


『ギィィ!』


 彼らの急な行動に混乱していた殻獣たちは出遅れた少女に対して飛びかからんとするが、その動きは途中で『静止』した。


『ギ……ァ?』

『キィ?』


 動きを止められたのは、人型殻獣も同じ。口々に疑問の声をあげる人型殻獣の前に、アリスはゆっくりと降り立った。


 ふわりと尻尾を揺らし、耳をピクリと動かした彼女は不快そうに眉間に皺を寄せる。


「あらあら、楽しそうにはしゃいでいるじゃない」


 殻獣の動きを止めたのは、アリスの異能。

 彼女の異能である『矢印』は、キネシス異能の中でも最も原始的で、強力と言われるもの。


「人型殻獣……どれほどのものかと思ったけれど、私の『念動力キネシス』で、十分捕縛可能のようね」


 『矢印』の異能、念動力キネシス

 異能内容は純粋な『力場の操作』であり、『ヴェール』のように力場の薄い膜を作る異能でも、『歪み』のように位相を生み出す異能でもない。

 その全てが可能であるが、同時に『薄い膜を作る』や『位相をずらす』といった指向性がない異能のため、動きを止める、空を飛ぶなど特定の行動を取るためには総て自分で力の配分を操作しなくてはならない。


 車で言えば、ハンドルとアクセルとブレーキと——エンジン、タイヤ、座席も車体すらないのだ。


 その過程は全手動。ただ燃える燃料を、自分の意思で圧縮し、動力に変え、走る。

 あまりにも原始的すぎて、彼女の異能である『矢印』は、キネシスの中で扱いづらい異能の最上位でもあった。


 そのような異能を、しかもハイエンドとしての圧倒的な熱量の純粋な『力』を16という年齢で使いこなす。


 それが、『道化師クラウン』。世界唯一の『特練准尉』アリス・オルコットという少女だった。


「さあ、楽しい『サーカス』の時間よ。お代は見てのお払いで。

 お代分は楽しんで。せめても——命と、殻獣素材なきがら分はね?」


 人型殻獣達の前に立ちはだかるアリスは、ゆっくりと右腕を持ち上げる。


「まずは、開演の『花火』」


 ぐ、と手を握ると、動きを制されていた殻獣達が次々に弾け飛んだ。

 外部から圧力を掛けられ、甲殻に身を包むその身体が耐えきれなくなり、爆ぜたのだ。


 続いてアリスは右手を上へと向ける。


「次はジャグリング」


 数体残った強固で重量のある殻獣は、まるで小石のように天高く放り上げられ、空中で衝突し、ぐしゃり、と鈍い音を立てて、殻獣達はその体を破壊されていく。


『ギッ……ギギ』


 次々に殻獣が数を減らす中、人型殻獣は圧力に耐えながら、苦々しげに喉を鳴らす。

 じっとアリスを睨みつける人型殻獣に対し、アリスは鼻を鳴らす。


「さあ、楽しい時間は一瞬で過ぎるわね? ま、実際一瞬だけど。『フィナーレ』よ——お辞儀をしなさい」


 アリスが手のひらを下に向けて振り下ろすと、人型殻獣の周りだけ、地面が円上に凹む。

 頭上から掛かる純粋な『圧力』に、数体の人型殻獣は膝をつき、苦々しげに悲鳴を上げるが、アリスの『力』は止まらない。


「——捻じ切れろ」


 人型殻獣たちの体がゆっくりとねじれていく。

 腕が、足が、首が曲がっていき、ビシ、ピシ、と乾いた音があたりに響く。


 人型殻獣達は必死に抵抗するが、アリスの『力』を振り切ることはできなかった。


(個体差が大きい……思ったより、『硬い』のもいるのね)


 アリスは、本来なら一瞬でねじ切るつもりだった。

 しかし、思いの外人型殻獣達の抵抗が強く、甲殻は硬い。


 四体いる人型殻獣の中でも差はあれど、最も硬い一体は、自分たちハイエンド以外では歯が立たないだろうと思わせる『強固さ』だった。

 己がキネシス異能ですら硬いこの甲殻を持つ人型に対し、アリスは力を込める。


「……まあでも、『過去にない』程度。『番外ハイエンド』を舐めないで」


 アリスは気合を入れ、一度握った手を開く。


 その瞬間、人型殻獣達は争うこともできずにねじ切られ、次々に他の殻獣と等しく『破裂』した。


 そんなアリスの圧倒的で一方的な『駆除』を、ちょうど現場に到着したアルファメンバーはバギーの上から目撃していた。

 車体の端で寝転がり、ずっと静かにしていたイアンは、狐耳をピンとたて、少し驚いたように口を開く。


「あれが、ハイエンドの純粋なキネシス異能の力か……」

「同強度だと、マテリアルよりスペシャル、スペシャルよりもキネシス異能、ってシンプルなものほど、威力があるとは言われるけど……あんなにも……」


 イアンの驚きに共感するように、同じアラスカ支部のフィルも感想をこぼした。

 『終着駅』とも呼ばれる陸の孤島アンカレッジ基地で過ごす彼らは、周りの情報を得る機会は多くない。


 そうでなくとも他国の支部がハイエンドの戦闘を見ることは少ないのだが、他の支部のことを知らぬ彼らの目にアリスの戦闘は想像の遙か彼方にあった。


 二人が話していると、乗っていたバギーが乱暴に停車する。


 次の瞬間、立ち上がった美咲は周囲にいくつものコンテナを生み出し、一瞬にして4台ものバギーを生み出した。


「さ、さあ皆さん! 乗ってください!」


 美咲の異能に驚きながらも、隊員達は急ぎ乗車する。


「歩く軍拠点……『おもちゃ箱』も、相当だけどな……」


 イアンは自分たちとは文字通り異次元の『ハイエンド』異能に、驚きの声を上げるばかりだった。

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