195 決意


 真也は棺の盾に乗り、アラスカの空を全速力で進んでいた。


「クー、上手くやってるかな」


 真也は途中、「森の中に人がいる」と教えてくれたクーと別れ、未だ多くの隊員が戦闘を続けている海岸線へと向かっている。


 クーは自分から「森の中の人を助けようか」と提案し、森の中へと飛び込んでいった。

 真也にいいところを見せようとする気持ちからだったが、クーは「人の役に立つこと」を自分から提案してくれた。


 それは真也にとって嬉しいものだった。


「俺も……やらなきゃ」


 真也は右手に掴んだ武装の大鎌を握り直す。


 真也は、文化祭の時、自分の決意の甘さを痛感した。


 『葬儀屋』として活動をするとき、決意した。

 『i』に乗り込む前、墓前で決意した。アリスに指摘され、考え直し、決意した。


 決意した『はずだ』。


 しかし決意は、実行されなければ何の意味もない。それは、『決意』と言えない。ただの『妄言』だ。

 そして、実行するのは……しなければならないのは、これからだ。


「……いた」


 真也は地面の遥か遠くで、殻獣の群れに囲まれ、戦闘を行なっている20名ほどの隊員を認める。


 彼らの戦闘は、真也の目から見ても実力を感じさせる確かなものだったが、周りを囲む殻獣達の数の暴力は、まるで洪水のように彼らを飲み込まんとしていた。


「そうはさせないッ!」


 真也は棺に強く捕まり、さらに速度をさらに上げ、戦闘の真っ只中に飛び込む。


 砲弾が着弾したかのような爆音を鳴らして彼は降り立ち、ぱらぱらと上がる土煙が収まるより早く、棺を放つ。


「行け!」


 その一言で、膠着していた戦場は瞬く間にその様相を変えた。


 未だ高く舞う土煙の中から襲いくる黒い棺。

 素早い動きを得意とする蟷螂とうろう種、硬い殻を持つ甲殻乙種、圧倒的な腕力を持つ大型二種。どのような殻獣も、己を超える速度と硬さ、そして力によって砕くように刻まれる。


 余りにも規格外の殲滅速度。

 戦闘を行なっていた隊員たちは驚き、戸惑うが、同時に降り立った真也の姿を見つけ、安堵の表情を浮かべた。


「『葬儀屋』! きてくれたか!」

「遅くなりました! 大丈夫ですか!? 負傷者は!」

「4人だ! 『煙』で隠してはいるが、下がらせたい!」


 おそらく年上であろう男子隊員の悲痛な叫びに対して、真也は首を振る。


「後方も安全とは言えません! 間も無く、『四つ葉』の異能者が来ます、ここで待機を!」

「わ、分かった」


 真也は手に持っていた大鎌を一振りすると、残った2体の殻獣に向き直す。


「では、俺は……ここの安全を、確保します」


 彼の視線の先にあるものに気づいた男子隊員は、ハッとした表情で真也に声をかけた。


「え、援護は……」

「……大丈夫です。他の殻獣の襲来に備えてください」


 真也の視線の先にいたのは、2体の人型殻獣。

 見た目は真也と変わらぬほどの少年と少女だが、獰猛な獣のように歯をむき出しにし、金色の瞳で真也を睨んでいた。


『オマエハ……!』

『『なりすまし』カ……』


 真也はクーやプロスペローと出会った時と同じ『底冷え』を感じ、この場へとやって来た。


 体の芯が恐怖している。

 しかしその本能的な恐怖を抑え、真也は強い意志を伴ってこの地へと来た。


 それは、決意を形にするため。


「人型殻獣……」


 男の人型殻獣——乙種の背には翅が生え、女の人型殻獣——甲種は両腕がその身長ほどもあり、先は手のひらではなく蟷螂の鎌になっていた。


 『人間に近いが、人間とは違う』


 真也はそう自分に言い聞かせ、大鎌を持ち上げる。


「俺は、『殻獣だから』というだけで、お前達を敵視しない」


 目の前の二体と同じ人型殻獣であるクーは、人間を守ろうと戦っている。彼女は、真也にとってもう『仲間』だ。

 だからこそ、真也は『最終確認』の言葉を投げかける。


「一つだけ聞く、人型」


 真也は息を吐き出し、再度人型殻獣を視界に収め直す。


「——お前たちは、俺たちの……『敵』なんだな?」


 真也の問いに、人型殻獣は答えない。

 しかし蟷螂の鎌を持った人型殻獣は、自慢げに自分の腕を持ち上げ、ぺろり、とその刃を舐めた。


 その腕に着いていたのは、『赤い鮮血』。


 蟷螂の人型殻獣は人間の血を味わうように腕を舐め、隣に立つ翅の殻獣も、その様子にニヤリと笑った。


「……そうか。分かった」


 人型殻獣に対し、真也は身を低くし駆け出した。

 ハイエンドの強靭な肉体は瞬く間にその距離を詰め、真也は翅を持つ人型殻獣に向け、大鎌を袈裟に振り下ろす。


『キィッ!』


 ひゅおぅん、と風を切る音と共に大鎌が迫る。しかし、翅の殻獣は空中へと飛び立ち、文字通り超人的な動きでもって大鎌の刃から逃れた。


 お返しとばかりに横から蟷螂の殻獣の鋭利な腕が真也へと迫る。


「はぁッ!」


 真也は空を切った大鎌を一回りさせ、先端についている槍の穂先で蟷螂の鎌をはたき落とした。


「逃がすか!」


 真也は空へと飛んだ翅の殻獣が隊員達の元へ向かえぬよう、辺りに棺を発現する。

 異能で行く手を阻みながら、真也本人は大鎌を振るったままの回転を殺すことなく、回し蹴りを蟷螂の人型殻獣の脇腹へと放ち、吹き飛ばした。


『ギッ!』

『キィッ!?』


 真也の素早い連続攻撃に人型殻獣達は驚きの声を上げるが、真也の猛攻はまだ続く。

 真也は再度地面を蹴り、回し蹴りで吹き飛ばした蟷螂の殻獣との間合いを詰める。


『ギィィ!』


 鳴き声とともに、彼の背後で、ガン、と棺の盾が翅の殻獣のタックルを受け止める音がした。


「そんな攻撃、効くか!」


 味方の援護を受けた蟷螂の殻獣が真也に向けて鎌を振るうが、それよりも早く真也は空中へと跳躍する。


『キィ!?』


 急に飛び込んできた真也に、空中にいた翅の殻獣は驚きの声をあげる。

 相手が回避をするよりも早く、真也の左手が緑色の頭を強引に掴んだ。


「じっと……!」


 真也は乱暴に振りかぶると、自分の足元に棺の盾を生み出し、空中で踏ん張る。

 この世で最も堅牢な棺とハイエンドの規格外の脚力の間で、オーバード専用の装備がギチギチと悲鳴を上げる。


「していろッ!」


 真也は装備の悲鳴を無視し、左腕一本で人型殻獣を投げつけた。


 地面が抉れ、振動が辺りに伝わる。二体はもつれながら、勢いを殺すことができずに地面を転がった。


 『棺』と『体術』。二体同時に人型殻獣をあしらうその戦闘に、後方で見ていた男子隊員が感嘆の声を溢す。


「な、なんだ、あの強さは!? ハイエンドだからなのか……?」

「異能だけじゃない、彼自身の強さだろう。体の捌き、動体視力。それは彼の異能に関わりはない。

 彼は、以前見た時よりも……遥かに『強い』。異常だよ、あれは」

「は、『花飾り』!」


 男子隊員の言葉を引き継いだのは、『煙』の異能を以って負傷隊員を隠していた、ロシア支部の『花飾り』——ユーリイだった。


「あれが……あれなら……たしかに……」


 キャラメルの瞳で、ユーリイはじっと『行く末』を見つめていた。




 地面を転がり、立ち上がろうとする人型殻獣たちに向け、真也は手を伸ばす。


「とどめだ……!」


 真也は空中の白い棺に立ったまま、彼らに対して手を伸ばした。


「いけッ!」


 殻獣達の周囲に残り12枚の黒い棺が浮かび、そのままギロチンのように襲いかかる。

 破壊するには十分な力と、回避不可の速度を持って。


『ギ……?』


 人型殻獣は、疑問の声をあげる。


 棺は、人型殻獣に突き刺さることはなく、その寸前で動きを止めていた。


 真也は『その光景』に、目を見開く。



 『また』だ。


 ——いや、『まだ』だ。



「邪魔を……するなぁぁぁぁァァ!」


 真也は、怒りとともに声を張り上げた。

 真也は怒りを露わにしたまま棺から跳び降り、人型殻獣へと駆け出す。


 異能の棺は真也の無意識と意志の狭間で揺れ、ガクガクと震えながらも人型殻獣の前から動こうとしない。


「分かってる! そんなこと!」


 震えた声を上げながら、それでも、真也は足を止めない。


「知っている、殺すのが怖いことなんて! 俺の『臆病さ』なんて、もう分かってる!」


 大鎌を構え、震える手を、反する意志を以って押さえつける。


「でも、ここでやらなきゃ、もっと死ぬんだよ! 奴らは、人を喰う! 奴らは、平然と人を殺すんだ!」


 頭に浮かぶのは、過去幾度も見た光景。


 瓦礫の町、逃げ惑う人々、吠える殻獣に泣き叫ぶ子供、負傷しながらも、立ちはだかる軍人達。


 崩壊した南宿、自分の死体。



 そして、クローゼットの暗闇。



「『俺』は、『守りたかった』んだッ! 全部を! みんなを!

 ——約束したんだ! 『守る』って!」


 走り続ける真也は、瞬く間に殻獣の目の前へと到達する。


 未だ震えるのみで動こうとしない『黒い棺自分の本心』を飛び越え、殻獣の前に躍り出る。


 跳躍し、振り上げた大鎌に、力を込める。


「たかが、人に似ているだけだろうがッ!

 『異能お前』が、『恐怖お前』ごときが、『シンヤ』との約束に、口を出すなァァァァッ!」


 真也は大鎌を振りかぶり、人型殻獣の脳天へと振り下ろす。

 瞳を閉じる事なく、切先が吸い込まれていく様を、網膜に焼き付けながら。



『ギッ……!? ァ……』



 真也の想いを乗せた、一撃。


 『人類の守護者の象徴』の刃は翅の人型殻獣の額へと突き刺さり、そのまま勢い変わらず刃は深々と進み、程なくして人型殻獣は正中線に沿って『割れた』。


 過剰な勢いで突進した真也はそのまま向こう側へと着地し、砂埃を上げながら勢いを殺して振り返る。


 そこには、真二つに裂けた人型殻獣と、混乱し、目を見開く蟷螂の殻獣の姿があった。


 心臓が高鳴る。高揚感と、恐怖と、達成感から、血流がとめどなく指先まで流れているのを感じる。

 真也は、ひりつく自分の右腕を、ぎゅっと握った。


「やれた……倒した……いや——『殺した』ッ……!」 

『キッ……ィイ!?』


 蟷螂の殻獣は、まさか一瞬で仲間が真二つにされるとは思わず、恐怖から取り乱し、ふらつきながら逃げ出す。


 真也は、逃げ出す殻獣の背に向けて手を伸ばした。


「もう——遅い。決してお前は『逃がさない』。その手を赤い血で染めた……代償を払え」


 真也が呟くと、2枚の棺が逃げようとする蟷螂の殻獣を挟むように前後に現れ、蟷螂の殻獣は反射的に足を止める。

 蟷螂の殻獣は恐怖の表情を浮かべるが、一歩も動くことはできなかった。


 ガァン、と硬いものがぶつかる音が辺りに響き、2枚の棺は、ぴたりと『合わさる』。


 その間に挟まれた『モノ』は、急激な圧迫により破裂する。そして、緑の液と煙、そして塵のような残骸へと変じた。


「あ……う、ぉ……」


 あまりの光景に、戦闘の一部始終を見ていた隊員達は嗚咽を漏らした。


「皆さん、大丈夫ですか。殲滅は終わりました」


 真也は大鎌を一振りして緑の体液を払い飛ばし、彼らの元へと歩いてきた。


「助かった。ありがとう」

「ユーリイさん!」


 ユーリイの姿に気づいた真也はにこりと微笑み、他の隊員達を見回す。


「ユーリイさんがいるってことは、ロシア支部の皆さんですか?」

「いや、全員じゃない。第四中隊は、各小隊散り散りだ」

「そうですか……俺は他の場所の救援に向かいます。まだ殻獣は現れるかもしれませんが、俺の異能を2つほど置いていきます。自動で、皆さんを守りますから。

 人型はこの近くにはいないようなので、この場で防衛を続けてください。友枝に……治癒オーバードに場所を知らせます」

「分かった。頼んだよ」

「はい。……では!」


 真也は棺に飛び乗ると、次の『底冷えのするほう』へと飛び立つ。そこには、他の人間達では対処できない、『奴ら』がいるはずだ。




 真也が飛び立ち、その場に残ったユーリイは、自分たちのそばで浮かぶ棺に視線をやる。


「『葬儀屋』、ねえ。全くもって正確な二つ名だ。『あれ』は、戦いよりも、処刑よりも……死の運命に近い」


 じっと佇む棺の盾は、真也味方の異能と分かっていながらも、不気味に見えて仕方がなかった。

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