197 もうひとつの戦場


 アルファ小隊の活躍により、人型殻獣の襲撃を跳ね除けた『アンノウン』のメンバーたちは、基地の設営地点へと戻っていた。

 またいつ人型殻獣が現れるかわからない中、『波紋』の異能者達が密な警戒網を作り、鬼気迫る勢いで防衛拠点を作り上げていく。


 そんな喧騒の中、アルファ小隊の治癒担当である透は基地設営には参加せず、赤い十字の書かれた天幕の下で、『患者』と向き合っていた。


「ぐぅぅぅうううぅいいいいっ!?」


 ベッドに横たわり、この世の終わりを見たかのような悲鳴を上げるのは、先の戦闘で右足を失った『解放の使者リバティーブリンガー』の隊長、ジム。

 猿ぐつわを噛み、くぐもった悲鳴を上げながら必死に痛みに耐えていた。


 透は、彼の亡くなった右足の根元を押さえながら、マスク越しに大声を張り上げる。


「ちゃんと押さえて! 暴れると出血が酷くなるっスよ!」

「あ、ああ!」


 透の鬼気迫る表情に気圧され、ジムと共に森を生き延びたデイブは必死に腰元を掴んで押さえつけた。

 自分の体を触れられているわけではないが、デイブはジムに対して行われている『治療』に、眉をしかめざるを得なかった。


 ジムの前に座り足を押さえつける透は、もう片方の手に大きなハサミのような器具を持ち、血が流れ出るジムの足の切断面に突っ込んでいたのだ。


 透は血に濡れた白い欠片を取り出すと、そばに置いていた金属製の皿へ放り投げる。

 カラン、という音が鳴り、ハサミが体を弄らなくなったことにジムはほっとため息をついて、デイブは猿ぐつわをつけられた彼の心を代弁する。


「と、取れたのか?」

「はい。もうすぐ全部取れるっスから! 耐えて!」

「まだあるのか!?」

「んんんんんんー!?」


 再度鳴るぐち、ぐち、と肉をいじる小さな音と、それをかき消す悲鳴。

 戦闘を終えるだけでは、すべて終了ではない。戦闘終了後のこの天幕こそが透たち治癒担当の衛生兵たちの戦場だった。


 透は器具を差し込み、足の奥にある大きな骨の破片や、石片をすべて取り出す。


「よし、取れた!」

「お、終わりか!? じゃあ、治癒を!」

「まだっス」


 デイブのなきそうな声に対し、透は首を振る。

 申告では、『人型殻獣に喰われた』とあった。彼の足の断面には、無数の歯形があり、その中に人間に悪作用を起こす未知の細菌が含まれている可能性がある。


「少し、肉を削ぐっス。……耐えてください」

「ひっ……」


 とうとう言葉を失ったデイブを無視し、透は治療を進める。


 全ての処置が終わり、ぐったりとしたジムの肩を透はぽんぽんと叩いた。


「ジム隊長、次で最後っス」

「ん、んん……」

「じゃあ、これから、『緊急治癒』を行うっス。足を一気に復元します。高速治癒だと、逆に危ないっスから」

「できるのか!?」

「はい、大丈夫っス。間に合います」


 『足が戻る』。その言葉に、ジムは喜びから涙を流す。

 しかし、透が続けた言葉は無慈悲なものだった。


「ここまでの痛みとは比にならない痛みが来るので……その、『頑張ってください』……っス。

 モルヒネ打ってますけど、そんなの気休めっスから」

「んんー!?!?」


 これまでの痛み以上のものがくる。その言葉にジムは混乱する。


「行くっスよ……3、2、1!」




 次の瞬間、ジムは右足が爆ぜたような熱と痛みを感じ、一瞬意識が白んだ。




「よし……これでもう大丈夫っス。起きて欲しいっス、ジム隊長」


 透に肩を揺すられて、ジムはゆっくりと目を開ける。気を失っている間に、猿ぐつわは外されていた。

 ジムは未だ右足の付け根にヒリヒリとした痺れを感じ、そちらに目をやる。


「……も、もう終わった、のか……。あ、足……」


 ジムは、驚いたように自分の足を触る。もぎ取られ、失った右足が、完全な状態でそこにあった。


「あ、ああ……すげぇ……ある、ある……!」

「異能物質情報の復元間に合いましたし、神経系もちゃんと繋いであるんで、問題ないと思うっス」

「『四つ葉』は、本当に足すら生やすんだな……すごい、その、アレだった……」

「ま、まあ、単体治癒系では最上位って言われたりもするっスから」


 ぬるり、とジムの足が生えてきたところを見ていたデイブは、顔を青くして口元を手で覆っていた。

 真っ青な顔色のデイブとは対照的に、透は苦笑いを浮かべながらジムの接合部を押す。


「痛くないっスか?」

「大丈夫だ。……本当にありがとう」


 ジムは左手で右足をさすりながら、右手で握手を求める。

 透はゴム手袋を外すと、その握手に応えた。


「いえ、これくらいしかできないっスから」

「これで、まだ戦える……まだ、役に立てる」


 まだ戦闘ができる、と気合を入れて左手を握るジムに対し、透は少し表情を暗くし、言葉を返す。


「……まあ、悪いっスけど、明日1日は安静にしてほしいっス。抗生物質出しとくんで、あとで物資保管庫から持ってってください。

 ワンハンドタイプの注射機、1日2回を3日間、脇腹に。この番号のやつっス」


 透はメモ紙に番号を書き込むと、ジムへと手渡す。

 ジムはそのメモを受け取ると、今生えたばかりの右足を地面につき、ゆっくりと立ち上がった。


「分かった。本当に助かったよ……ドクタートモエダ」

「ど、どくたーって……」


 顔を赤くしながら頭を掻く透にジムは再度握手を求め、『野戦病院』の天幕を後にする。


 去っていくジムとデイブを見送ると、透の視界に真也とアリスの姿が映った。


「間宮先輩! オルコット隊長も!? いつからいたんスか!?」

「基地設営が終わってさ、さっきの治療を見てた……んだけど」

「この後、ミーティングをする予定だけど、後どれくらいかしら?」


 二人は、人型殻獣の襲撃によって変更となった明日から作戦についてのミーティングを行うため、治療に従事していた透を呼びに来たのだ。


「もう終わりっス。一旦緊急治療は終了したっスから。俺の異能は体への負担も大きいんで……今日、俺が担当するのはこれで全員っス」

「あの、足を失った隊員が? アレが最初の一人かと思ったわ。緊急性が高そうだし」

「いえ、あの人は止血もしっかりしてましたし、バイタルも悪くなかったんで、先に神経系に危険があったり、出血の多い人を終わらせたんス。合併症だけ怖かったっスけど」


 矢継ぎ早に捲し立てる透に対し、真也とアリスは微動だにせず呆けた顔を向けた。


(なにか彼なりの基準か、国疫軍の基準があったのかしら?)

(友枝、何言ってるんだろ? がっぺいしょう、って怖いやつなんだ)


 二人が少し眉を寄せていることに気がついた透は、バツが悪そうに「あ、あはは」と笑った。


「すいません、衛生兵こっちのことなんて、知らなくていいっスよ! べらべら喋っちゃって……。疲れてるんスかね? ……機器をしまって、すぐに行きますんで」


 透はゆっくりと立ちあがる。

 少しふらつく彼は、先ほどまでの『医師』の仮面が抜けた、ただの中学生だった。


「ゆっくりでいいわ。疲れているでしょうし」

「はいっス」


 透は、手についた血をタオルで拭き取り、なれた手つきで器具を片付ける。

 その様子を、天幕の入り口あたりから真也とアリスは待っていた。


「あの、間宮先輩」

「ん? どうした?」


 透はあらかたの器具を仕舞い消毒も済ませると、ずっと気になっていたことを真也へと投げかける。


「あの、『頼む』って、なんだったんスか? 『i』から出る時、言ってたじゃないっスか」


 真也は『i』からの出撃の際、透に『頼んだ』と言い残して去っていった。

 それがなんだったのか。未だよくわからなかった透は真也へと質問したのだ。


 透の質問に対し、真也は微笑む。


「……ちょうど、今のことだよ。ありがとな。頼まれてくれて」

「え?」


 きょとんとする透へと、真也は言葉を続ける。


「俺は、『守ること』はできる。『倒す』こともできる。

 でも、『癒すこと』は、できないから。それができるのは、友枝だけだ」


 真也の言葉に、横で腕を組んでいたアリスは耳をピクリと動かした。


(ふぅん、そういうところは『ちゃんと』してるのね)


 アリスは少なくない従軍経験の中で、最も大切だと感じている事があった。


 それは、後方支援の隊員たちへの『敬意』である。


 自分たち戦闘隊員は、部隊の中で最前線で命を張り、殻獣を退ける。それは、全ての人間から尊敬され、羨望を浴びる『花形』だ。


 しかし、軍において本当に大事なものは、後方支援隊員達なのだ。

 輸送人員がいなければ戦場へは向かえない。兵站部隊がいなければ戦場を走り回れない。

 栄養を得る食事も、疲労をとる安全な寝床も。無ければ三日と戦えない。


 そして、医療隊員がいなければ、戦闘隊員たちは『使い捨て』だ。


 しかしながら、彼らは日の目を浴びない。華やかな撃破数スコアへの称賛、人民の命を守ったことによる感謝、それらはすべて戦闘隊員達に送られる。


 だからこそ、勲章は後方隊員達の方が多く受賞するし、息の長い戦闘隊員は皆、後方支援の隊員達に敬意を払う。


 友枝という後方支援隊員……しかも年下であり、同じ士官学校の後輩の仕事に対し、従軍経験の浅い真也が高く評価したことは、アリスにとって驚きだった。


(まあ、もしかしたら『素』なのかもしれないけど)


 アリスの知る限り、間宮真也という人間は周りの人を高く評価する。

 というより、どちらかというと、異様なまでに自分を『卑下している』と言った方がいいのかもしれないが。


 しかし、真也に対する透の反応は、アリスの予想とは違うものだった。


「……先輩もっスか」

「え?」


 透の反応に、真也は疑問の声をあげる。

 透の口からぼそりと溢れでた言葉は、誰の耳にもわかるほど、『攻撃的』なもの。

 『辟易』。そう顔に書いてあった。


 透は清掃に使った赤黒く汚れたタオルをゴミ箱へと放り込みながら、どこへ向けてか分からない言葉を、ぼそぼそと続ける。


「俺は、治してれば……いいってことっスか」

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