179 そして、三戦目へ


 あっという間の、二戦目。

 苗は満足したようにくるりと槍を回すと脇に挟み、一礼する。


「ありがとうございました。鏡の異能とはいえ、第一線で戦えるものでしたね」


 対決後の挨拶を済ませた苗は、ファイルーズからの返答を待たず、勝利に沸く仲間たちの元へと去っていった。

 この状態でファイルーズからの言葉を待つ方が失礼だと判断したこともある。

 しかし、苗としては、一刻も早く『お兄ちゃん』からの感想を聞きたい思いの方が強かった。


 苗はデイブレイクの隊員たち……その中でも真也に向けて一直線に歩く。


「どうでしたか、真也さん」

「苗先輩、流石です。すごい槍捌きでした。勉強になります」

「ふふ、真也さんは大戦鎌ですから、少し違いますけど。

 それでも、真也さんの手本になれたのでしたら、幸いです」

「はい」


 真也は苗に対して笑顔を見せるが、心ここにあらずと言わんばかりに、へたり込むファイルーズへと視線をやる。


「……真也さん」


 苗は、少なからず真也のことを理解していると思っている。


 だからこそ、自分が勝利したことに喜んでくれていることが分かるし、それと同じだけ……むしろそれ以上、『敗者』を気にかけていることも、理解できた。


 先ほどの、サイードによるナーヒドに対しての暴行。それが再度行われるのでは、と心配しているのだろう。

 しかしそれでも、今はもっと自分への称賛が欲しいと思ってしまう。

 だからこそ、真也の、ファイルーズの視線を遮るように、一歩踏み出した。


 しかし、そんな苗の動きは、小さな影に遮られる。


「苗先輩、『よく見ておくように』って、そういうことですか」


 声を上げたのは、まひる。苗は微笑みを保ったまま、まひるへと視線を向ける。

 二人とも全く変わっていない表情の中で、瞳の奥にだけ変化があった。


「ええ。『そういうこと』です」


 短い返答で、まひるは苗の言わんとすることを理解した。


(『わたし』の異能では、歯が立たない、って言いたいんですよね? いつか、後悔させる……)


 まひるは苦々しげに表情を歪め、苗はわざとらしく再度微笑んでから槍をくるりと回し、真也へと差し出した。


 急に目の前に槍を差し出された真也は、ハッと気が付き苗へと視線を向ける。

 その顔は、どこか不安そうな、子犬のような顔だった。


(その表情がもらえるなら、負けてもよかったとすら思えますね……)


 苗は九重流らしくない『敗北の誘惑』を感じながらも、ずい、と真也へ槍を近づける。


「次は、恐らく真也さんです。武装ラックに大戦鎌はありませんでした。よかったらこれを使ってください。

 一番、重心がしっかりしていましたから」

「あ、ありがとうございます……」


 差し出された槍を、真也は受け取る。そして再度、『ブルカーン』達へと視線を向けた。




 一方、ファイルーズは未だ地面に座り込んでいた。


 あまりにも明暗分かれた様子に、発着場がざわめく。


 タリフラスタンの二連敗。

 自分たちから『異能の確認』を宣言した、結果。


 新進気鋭のタフリラスタン支部が、鳥籠とも揶揄される日本支部に歯が立たない。

 そんな現状に、どこかの支部の隊員が、小さく溢す。


「……タフリラスタン、弱くねぇか?」


 仲間うちで共有される程度の声量だったが、この場で一番、その言葉を許せぬ男の耳に入ってしまった。


「黙れ、見てるだけのクソ雑魚共が! 今喋ったのは誰だ? 出てこい!」


 激昂し、発着場に響く声を張り上げたのは言うまでもなくサイードだった。

 吠えるような声に、しん、と発着場は静まり返る。


「口だけか! テメェらみたいな雑魚には反吐が出る! 『ブルカーン』は、年中殻獣とやりあう! 最前線で戦い続ける精鋭なんだよ!

 他の支部……ましてや『鳥籠』の日本なんかに劣るわきゃねぇんだ!」


 サイードは唾を飛ばしながら、ぐりん、と血走った目を中央へと向けた。


「だよなァ! ファイルゥゥゥズ!」

「う……」

「テメェも、ナーヒドも、どれだけ『俺』に恥をかかせりゃ済むんだ? アァ!?」


 サイードは叫び、発着場の中央へと歩む。


 程なくいまだ地に伏すファイルーズのそばへとたどり着いた。

 サイードは先ほどまでの激昂から一転、ファイルーズを静かに見下ろした。


「どけ、恥さらし」

「さ、サイード……」


 恐怖から震え、弱々しく声を上げるファイルーズの言葉。

 その一言は、サイードの逆鱗に触れる、許せぬ『弱さ』だった。


「どけェ!」


 サイードは怒りに任せて横たわるファイルーズを蹴り飛ばし、文字通りに『どける』。


「サイード特練兵長!」


 度重なる暴力に、マルテロが怒声を上げる。

 しかし、サイードは怯むことなく、平然と敬礼を掲げた。


「失礼しました。ただこれは……円滑な『異能の確認』のためであります。

 敗者がずっと残っていては、次へ進めませんので。部隊練度の低さを露呈し、申し訳ありません」

「……やりようがあるだろう」

「『私の部隊』の問題解決を、急ぎます」


 流石に見咎めたマルテロの言葉に対しても、サイードは形だけの謝罪しか、返すことはなかった。


「かは……ぐっ……ごほ、ごほっ……」

「ファイルーズ! だ、大丈夫か?」


 蹴り飛ばされ、ゆっくりと身体を起こすファイルーズへと走り寄ったのは、治癒の異能を持つイスマイル。

 慌てて異能を発現する準備を整えるが、サイードがそんな彼へと手を伸ばす。


「イスマイル。勝手なことをすんじゃねぇぞ」

「で、でも、骨折はないにしろ打撲と裂傷が……」

「『隊長オレ』の命令だ。ほっとけ。死にゃしねぇ」


 サイードはイスマイルへと伸ばした手をゆっくりと自分の目元へとやった。

 辟易したようにため息をつくと、小さく首を振る。


「……もうやめだ。他のバカどもに任せたオレがバカだった。

 あとはオレだけでいい。いや、元からオレだけが『選ばれた』人間だったんだ」


 サイードは、異能を発現する。


 ぐにゃり、とイスマイルの周辺の空間が歪む。『煙』の異能が解ける時のような、不自然な空間の歪み。

 しかし、それよりももっと物理的な、暴力的な様子だった。


「あれは……なんなんスか……?」


 一体何が起こったのか、と疑問の声を上げる透に、光一が説明する。


「あれは、『歪み』の意匠。顔の波型の模様がそうだ。

 空間を歪めて、巻き込み、位相のズレを使って『破壊』する異能だ。戦闘系のキネシス異能。その中でも上位の『殺傷力』を持つ」

「さ、殺傷力……って、なんでそんなの発現してるんスか!?」


 範囲系、しかも、殺傷能力の高いもの。明らかに、『模擬戦』で放つような部類ではない。


 しかしサイードは、自身の周りを『歪め』たまま、叫ぶ。


「のうのうと暮らしてる奴らに『オレ』が劣るワケがねぇ! ここから3人、まとめて『壊して』やる!」


 サイードは咆哮し、『ぱきゅ』と聴き慣れない音が響く。

 発着場に転がっていた棍や片手剣が異能に巻き込まれ、曲がり、割れた音だった。


 サイードは、ゆっくりと真也を指差す。


「……まずはお前だ、『女たらし』。今更逃げるんじゃねぇぞ?」


 殺傷系の異能を発現したまま告げられる言葉は、相対する人間からすれば恐怖そのもの。



 しかし真也はさして反応するでもなく、中央まで歩み出て、サイードへと鋭い視線を向ける。


「……サイードさん」

「なんだ?」

「貴方のやっていることは、理解できません」


 いきなり放たれた否定の言葉。

 サイードは眉間に皺を寄せ、顎をしゃくる。


「なんだ、俺の言ってることがおかしいってか?」

「いえ。それは……そんなことは『知ったことじゃない』」


 気弱そうに見える真也の、攻撃的な言葉。

 いままでの彼の雰囲気からはかけ離れた語気に、サイードは首を捻った。


「あ? なんだ、テメェ……」

「選ばれたとか、負けるわけがないとか、それは、知りません。俺の知らない、何かがあるんでしょう」


 真也は釈然としないサイードをおいて、言葉を続ける。

 槍を握る手は怒りに震え、普段は柔和な顔は強張る。


「でも……自分の感情で、駄々をこねるように仲間を傷つける。それだけは、許せません。

 そんなのは『国疫軍人』の……いえ、『ひと』のやることじゃない。どんな理由があろうとも」

「テメェに何が分かる。『二等兵風情』が」

「……貴方に、俺のことが分からないのと同じです、『兵長殿』」


 真也の返しを、サイードは鼻で笑う。


「ハッ! 上官に口ごたえか! ……小鳥らしく騒がしい奴だ」

「支部が違いますから。まだ合同作戦前ですし。それに……」

「それに、なんだ?」


 真也は、自分の意思を相手に伝えることがそれほど得意ではない。

 それでも口を出さずにはいられない。


 真也の信念に、ただひとつの信念に、サイードは触れてしまったから。


「それに……これは、『お前』が始めたことだろう! 他人を巻き込んでまで!

 それの責任を、暴力で他人に押し付けるな!」


 感情を発露させ、明確な怒りを伴って、真也は叫ぶ。

 もはや言葉は必要ない、と腰を落とし、槍を持った腕を首に巻きつけるように担ぎ、構えた。


 真也の構えは槍術のものではなく、使い手の少ない、九重流『大戦鎌』の構え。

 普段見ることのない独特な構えに、情報に聡い数人が気がついた。


 『葬儀屋アンダーテイカー』と、同じ構えだと。


 真也は戦闘の準備を整えると、再びサイードを視界に収める。


「貴方は、間違ってる。この止め方しかできないのは、俺の未熟さだけど……それでも、止めます」


 独特な構えだったが、サイードは真也が『戦える』人間だと判断し、頬を吊り上げる。


「いいぜ、『正しい方』を決めようじゃねぇか。『女たらし』。黙らせれば、それ以上『反論』は出ねぇだろ?

 俺に恥をかかせた女どもも、あの眼鏡のいけすかねぇ隊長も。お前ら全員、黙らせてやる」




 互いに感情をぶつけ合う二人を、少し離れた台の上からホフマンと津野崎は観察していた。

 椅子に座り、組んだ足の上に肘を乗せていたホフマンは、ここに来て初めて『楽しそう』に津野崎を見上げる。


「ミス津野崎」

「ハイ」


 椅子に座るホフマンの横に立っていた津野崎も、似たような表情だった。


「思ってたより早く『彼』の異能を見れそうで嬉しい限りだが……何秒だと思う?」

「そうですネ……1秒保てば、いい方ですかネ、ハイ」


 ニヤニヤと笑う津野崎の言葉に、ホフマンは驚きもせずうなずく。


「そうか、なら瞬き厳禁だねぇ、ええ?」


 ホフマンは、再度発着場の中央へと視線をやる。


「サイード特練兵長、君が何に唾を吐いたのか、きっちりと『確認』したまえよ」

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