178 二戦目
苗の『お兄ちゃん』発言に顔を赤らめる苗自身と、苦笑いを浮かべる光一に、ファイルーズは眉を潜める。
「……なによ、あんたたち」
今から戦うというには、すこし空気が緩んでしまった。
急に凍えるような冷静さを持ったり、真っ赤になったりと落ち着きのない苗に、ファイルーズはため息をつく。
苗や『デイブレイク』のふわふわとした雰囲気に自分が飲まれるわけにはいかない、と気合を入れて苗の正面に立ちはだかった。
「私は……まあ、ファイルーズよ。これ、別に異能を言わなくていいのよね?」
苗の自己紹介を受けたファイルーズは、マルテロに確認する。最もな指摘に、マルテロは頷いた。
「ああ。相手の異能が分からない状態、というのが『異能実演』としては一般的だが……別に言っても構わない」
ファイルーズはため息をつくと、ラックから持ち出した武装を準備する。
ファイルーズが用意したのは、片手剣、1,5メートル以上はある長い棒……
剣と短刀を腰に履き、両手に棍を持って苗と相対する。
「ならまあ、さっさとやろうか。『上』とか『下』とか興味なかったけど……あまりに舐められるのは私も嫌いでね」
たとえ『九重』の人間だとしても、さすがにここまで身勝手に……眼中にないように扱われると、ファイルーズも虫の居所が悪くなる。
お互いが構えたところで、マルテロは右手を上げ、再度、戦いの雰囲気が場に広がる。
「では……『異能実演』、始め!」
マルテロは宣言と共に腕を振り下ろす。
しかし、先ほどの初戦と違い、二人とも即座に動くことはなかった。二人ともお互いをじっと観察し、後の先をとる構え。
そんな中、先に一石を投じたのは苗。
ファイルーズに鋭い視線を突き刺しながら、静かに吐息を吐き出す。
「ふぅぅー……」
苗の吐息と共にほんの少しだけ発着場の温度が下がる。
気温を変化させるという異能は、使いようによっては一瞬で戦いを終わらせることができる。しかしそれは『模擬戦』の域を超えてしまうし、何より周囲にも被害を及ぼすものだ。
そのため、純粋な『武道』での勝負になる。
そんな中で、彼女は全く戦況に関わりそうにない温度変化を放ってきた。
ファイルーズは苗の行動の真意を探るように、口を開く。
「なに? クーラーのつもり? 涼しくて助かるわ」
煽るような言葉にも苗は表情ひとつ変えず、じっと構えるのみ。
戦闘が始まった途端に、苗は再度、氷のような冷静さを纏っていた。
「……やりづら」
ころころと様子が変わり、どう戦いを進めるか上手く噛み合わなさそうな苗の性格に、ファイルーズは愚痴を溢した。
「ファイルーズ、いつまで見合ってるつもりだ。さっさと潰せ」
お互いが相手の出方を窺う中、ファイルーズの背から声が掛かった。声の主はサイード。
読み合い。視線での牽制。そういった細々としたやり取りが嫌いなのは知っていたが、まさか誰よりも早くこの状態に飽きるのが自分の隊長とは思わなかったファイルーズは、こっそりとため息をつく。
「……先に動くのは、得意じゃないんだけどね」
ファイルーズはボソリと呟くと、右手に持っていた棍を担ぎ、苗へと投げつけ、それと同時に駆け出して苗へと迫る。
棍を投げつけるという単純な牽制が苗に通用するわけもなく、苗は最小限の槍の動きで投げつけられた棍を弾く。
そして、こちらへと向かってくるファイルーズに対し、槍の穂先を向け直した。
「はぁっ!」
ファイルーズは足を止めずに苗へと棍を振り下ろす。
苗はすり足で流れるように左に体を捌き、振り下ろしの棍を避けた。
棍を振り下ろし、死に体となったファイルーズと、直ぐにでも槍を叩きつけられる苗。
反撃、ともすれば勝負を決める絶好の機会。
だが苗は追撃をせず、槍を立てて左体側へと構え直した。
カァン! と甲高い音が響く。
苗が差し出した槍に、『後方からの』横ぶりの棍がぶつかったのだ。
同時に、後ろから奇襲をかけたであろう人物の声が聞こえる。
「へえ、やるじゃない」
その声は、ファイルーズのものだった。
苗の正面に居るファイルーズは、わざと振り下ろした『まま』にしていた棍を引いて、即座に突き出す。
苗は上半身を逸らせてファイルーズの突きを躱し、後退するように数歩進む。
そうして、ファイルーズ『たち』から距離をとった。
「この一撃で決めたかったんだけどね」
「いやー、残念残念」
苗は、二人のファイルーズに槍を構える。
「……『鏡』は、支援異能だと思うのですけど」
『鏡』。
その意匠は、まひると同じ。『分身を作り出す』という異能だ。
本人よりも強度の低いコピーは、戦闘のためというよりも偵察や囮として使われることが多い。
そんな『支援異能』がなぜ模擬戦に参戦したのか。
苗のもっともな指摘に、未だ多くの武装を持つ右側のファイルーズは肩を竦める。
「私もそう思うんだけどね。ただまあ、強度が10もあれば、そりゃあ戦闘でも使えるレベルにはなるわけ」
右側のファイルーズの言葉を引き継ぎ、棍のみを持った左側のファイルーズも口を開く。
「それに、貴女も『雪の結晶』で範囲系なんだから、模擬戦で戦闘用の異能が使えないのは一緒でしょ? むしろ私の方が有利だと思うんだけどね」
二人のファイルーズは棍を構える。
「「『鏡』だからって舐めてると、痛い目みるよ!」」
ファイルーズはまさしく阿吽の呼吸で、左右から苗へと襲いかかる。
「油断など、しません」
一方の苗は、氷の雰囲気を纏ったまま、ファイルーズを迎え撃つ。
ファイルーズが棍を振り、突く。しかし、苗はそれらを紙一重で避け続けた。
流れる動きは、まるで演舞。
二人がかりの攻撃を受け止め、槍を突き出して反撃すらして見せた。
苗はひとりを蹴り飛ばし、もうひとりを横なぎで振り払う。
「なかなか……やるね」
ファイルーズは距離をとって舌を巻き、お互いの間に一呼吸分の間合いが発生する。
苗は槍をくるりと回すと、自分の後ろに向かって、石突きを突き出した。
「ぐぅっ!?」
苗の後方に陣取ったファイルーズの腹を、苗の槍の石突きが深く突き刺さる。
「な……気づいて……!?」
ファイルーズはさらにひとりのコピー体を作り出し、短刀を持たせて潜ませていたが、苗は視線をくれることもなく奇襲を見破り、先手を打ったのだ。
苗はそのまま振り返りながら槍を大きく薙ぎ、奇襲してきたファイルーズを打ち据える。
バシンと大きな音が広がり、短刀を持ったファイルーズは地面を転がって衝撃を逃す。
「あんた、本当に人間……?」
ファイルーズは苗の『勘の良さ』に驚きながら、武装を再度強く握り直す。
「出し惜しみなしで、一気に決めるか……!」
ファイルーズたちの後ろから、さらに『もうひとり』のファイルーズが現れ、本人の腰に履かれた片手剣を引き抜いた。合計4人のファイルーズは苗を取り囲むように距離を詰める。
ファイルーズたちに前後左右と完全に囲まれた苗は、それでもピクリとも動かなかった。
苗が『囲まれたところで問題ない』と言う判断を下したものと、ファイルーズは理解する。
「……そこまで余裕を見せられると、逆に感心するわね」
ファイルーズはボソリと溢すと四方から一気に距離を詰め、4対1の戦いが繰り広げられる。
元がひとりであるが故に、ファイルーズ4人の連携は全く無駄がない。
純粋に8本の手によってもたらされる同時攻撃が、息つく間もなく苗を襲い続ける。
そんな戦いを見た中国支部の隊長、紫釉は感嘆のため息をつく。
「一体、何が起こっているのだ……?」
ファイルーズの見事な連携攻撃。
しかし、苗はその全てをいなし、避け、見事な舞を踊るようにファイルーズたちを手玉に取る。
「まるで、後ろに目がついているみたい……」
「ほぅー……日本支部は化け物しかいないんですかぁー……」
驚いていたのは中国支部の面々だけではない。
他の見物人たちも驚愕に目を見開き、瞬きすら忘れて、苗の舞踏を見つめていた。
しかし、一番驚いていたのは、ファイルーズ本人。
4人で連携をとり、常人では避けられぬ攻撃すら、完全な死角からの攻撃すら、苗に届かない。
空気の振動を読むような殻獣相手でも経験したことがない、不気味な回避に悲鳴にすら似た声を張り上げる。
「これすら読んでるの!?」
驚きに目を見開いたファイルーズへと、苗は静かに告げた。
「もちろんです。『九重に敗北はない』ので」
当たり前のことを述べる苗は、いまだ乱撃が舞う中で、ちらりと真也を視界に入れる。
真也は惚けたように苗を……苗『だけ』を見ているように、彼女には感じられた。
戦闘開始してから一切動かなかった苗の表情が……口元が、ほんの少しだけ吊り上がる。
「……さて、もう充分ですかね。そろそろ、終わりにしましょう」
苗は宣言すると、槍を握り直し、ぐるん、と大きく一周させた。
苗は先ほどまでより少し深く腰を落とす。
気合を入れて「ふっ」と息を短く吐き、今までの見事な戦いすら嘘のように槍の速度を上げていく。
槍が生命を持ってうねり、獲物へと飛びかかるように見えるほどの速度と、技だった。
「きゃ!」「ぐ……」「がッ!」「ぐ……ふ……」
瞬く間に4人のファイルーズを無力化した苗は、地面に張り付く彼女たちに言い放つ。
「これだけ実力差があれば、お分かりかと思いますが……まだやりますか?」
「ぐ……まだ……」
このままでは勝利は厳しい。苗の言う通りに、二人の間には圧倒的な実力差があると、ファイルーズも理解してしまった。
しかし、後ろからは、『隊長』からの殺気。
このままでは終われないとファイルーズは棍を杖代わりに立ち上がろうとする。
苗は気概を見せるファイルーズの横へ、槍を向ける。
槍の先端は、倒れたままの一体の肩口へとピタリとつけられた。
「これ以上やるなら、『あなただけ』を集中的に攻撃します」
苗の宣言に、倒れたままのファイルーズは肩をびくりと震わせる。
「ま……参りました……」
しんと静まり返った発着場に響くファイルーズの声と同時に、彼女のコピー体たちが掻き消える。
残っていたのは、倒れたままのファイルーズ。
苗が槍で指し示したのは、まだ戦闘意欲を『見せかける』コピー体ではなく、ファイルーズ本人だった。
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