177 次戦へ


「ぎゃぁぁぁァァァァッ!」


 発着場に悲鳴が響く。

 何事か、と真也が悲鳴の方へ視線をやると、サイードが、ナーヒドの杭を乱暴に引き抜いているところだった。


「いってぇぇぇェ!」


 杭が抜けた瞬間、体の自由を得たナーヒドは痛みから地面をのたうった。

 どたどたと不格好に転げ回り、最初に地面にぶつけた左手をさする。


 彼の肉体強度であれば地面にぶつけたところで痛みはないが、精神的なものだろう。


「無理やり抜くなんて! いてぇよ、隊長!」

「うるせぇ。負け犬は黙ってろ。恥をかかせるな!

 『道化師』にアドバイスされて、選んで、強度も異能も圧倒的優位の上、負ける? クソだな!」


 サイードの乱暴な言葉に、ナーヒドはたじろぐ。


「う……」

「お前、途中まで手を抜いてただろ。異能を見せすぎなんだよ。テメェ、なんであのアマがお前にクソみてぇな『投擲』したのか分かってなかったのかァ? アァ!?」

「え……?」


 怒りながら発されたサイード言葉の意味を、ナーヒドは理解できなかった。

 サイードが言ったのは、まだ自分が圧倒的に優位だと思っていたときにレイラの放った、『ささやかな抵抗』のことのはず。

 意味がわからない、と呆然とするナーヒドの様子は、さらにサイードを苛つかせる。


「『アレ』で完全にお前の異能の戻り時間を測られたんだよ! 気付けクソザコ!」

「そ、そんな……」


 無駄な抵抗に見えた行動に、そこまでの意味があると思っていなかったナーヒドは、顔を青くする。

 レイラは追い詰められながら、それでも勝利のために……ナーヒドの異能の弱点を探るために、手を打っていたのだ。


 その意味に気がつけなかったのは、真也も同様だった。


「え……レイラ、そうだったの……?」

「ふむ……あの隊長。気づくとは……手強い、かも」


 レイラの小さな称賛も、怒り狂うサイードには聞こえない。

 一通りナーヒドを叱責したサイードは、未だ地面に倒れるナーヒドを睨みつける。


「お前、『ブルカーン』の……俺の顔に泥を塗ったな?」


 頬をひくつかせ、サイードは地面に伏すナーヒドを思い切り蹴り飛ばした。


「ぐぅっ!?」


 サイードの、自分の隊員への……しかも、怪我をしている人間への暴行に、真也は声を上げる。


「何してるんですか!」

「……あ? てめぇには関係ねぇよ、『女たらし』!」


 真也に対しても怒りを隠さぬサイードは、他の隊員へと顎をしゃくる。


「イスマイル、こいつ治しとけ」

「は、はい! ナ、ナーヒド、これから治療するけど……」


 イスマイルと呼ばれた男性は、最初に『若葉』の異能と申告した、ブルカーンの治癒オーバード。

 イスマイルは透が言ったのと同じ『治癒をする際の注意事項』を早口に捲し立てながら、必死にナーヒドを治療した。


 治癒に躍起になるイスマイルとナーヒドを横目に、ブルカーンの紅一点、ファイルーズはサイードへと質問する。


「次は誰にするの?」


 サイードは未だイラつきながら、ファイルーズへと視線を向ける。


「ファイルーズ、お前が行け」

「え? 私?」


 あまりにもすぐに帰ってきた回答に、ファイルーズは目を丸くする。

 たまたま話しかけたから指名されたのかという疑惑すら浮かんだ。


 しかし、サイードの表情は真剣そのもの。


「艦を壊さずにやるなら、お前がベターだ。それに、お前の強度なら、あの『雄牛』でなけりゃ負けねぇ。

 さっさと模擬武装を取ってこい」

「……分かったわ」


 サイードの説明にファイルーズは頷く。


 彼の普段の言動は品性がなく、乱暴そうに見えるが、戦闘や指示に関しては冷静であり、差配を間違うこともない。

 ナーヒドは油断したために敗北したものの、『硬化』の異能はこの場で戦闘するには間違いない指名だった。


 人格はどうあれ、サイードは『ブルカーン』の隊長の素質はある男だ。


「おい、ファイルーズ、ちゃんと選べよ。『分かってるよな』?」


 人格はどうあれ。


「ええ」


 サイードの額には目に見える青筋が走り、今にも『火山ブルカーン』が爆発しそうな様子だった。


 ファイルーズは短く返事すると、発着場へと持ち込まれた武装の箱から幾つかの模擬専用の武装を取り出す。

 取り出しながら、デイブレイクのメンバーたちを確認し直した。


「さて、誰を相手にするか……」


 必ず勝たなければいけない。


 ……まず、わかりやすく顔に『雄牛』のあるゲルマン人の彼は除外。金髪の女の子……ミサキとかいう少女も除外。

 たしか、日本支部の隊長は『映画監督』。煙の異能は強力だし、『九重流』に肉弾戦で勝てるかどうか。


 狼とウサギのエボルブド二人も、肉体強化面で不安。


 そして、あの少年を選んだら、サイードに殺される。あれと戦うのは、サイードの『楽しみ』のはず。


 ファイルーズは頭の中で計算する。

 計算するというよりも、消去法を重ねた結果、残るのはただ一人だった。


「ねえ、貴女! 異能の確認に付き合ってくれるかしら?」


 ファイルーズは一人の少女へと声をかける。


「私、ですか……構いませんが」


 静かにファイルーズへと返事したのは、苗だった。




 指名を受けた苗は、礼装服の上着を脱ぎ、真也へと渡す。


「真也さん、持っててもらえますか?」

「は、はい」


 真也はわたわたと苗の上着を受け取り、シワにならないように畳むと腕にかけた。


「苗先輩、頑張ってください!」


 真也からの応援を受け、苗は穏やかに微笑む。


 他ならぬ真也からの応援。しかも、その瞳は『必勝』を疑わぬもの。

 愛する人から向けられる『全幅の信頼』に、苗は心の中でゾクゾクとした興奮を感じていた。


「はい。師匠として、いいところを見せないといけませんから。……あ、真也さん」

「なんです?」

「恥ずかしいから、上着、嗅がないでくださいね?」

「か、嗅がないですよ!」


 思いもよらぬ注意に真也は驚き、顔を赤くしながら左腕にかけた苗の上着を右手で押さえた。

 苗はうぶな真也の反応に再度笑う。


「苗……戦闘前にリラックスするのはいいが……気合を入れろ」


 あまりに奔放な振る舞いの苗へと、注意の声をあげたのは光一。

 苗は光一に対し、自信に満ちた瞳を向ける。


「もちろんです。『九重に敗北はない』ですから。大丈夫です」

「相手は……分かっているな?」

「はい。異能の内容も把握済みです。『やりやすい相手』で助かりました。

 兄さんが纏めてくれた資料のおかげですね」

「まあ、ならいいが……」


 苗は、今度はまひるへと振り向く。

 急に視線を投げかけられたまひるは、先程の真也への『ちょっかい』を責めるように、刺々しい視線を返した。


「なんですか、九重先輩」

「まひるさん。……よく、見ててくださいね?」


 苗はまひるへと、にこりと微笑む。その顔は真也に向けたものと同じはずであるが、どこか冷たい雰囲気を伴っていた。


「……何が言いたいんです?」

「すぐ分かります。……では、皆さん。行ってきますね」


 苗はまひるの質問に答えぬまま、もう一度真也に微笑むと、武装のラックへと向かった。


「模擬武装を選ばせていただいても?」

「え、ええ。どうぞ……あの、貴女」


 余裕を見せる、苗の軽やかな足取りと表情。そして、その格好に、ファイルーズは声をあげた。


「その格好のまま、戦う気?」


 ブルカーン……タフリラスタン支部軍の礼装は戦闘服である。

 それ故に、オーバードスーツを着用しないのであればそのまま戦闘が可能だったが、日本支部はパンツスタイルのシックな服だ。


 苗は、ファイルーズからの指摘に、口に手を当てて驚く。


「あら……。そういえば私、礼装のままでしたか」


 苗の、あまりにもふわふわとした態度に、ファイルーズは脱力する。

 対戦相手としては『これ』で十分だが、同時に作戦行動を共にするなら『これ』では不十分がすぎる。


 苗は武装のラックから槍の模擬武装を掴むと、手に馴染ませるように一振りする。

 そして、ぐ、ぐ、と2、3度掴み直すと、ファイルーズへと向き直した。


「では、やりましょう」


 ファイルーズは、再度同じ声を上げる。


「……貴女、その格好のまま、戦う気?」

「ええ。これでも動けますし。あまり、肌を出すのは……。

 オーバードスーツを着用するとなると、お待たせしてしまうでしょう?」


 苗は少し言い澱みながら、レイラの姿を窺う。

 タンクトップで肌を多く露出するような姿は、蛇の鱗を持ち、なおかつそれを隠さなければいけない苗にはできないものだった。


「まあ、貴女がそれでいいなら構わないけど……負けた時に言い訳しないでね」

「もちろん。全力でさせていただきます。

 この戦いは……『お兄ちゃん』が見ている、大切な一戦ですので」

「お兄ちゃん……?」


 兄弟でもいるのか、と隊員名簿をちゃんと見ていなかったファイルーズは首を傾げ、先に臨戦態勢を整えた苗は、静かに言葉を続ける。


「『雪の結晶』。温度を下げるキネシス能力者、九重苗です」

「ココノエ……」


 ファイルーズは、しまった、と心の中で舌打ちをする。


 先ほどの『お兄ちゃん』と言う発言、ココノエという名前、そして見事な槍の構え。恐らくは、目の前にいる少女は九重家の人間……『映画監督』の妹なのだろう。


 消去法で選んだにもかかわらず、強敵を選んでしまった。


「『お兄ちゃん』って、そういうこと……」


 ファイルーズの呟きに、苗の顔が、『ぽん』と赤くなる。


「え? えっと……それは……」

「……え? 何? お兄ちゃん……って、『映画監督』のことでしょ?」

「まあ、ええ。はい……そういうことで」


 なぜかはっきりとしない苗の様子にファイルーズは首を傾げ、当の本人である光一へと視線をやる。

 すると、なぜか光一も苦笑いを浮かべるだけだった。

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