176 初戦、決着


 杭を投げつけるという抵抗も虚しく、ナーヒドは歩みを止めずにレイラへと近づく。


「そういう、『抵抗』って……ソソっちゃうからやめてほしいなぁ……。

 ぐちゃぐちゃにしたくなるじゃないか」

「ぐ……ふぅ、ふぅーっ……よし……」


 荒い息を吐きながらレイラは小さく頷いて、地面に手をつき。ゆっくりと上体を起こす。


「レイラ!」


 背後でレイラの戦いを見ていた真也は、もう見ていられない、と声をあげた。


 レイラはデイブレイクの中でも格闘術に長けている方だ。しかし、対戦相手のナーヒドの体術はそれを上回る。

 その上、レイラの『杭』が効かないとなると、これ以上の戦闘はただ彼女を傷つけるだけのように思われた。


「……だい、じょう、ぶ」


 レイラは蹲ったまま、真也を制するように手を伸ばす。

 ゆっくりと頭を持ち上げ、ちらりと真也に向けられた瞳には、『手を出すな』という強い意志がこもっていた。


「レイラ……」

「真也さん。気持ちはわかりますが、これは彼女の戦いです」

「でも……でも、あれじゃ……」


 苗の言葉に、真也はしどろもどろになりながら言葉を返そうとする。


 あれでは、模擬戦ではない。一方的な蹂躙だ。


 真也は頭から血の気が引いていくのを感じていた。


 他でもないレイラが傷ついている。しかし、今自分にできることはない。

 手を出してしまえば、それこそ、レイラを何よりも馬鹿にすることになる。

 しかし、このままレイラが傷つくのをじっと見ているのは、自分の信念に背く。


 しかし、しかし、しかし。


 真也の中で様々な考えがぐるぐると渦巻き、ちょっと気を抜くと即座に『棺』が飛び出そうだった。


 そんな真也の心配を背にレイラは立ち上がり、息を整えて宣言する。


「……よく、分かった。異能の、共有、ありがとう」

「なァに? 降参とか言わないよね?」

「言わない」


 レイラは再度、杭を作り出す。先ほどと同じ、『棍棒』としての二刀流の持ち方だった。


「またそれ?」


 ナーヒドは辟易するように声をあげた。


「これが、ベスト」

「あっそう。ならいいけど。頭強く打ちすぎたかな? まだ壊れてないといいけど」


 煽るナーヒドに対し、レイラは小さな声で呟く。


「あいつより、遅い。……あいつより、弱い」

「ん? どうしたんだ? やっぱり、もう壊れちゃった? 体の頑丈さすら、『そこそこ』なのかい?」

「あいつと、違って……攻撃が、読まれない。なら、負けちゃ、いけないッ……!」


 レイラは気合を入れ、三度ナーヒドに肉薄する。

 走りながら杭の持ち方を少しずらし、今度は短い杭を振るうのではなく、逆手に突き刺すように振りかぶった。


 レイラは逆手に持った杭で、ナーヒドの右肘を突く。


「はーあぁ。そんな小細工、効かないよ」


 レイラの杭がナーヒドの肘へ辿り着く前に、右腕ごと黒く染まる。

 するとレイラは、刺すことなくナーヒドの側面へと回り込み、今度は膝へと突き立てるべく杭を振りかぶった。


「ちょこまかと……」


 ナーヒドは片眉をあげながら、左膝を硬化させる。『かぁん』と軽い音が響き、杭は弾かれる。


 レイラを捕まえようと、ナーヒドは左腕を伸ばすが、レイラはするりとナーヒドの腕から逃れ、右側面へと回り込んでいた。


 レイラが振り下ろそうとする部位は攻撃が当たるよりも早く硬化するが、レイラは杭を弾かれながら、それでもナーヒドの周りを高速で移動し続けた。


 膝を、肘を、次々に刺し、そしてその全ては硬化によって弾かれる。


 レイラの行動は無意味のように思われたが、小回りの効いた攻撃にナーヒドは顔をしかめた。


「ぐ、まさか……お前……!」


 レイラの攻撃の意味を理解したからだ。


「硬化は、早い。でも……0,7秒……かな」

「な……」


 レイラがぼそりと口に出したのは、ナーヒドが『異能を解除するのにかかる秒数』だった。


「0,7秒、そして、関節。それが、『弱点』」


 ナーヒドの硬化異能は強力だが、同時に関節も『硬化』してしまう。


 レイラの動きはナーヒドにとって速くはない。目で追える。彼女の攻撃を先に防御することはできる。

 しかし、防御のために硬化するたび自分の運動が阻害され、レイラの体捌きに追いつけない。


 0,7秒という『遅延ラグ』は、レイラがナーヒドの捕捉から逃れるのに十分な時間だった。


(このままじゃ、延々と終わらないか……一発くらい受け止めて、それからこの子を蹂躙しよう)


 ナーヒドはそう決断し、わざと左腕を『硬化しなかった』。


 レイラの杭が、ナーヒドの左腕に浅く刺さる。

 しかし、彼は痛みをそのままに左腕を伸ばし、レイラの首をがしりと掴んだ。


「……捕まえた。痛いじゃないかァ……。この代償は、大きいぞ?」


 ナーヒドは、自分の掌に帰ってくる柔らかな喉の感触に、ニヤリと笑う。


 このまま、折ってやろうか。


 そんな『不慮の事故』を妄想するナーヒドへと、レイラは呟く。


「私も、異能の、紹介をする。私の、勝ち」

「……は?」


 レイラは首を掴まれたまま思い切り体をひねって腕に巻きつくように跳ぶ。


 天高く右足を振り上げると、ナーヒドの肘に刺さった杭の頭を蹴り込む。ぐずり、と肉を裂きながら、杭はナーヒドの腕を『貫通』した。


「あっ……が、がが、づ?」


 急に腕に力が入らなくなったナーヒドは、疑問の声を上げようと、顎と喉に力を込める。


「ぎぅ?」


 しかし、口はまともに動かなかった。


「……戦闘、終了」


 レイラは着地すると、自分の喉元からナーヒドの腕を外す。


 すると、『支え』を失ったナーヒドは左手を伸ばした格好のまま、地面へと倒れ込んだ。

 最初に左手がごつんと地面にぶつかり、腕を曲げたままのおもちゃが倒れたように、不格好に地面へと頭を打ちつける。


「……ナーヒド!? おいてめぇ、どうした!」


 サイードが混乱とともに声を上げる。

 周囲の隊員たちも、何が起こったのか分からない、と驚きの声を上げていた。


 つい今し方まで、ナーヒドが圧倒的に優勢だったはず。しかし、たった一撃で、全てがひっくり返ってしまった。


 レイラは倒れたナーヒドへ視線を落とし、この逆転の理由である、自身の異能を紹介する。


「私の異能は、杭を、作り出す。そして、貫通したら、動きを阻害、する。

 まあ……『そこそこ』の異能。でも、硬化よりは……『便利』」


 レイラはマルテロへと振り返る。


「軍曹。もう、動けない。私の勝利、かと」

「あ、ああ……」


 マルテロは、あまりに一瞬で決まった逆転劇に、惚けた声を上げる。

 レイラは首を傾げながら、槍サイズの杭を作り出した。


「……とどめ、必要、ですか?」

「い、いや、大丈夫だ」


 マルテロはぶんぶんと首を振り、右手を掲げる。


「……異能実演、レイラ・レオノワの勝利とする!」


 鮮やかな逆転劇に、大きな拍手が鳴り、発着場は盛り上がる。


 レイラはそんな反応を気にすることもなく、真っ直ぐにデイブレイクの面々の方へ……真也の前へと、歩み寄った。


「レイラ! すごい! すごいよ!」


 真也は興奮気味にレイラへと声をかける。

 最初はどうなるかと思ったが、やはり、レイラの強さは本物だと、真也は心から称賛した。


「真也……私、勝った」

「うん! 見てたよ!」


 レイラは、真也に対してもう一歩近く。


「私も、戦える」

「え?」


 急に目の前にレイラの顔が近づき、真也は驚いてのけぞった。

 しかし、レイラは真也がのけぞった分もさらに距離を詰め、再度言い放つ。


「真也。私も、戦える」

「う、うん……分かってるよ」

「……ほんとに?」

「えぇ……?」


 なぜ、レイラに疑われてるのか、真也は頭を悩ませながらも、思っている通りのことをレイラへと伝えた。


 真也は、最近はレイラの数少ない言葉でも意思疎通が取れていたが、今回は彼女が何を言いたいのか、さっぱりだった。


「れ、レオノワ先輩……」


 たじろぐ真也と一歩も引かないレイラに、透がおずおずと声をかける。

 レイラは不思議そうに、透へと振り向いた。


「友枝? なに?」

「あの、治療を……」

「……ああ」


 透の言葉を受け、レイラは自分の体の状態を思い出した。


「お願い。たぶん、肋骨アバラ、2、3本は」

「ま、まじっスか……よく普通に喋れるっスね……」


 平然と立っているレイラの重症さに、透は顔を引きつらせる。

 横に立つ真也も、同様の表情を浮かべた。


「だ、大丈夫なの?」

「あ、治療に関しては、大丈夫っス。肋骨くらいなら……5秒もあれば」

「5秒……」


 あまりの速さに真也は驚きの声をあげ、透は両手をレイラの肋にかざし、口を開く。


「今から急速治癒を行うっス。少し痛みが出るっスけど、決して患部を触らないで欲しいっス。

 異能による治癒の痛みは意匠にも響く可能性が……」

「知ってる」


 言葉を遮るレイラに、透は困ったように眉を下げる。


「し、知ってても、緊急時以外は言うのがルールなんで勘弁して欲しいっス……」


 一通り説明を終えた透は、レイラに治癒を施す。

 透の掌が淡く光り、レイラは痛みから少し表情を歪めた。


 透の申告通り、瞬く間に治療は終了する。

 治療を終えたレイラへと、光一とルイスが歩み寄った。


「よくやったな、レオノワ」

「流石ですね、レオノワさん」


 先輩たちの褒め言葉に、レイラはこそばゆい心持ちになりながらも頷く。続いて、同級生たちもレイラへと駆け寄ってきた。


「やるじゃん、レオノワ。たぶん相手は強度9とかだろ?」

「きょ、強度差があったのに、さささ、流石ですぅ!」

「あ、ありがとう」


 レイラはあまりにも褒められ、少し顔を赤らめて、はにかみながらも言葉を返した。

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