175 初戦


 発着場の中央、アンノウンの隊員たちに囲まれた場所に、二人の人間が向き合っていた。


 そして、向き合う二人の中間には、マルテロ。


「では、異能の確認を行う。

 ルールは二つ、『艦に損害を与えないこと』、そして何より『お互いの生命を奪わないこと』。

 誰の目にも明らかな敗北か、もしくは『降参』の宣言にて戦闘の終了とする!」


 マルテロは大声で宣言すると、『後始末』のためにそれぞれの部隊を見回し、再度声を張り上げる。


「治療系オーバードは?」


 戦闘後、問題なく回復が行えるかどうか。

 それは模擬戦において重要なファクターだ。もしも回復のできる隊員が居なかった場合、他の隊からの手助けを必要とするし、どちらか一方しか治癒異能の隊員が居なかった際、勝敗によっては無駄に揉める可能性もある。


 もちろん、正規軍人ともなればそんな私情に気を遣う必要はないが、ティーンエイジャーとなれば話は別。


 特練兵の実地に付き合うこともある軍曹という立場であり、彼らの暴走をよく知るマルテロは、細部にまで気を抜かずに模擬戦の場を整える様にした。


 マルテロの言葉に、それぞれの隊から反応が出る。


「俺は、『若葉』の異能です」

「は、はい! 俺も治癒系っス!」

「では、それぞれの隊員は戦闘終了後、即座に治癒を」


 デイブレイクとブルカーン、それぞれに治癒担当がいる事を確認すると、マルテロは右手を高く掲げる。


「よし。では、お互い、準備は良いか!」


 マルテロの言葉を受け、向き合う2人は返答する。


「ナーヒド・アブドゥル=ナセル。いつでも」

「レイラ・レオノワ。私も、問題、ない」


 模擬戦……もとい懇親会としての異能の確認。


 その一戦目は、『ブルカーン』のナーヒドと、『デイブレイク』のレイラ。

 ナーヒドはアリスの忠告を受け、美咲ではなく、レイラを対戦相手として指名したのだった。


 オーバードスーツとまではいかないが、二人とも運動しやすい運動着へと着替えをすませ、タンクトップ姿のレイラにナーヒドは下卑た視線をぶつけ、レイラは鋭い視線を返す。


 二人は、どちらからともなく、ゆっくりと構える。

 気迫が周囲に伝播し、見守る隊員たちの声がフェードアウトするように静まった。


 『アンノウン』としての、初の模擬戦。自分たちの『仲間』の実力を知る最初の機会に、全員の視線が二人へと集まる。

 マルテロは周囲の雰囲気を感じ取り、十分に場が整ったと判断し、掲げた腕を振り下ろした。


「では、『異能実演』……始め!」

「うるぁぁぁァァ!」


 マルテロの掛け声と同時に、飛び出すように先制の一手を打ったのは、ナーヒド。

 瞬く間にレイラへと肉薄し、地を這うような低姿勢から掬い上げるように拳を振るう。


「ッ! 速い……!」


 ナーヒドの速さに驚きながらも、レイラは杭を作り出しガードする。


 まるで火花が散るかのような甲高い衝撃音が響き、レイラが大きく跳び、後退した。


「なんて、力……」


 レイラは痛烈な痺れの残る自分の手元を見つめる。


 そこにはいとも簡単にへし折れた、自分の異能の杭があった。


「身体強度、6は、ある……なら、総合強度は9か10……」


 破壊された杭は、すぐさま塵へと変じ、レイラの手元から消えた。


「へぇ、マテリアルの異能か。槍かな?

 一瞬で壊してしまったから分からなからないが……硬さからして6か7かな?」


 ナーヒドの余裕の声を受けながら、レイラは立ち上がる。


「……武装、無いのは……そういうこと、ね……」

「こっちも同意見だよ。武器を作り出せるのは便利でいいねぇ」


 レイラは、まるで実演するかのように、槍サイズの杭を再度作り出した。


「そこそこ、便利」

「『そこそこ』ね。違いない。全くもって『そこそこ』程度の異能だね」


 嗤うナーヒドを、レイラは油断なく見据える。


 艦を傷つけられない以上、投擲は難しい。

 キネシス系異能や真也の『棺』の異能と違い、レイラの異能は投げてしまえばそれ以降は操作ができないからだ。


「考えても、仕方ない……。まずは、確かめるッ!」


 レイラは構え直すと体勢を低くし、お返しとばかりに突貫する。


 しかし、ナーヒドは防御の姿勢を取る事すらしなかった。

 レイラは構わず、そのままナーヒドの右肩目掛けて杭を突き出す。


「さっき、見えてたろうに」


 仁王立ちのままつまらなさそうに呟くナーヒドの肩にレイラの杭の切っ先が触れる。


 そして、『キィン』と硬質の音が鳴り響き、レイラの杭の矛先はナーヒドの肩を滑るように弾かれた。


 それは、レイラの予想を裏付ける結果だった。


「やはり、硬化異能……!」

「そう。拳だけじゃ無い。全身どこでも、さ」


 ナーヒドは勢いを削がれたレイラの杭を右手で掴む。

 レイラは杭を引き抜こうと力を込めるが、全く動かなかった。


「くッ!」


 よく見れば、杭を握るナーヒドの腕は黒く硬化しており、肩から掌にかけては一枚の岩盤のように、微塵も動かなかった。


「肩まで固めれば、こういう使い方もできるんだ。でも、いちばんのお気に入りはァ!」


 ナーヒドは笑い、左の拳を握る。

 すると拳が光沢のある黒に染まり、ライトの光を跳ね返す。


「こうして、痛みを感じずに殴りつけるやり方さァ!」


 ナーヒドは、ずっしりと重みを伴った拳を、再度レイラへと振り抜いた。


「ぐぅ……ッ」


 かろうじて腕でガードを固めたレイラは、再度宙を舞う。

 なんとか空中で体勢を整え、着地した。


「どうだい? 君の『そこそこ』と違って、『かなり』の異能だろ?」


 ナーヒドは愉快そうに笑みを強める。


「いやはや、最悪の組み合わせだなぁ。君のマテリアル異能は刺さらない。こちらは攻撃し放題。

 こんなのは、模擬戦じゃないねぇ……あ、先に言っておくけど、俺は耳が悪くてね。

 君が『降参』と言っても、二、三発分は聞こえないかもねェ?」


 ナーヒドはうそぶきながら、拳の硬化異能を解除する。

 そして、じわり、と肌色に戻った自分の手の感覚を味わうように、ゆっくりとすり合わせた。


 ニタニタと笑うナーヒドに、レイラは静かに告げる。


「……まだ、終わってない」

「それでこそ、だ。もっと楽しもうじゃ無いか! はははは!」


 異能の杭と違って折れないレイラの様子に、ナーヒドは愉快そうに笑う。


 レイラは短い杭を2本作り出し、両手に持つ。くるりと回し、尖った方を持ち手へと返した。


「……ふーん、なるほど。刺突が無理なら打撃で、ってことか」


 レイラは話している途中のナーヒドへと再度駆け寄り、右に持った杭を大きく振りかぶると、大上段から振り下ろす。


 再度響く、金属がぶつかるような音。


「舐めるなよ。打撃対策していないわけないでしょ」


 脳天を叩かれたナーヒドの右頭頂から首筋は、黒く硬質化していた。

 肩まで硬質化させることで、衝撃を全身へと分散し、首へのダメージをも減らす徹底ぶり。


「くっ……」


 ただ硬質化するだけであれば、衝撃は殺せないはず。そう考えたレイラよりも、ナーヒドの『経験』はさらに一段上だった。


「さて、もう一発、貰おうか、なッ!」


 再度ナーヒドの黒い拳がレイラを襲う。


 レイラは素早くしゃがんで寸前で躱し、お返しにとナーヒドの脇腹へと杭を叩きつける。


 しかし、その攻撃もナーヒドの異能によっていとも簡単に受け止められた。

 ナーヒドはレイラの無力さに笑いながら、説明を垂れる。


「何度やろうが、君の攻撃より『硬化』のほうが早い。内臓狙いも無駄だ……よッ!」


 膝蹴りがレイラの鳩尾を貫く。


「かはッ……!」


 レイラは腹部を蹴り上げられ、うずくまる。


「体術も『そこそこ』やるようだけど、そっちも『そこそこ』だねェ。『かなり』の俺には敵わない程度だ」


 ナーヒドはうずくまったレイラの首元を持ち上げると、乱暴に放り投げた。


「ぐぅッ!」


 レイラは一度地面を跳ね、ゴロゴロと甲板の中を転がる。


「……ああ、やっぱり攻撃は『これ素手』に限るなぁ。女の子を殴る時は特に。投げる前に2、3発殴ればよかった」


 ナーヒドは笑みを強め、とどめを刺すべくゆっくりとレイラへ向かって歩き出す。


「ッ……!」


 レイラは手に残った杭を、ナーヒドへと投げつける。

 杭は攻撃というにはあまりに遅く、くるくると回りながら弧をかいて飛ぶ。


「は? なにそれ?」


 ナーヒドは歩みを止めることなく、杭がぶつかる前に頭部を硬化させて受け止める。


「そういう、『抵抗』って……ソソっちゃうからやめてほしいなぁ……。

 ぐちゃぐちゃにしたくなるじゃないか」


 レイラの杭は、からん、と軽い音をたてて発着場の床を転がる。


 余りの実力差に、見物人たちは皆、顔をしかめ、視線を逸らした。

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