174 ルール決め


 隊員たち、百数十の視線を受けながら、人の輪の中央で光一とサイードは向かい合う。


「『デイブレイク』の隊長さんよ、ルールはどうする」

「そちらの異能の確認だ。仔細はそちらに任せよう」


 光一は興味がないと言わんばかりに即答した。

 サイードは面白くなさそうに鼻を「ふん」と鳴らすと、腕を組む。


「模擬武装あり、異能発現ありの一対一。先に3勝した方が、『上』だ。選出は任せる」

「模擬戦の相手はそちらが全て指名してもらって構わんが」

「ほぉ、言うじゃねぇか」

「重ねてになるが……タフリラスタンの隊員たちの異能の確認だからな。

 俺たちは手伝うだけだ」


 タフリラスタンに全てを任せる光一の態度に、サイードは眉をしかめる。

 どこか余裕すら感じさせる物言いは、不遜でしかなかった。


「まあ、その方が、負けた時に言い訳もしやすいか……なぁ隊長さんよ?」

「どうかな」

「はッ。いつまでその威勢が続くかね。……そっちの支援担当は誰だ」

「支援担当? 聞いてどうする」


 サイードから出てきた言葉に、光一は言葉を返す。

 しかし、支援担当の隊員を確認するのは、サイードとしては当たり前のことだった。


「非戦闘員を潰しても興醒めだからな。そんなのをツブしても『上』の証明にならねぇ」

「そうか。……うちの支援担当は、あそこの二人だ」


 光一は、透とまひるを指差す。

 サイードは透とまひるの顔をしっかりと確認するとニヤリと笑った。


「オーケーオーケー。『真也あいつ』が非戦闘員じゃなくて嬉しいぜ。

 あの二人以外から指名する。戦闘員同士での勝負だ。文句ねぇな?」

「当然」


 光一が頷き、サイードは満足そうに腕を組む。


「もし俺らが『上』なら、今後俺らに逆らうな。あの『ナンパ野郎』もな。万が一、お前らが『上』ならどうする?」

「特に何もない」

「はぁ?」

「俺たちは、元々俺たちが『上』だったと証明するだけだ。その行為に『副賞』など必要ない」


 ルールの決定、戦うメンバーの選定、光一は全てをサイードに任せた意味。

 その意味をサイードは正しく理解する。


(こいつら、俺たちをなんとも思ってないとでも言いたいわけか)


 サイードは、額に青筋を浮かべながら笑顔のまま頬をひくつかせ、呟く。


「『鳥籠住み』が。……ブッ潰す」

「……『健闘を祈るビ タウフィーク』」


 アラビア語を喋る光一に、サイードは怒りに肩を震わせる。

 サイードは分かりやすく、そして光一は静かに熱を高めながら、お互いが、お互いの隊員たちのもとに戻った。




 相談を終え、戻ってきた光一を最初に出迎えたのは、ルイスだった。


「九重隊長、どうなりましたか?」

「すまんな。おそらくレンバッハの出番はない。相手がこちらのメンバーを指定する。その上での模擬戦だ。先に3勝で決着だ」


 ルイスは世界で最も有名なエンハンスドのみの異能者『ヘラクレス』と同じ意匠であり、二つ名すら持つ。

 相手がこちらのメンバーを選ぶというルール上、『戦闘向き雄牛』だと一眼で分かるルイスが選ばれる可能性は低いだろう。


「そんな……」


 紳士でありながら鍛錬と戦闘を愛するルイスは、光一の言葉にしゅんと眉尻を下げた。


 そんなルイスを横目に、修斗はニヤリと笑う。


「ほー、大きく出たよったなぁ、光一」


 相手にメンバー選出を任せる。それは隊長が『誰であっても勝てる』と言っているのと同じだ。

 自信過剰にも思われるが、他ならぬ光一の差配に、修斗は疑いを持たなかった。


「お、俺、がんばるっス!」


 気合十分、と意気込む透に、光一は苦笑いを浮かべる。


「やる気のところすまんが……友枝と間宮まひるは、不参加だ。支援担当だからな」

「そ、そんな……っス……」

「ええっ!? わ、私は戦えますよ!?」

「間宮まひる。君の『鏡』は、探索支援異能の代表格だろう」


 目に見えて落ち込む透と驚くまひる。その二人に続いて、もう一人、声をあげた。


「わ、わたしは、戦っていいんですかぁ……?」


 声をあげたのは、美咲。


「まあ、一応は『戦闘隊員』だからな。果たして戦闘していいのか、確認しておきたいというのもある」


 光一はホフマンに視線をやる。今回のルール……相手に自由に模擬戦をする人間を選ばせるというは、ホフマンへの確認も含んでいた。


 アリスというハイエンドがいるにしろ、『突然死サドンデス』との戦闘がある今作戦。

 日本支部、アメリカ支部、それぞれのトップシークレットである『葬儀屋』と『おもちゃ箱』について、この場で明かすことは許されるのか。


 作戦を行う上で、それを知らぬままか、知った状態か。どう考えても他の国の部隊員たちの士気に大きく関わるだろう。

 もしも明かせないのであれば、ホフマンが止めに入るはず。


 国際問題を抱えた、学生たちの部隊。秘密主義というのは分かるが、それにしても自分たちへの情報開示が少なすぎた。


「……掴み所が無さすぎる。上司としては扱い難いにも程があるな」


 光一からの視線に気付いたホフマンは、ただただにっこりと微笑むだけだった。




 一方、タフリラスタン部隊『ブルカーン』のメンバーは、戻ってきたサイードをじっと見つめる。


 誰も口を開かないのは、この部隊の統制の現れだった。

 タフリラスタンは、常に死と隣り合わせの大地だ。明確な上下関係と隊員の滅私こそが、生死を分ける。


 サイードはそんな隊員たちに満足そうに頬を吊り上げると、一人の隊員に声をかけた。


「ナーヒド、お前が行け」

「了解」


『ブルカーン』の中でも少々特殊な彼は、今回の模擬戦において相当強力であり、サイードは先鋒はナーヒド以外にないと考えていた。


 ナーヒドと呼ばれた青年は、短い敬礼を返すと歯をちらつかせて笑う。


「対戦相手はこちらからの指名だ。誰にするかは、お前に任せる」

「……好きに選んでいいのか?」


 再度確認するナーヒドへと、サイードは大きく頷いた。

 サイードの『ゴーサイン』を受け、ナーヒドは上着を脱ぐ。


 礼装服の下は『懇親会』を予想して動きやすい服装を纏っており、タンクトップの下には細身だが鍛え上げられ、引き締まった肉体。


 ナーヒドは隊員の一人に上着を預けると、デイブレイクの隊員たちへと向き直した。


「そうだな……誰にしようかなぁ……」


 ナーヒドは迷うように顎に手を当て、ウンウンと唸る。

 顔には真剣な表情を貼り付けているものの、その口元にはニヤニヤとした笑みが浮かんでおり、興奮を示すように瞳孔が開いていた。


 ナーヒドの様子に、サイードは鼻を鳴らして笑う。


「あの右端のガキ2人は非戦闘員だ、それ以外から選べ」

「あらら……あの子はよく鳴きそうだったのになぁ」


 ナーヒドが見つめていたのは、非戦闘員であり、一見か弱そうなまひるだった。


「じゃあ、あの子かねぇ? いや、あの子もいいか……」


 次々に視線を移すナーヒドの視界に収まるのは、女性ばかり。

 そんなナーヒドに、『ブルカーン』の紅一点、ファイルーズは大きくため息をつく。


「いい趣味してるわねぇ、ほんと」


 ナーヒドは普段、隊の中でも一番信頼をおくべき先陣を担当する。

 彼の異能や、戦闘能力に関していえば、先陣を任せるに値するが、それ以外の部分ははっきり言って全く信用できない。


 彼は、薄ら暗い趣味があるからだ。


 そのせいで作戦中に『営巣地の中の集落に住んでいる女性』——つまり、生命保持に関して、権利放棄されている女性——に対して少々問題を起こすこともあった。


 しかし、それでも許されるほどに、ナーヒドの戦闘能力はずば抜けている。


(ナーヒドにやらせるくらい、サイードは本気なの?)


 ファイルーズは今回の『懇親会』についてそこまで気乗りはしていなかった。

 その上、ナーヒドが出るとなると、日本支部に対して申し訳ない気持ちすら浮かぶ。


 そんなファイルーズの憂鬱も、ナーヒドには届かない。


「じゃー、あの子にしよう。すぐ壊れちゃいそうだけどね」

「ちょっといいかしら?」

「あん? なんだよ」


 ナーヒドが目をつけ、宣言しようとしたその時、後ろから急に声をかけられる。

 女性の声であり、『また』ファイルーズが小言を言うつもりかと、ナーヒドは顔をしかめて振り返った。


「どうも、ブルカーンの皆さん」


 そこに立っていたのは、『道化師』アリスだった。


 先ほどまでは間違いなく隊員しかいなかったはずなのに、ずっとその場にいたかのように落ち着き払ったアリスに一同は面食らう。

 

「『道化師』……なんの用だ」

「いえ。ひとつアドバイスを、と。あなた、ミサキと……金髪の子とやるつもり?」


 アリスが視線を向けた先には、先ほどナーヒドが指名しようと決めた美咲の姿があった。


 アリスの言葉に、ナーヒドは頷く。


 明らかに、『弱者』の匂いのする、素人くさい少女。

 あれが戦闘員だとは驚きだが……こんな場所でそんな『弱者』を踏みにじれると思うと、ナーヒドの顔には自然と笑顔がこぼれていた。


「ああ、そのつもりだ。アドバイスは特にいらない。話は後でもいいかな?」

「いえ、アドバイスさせてもらうわ。ミサキと戦うのは、やめときなさい」


 先ほどまでの、落ち着き払った様子から一変、アリスは厳しい目つきでナーヒドへと言い放った。

 急な様子の変化に、ナーヒドは驚く。


「……どうして?」

「別にあなたたちの肩を持つわけじゃないけど。あの子はちょっとした『知り合い』でね。

 ……もし私があなたの立場で、あの子と模擬戦をやれと言われたら、断るわ」

「あの子が? ……『道化師』特練准尉ですら、怖いのか?」


 ナーヒドは煽るように質問し、それに対してアリスはにこりと微笑む。


「ものを知らない愚図って、幸せね?」

「てめっ——」

「私、ここで死にたくないもの」


 微笑んだ彼女の口から出てきた暴言に反応するよりも早く、アリスは言葉を続ける。


「『美咲あの子』が本気を出せば、この船なんて簡単に消し飛ぶわよ?」


 アリスは、再度美咲へと視線をやる。

 美咲はアリスに気がつくと、恥ずかしそうに頭をかき、にへらと緊張感のない笑みを浮かべながらペコペコと会釈を返してきた。


 あまりにも小市民な美咲の仕草とは対照的に、アリスは表情を固めた。


「でも……一番恐ろしいのは、彼女の『性格』——いえ、『本性』よ。

 あの子は、『模擬戦』も、『実践』もしないわ。あの子が『ルールに縛られず』異能を使った時、するのは『殺し合い』だけ」


 真剣な瞳でナーヒドに『忠告』するアリスの言葉は真剣そのもの。


「殺し合い、って……ルールに縛られず、って、一応、模擬戦のルールはあるはずだが?」

「ミサキにとって重要なルールは一つよ。『攻撃していいかどうか』だけ。

 あの子は、攻撃していい相手には一切の容赦はないの」


 アリスの重ねての忠告に、ナーヒドは腕を組む。他でもないハイエンドのアリスをしてここまで言わせる少女。

 彼女と戦う気は、とうに失せていた。


「なら、やめたほうがいいか……『道化師』がそこまで言うなら、だけどな」

「賢明な判断ね。——あの子が入ってるのは、『鳥籠』じゃない。『檻』よ」

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