172 結成式
結成式開始のアナウンスを受け、特練兵たちは部隊ごとに整列した。
場所は決まっていなかったが、最前中央にイギリス支部。続いてアメリカ支部、中国支部などの『大規模支部』が並び、真也たち日本支部は一列目の端の方に陣取った。
真也は目線だけで周囲の様子を窺う。
服装は各支部の礼装服のため統一感はないが、整列も、姿勢も、また、表情も整ったものだった。
国連軍の軍曲が流れ、正規軍人たちが発着場へと入ってくる。
全部で2、30人ほど。
真也はその中に、一緒に『i』へと来た園口少佐、日本支部に所属する曹長のウッディ・グリーンウッド、そして津野崎の姿を見つけることができた。
見知った顔にホッとしたが、真也と目があった津野崎がニヤニヤとした笑みとともに手を振ってくる。
そんな彼女の行動によってウッディも真也に気が付き、整列する自分へと暖かい笑顔を向けた。
急に授業参観を受けている様な気になってしまった真也は、前を向き直し、表情が歪まない様に必死に顔に力を入れた。
入場してきた正規軍人たちは、言わずもがな各国のアンノウンの担当官たちだった。
そのうちの一人が、用意された台へと向かう。
顔を動かすことはないが、全員の視線が、すっと引き込まれた。
真っ黒な礼装服と、金の飾緒。同じく金色の華やかな階級章は、それを身に纏う人物が中将だと表していた。
発着場には、かの人物が鳴らすかつ、かつ、という足音だけが響く。
台上に上がったのは、壮年の白人男性。
首だけを前に伸ばす独特な立ち姿。
頭は少し右に傾けられており、ぐいと前に突き出された左目は、まるで覗き見た相手の心の中を全て見透かすようだった。明らかに一般人とはかけ離れた雰囲気だが、軍人という風格でもない。
どちらかといえば、チェスプレイヤーや政治屋。
撫で付けられた灰色の髪は、黒でも白でもない海千山千の彼を的確に表している様に思われた。
彼こそが、『
国疫軍本部付きの強度2の『微能力者』であり、国疫軍最強の『頭脳』。そして、アンノウンの『総指揮官』である。
ホフマンは被っていた軍帽を小脇に抱えながら、心の中でぼやく。
(この年になって子守とは……まぁ、もともと『こう』なりそうだから、特練兵に関する特例は残しておいたんだが)
ホフマンの視界に、ちらりとドレッドヘアーの頭が映った。同じ本部付きの軍曹であるマリア・マルテロだ。
マルテロは女性だが、鍛え抜かれた肉体は男性軍人にも引けを取らない見事さで、さらに彼女は『ライオン』の意匠、『エンハンスドのみ』という異能者である。
「総員傾聴!」
マリアは普段から使い慣れた、新兵を震え上がらせるような厳つい声を張り上げる。
短い言葉に反応して、全員が傾聴姿勢へと転じた。
ホフマンはいつもの右に傾いた姿勢から、ゆっくりと時間をかけて背筋を正す。
敬礼を掲げると、ザッ、と統一感のある衣擦れとともに200近い敬礼が返ってきた。
(まあ、サマにはなっているか)
ホフマンの思う程度には場が引き締まった事を確認すると、ホフマンは敬礼を解き、静かに語り出した。
「ハインリヒ・ホフマンだ。国際防疫軍本部にて、中将を拝命している。
ようこそ、映えある『アンノウン』、第一期の諸君。
本当は長々と君達を褒め称えて、いかに素晴らしい部隊なのかを語る予定だったんだがね。結成が早まるほど事態は
言葉は硬いが、その声は気楽さを伴っていた。
飄々とした雰囲気にはよく合っているが、中将というにはフレンドリーな喋り。
「……君たちは、『三度』選ばれた。
オーバードとして世界に選ばれ、特練兵として軍に選ばれ、アンノウン部隊員として私に選ばれた。
つまりは、まごうことなき『精鋭』というわけだ」
ホフマンは彼らを激励すると、すっ、と三本指を立てて示す。
「特に三つ目は、誇っていいぞ」
発着場に、小さな笑いが生まれた。
(どの支部も、そこそこのを揃えてくれたか)
定番のやり取りの様な物だが、特練兵たちの反応はホフマンが求めるラインを超えていた。
ただ、上官の面白く無いジョークに笑ったかどうか。
それだけではあるが、普通ならばそんなことすら難しい。笑える、笑えないはジョークが面白いかではない。聞いた人間が笑える様な状態かどうか、だ。
潜水艦に乗せられ、初対面の人間が多い中、『中将』から発せられた言葉に反応できるのは、そこそこの胆力だ。
であれば、彼らを褒めそやすよりは、事実を伝えた方が良いだろう。
そう考えたホフマンは、用意していた原稿から外れて言葉を紡ぐ。
「この部隊では、軍法会議が公平に行われる。ということは、極刑もある。
我が隊は、常に国際問題と隣り合わせであり、その上でも必要とされる過酷な作戦を取り扱う。
その性質上、厳しいルールで君たちを締め付けざるを得ない」
ホフマンが伝えるのは事実であり、『特別部隊』が特練兵にとっていかに特別であり、正規軍人にとっての普通なのか、だった。
「その上で、私は私の命令権限を以て諸君らに『死ね』と言う。
私たちの差は、階級のみ。全て、『対等』だ。甘えも、妥協もない。諸君らの奮闘を祈る」
ホフマンは短い言葉の中で、特練兵たちを『子供として扱わない』と伝える。
その真意が全員に伝わったかは怪しいが、間違いなく理解したという顔がいくつか見えた。
「よろしくね」
ホフマンは姿勢を崩し、いつものように前に突き出した左目で周囲を見渡した。
ホフマンの挨拶ののち、複数の支部の担当官たちの挨拶が続いた。
ざっと自己紹介が済むと、マルテロ軍曹は再度声を張り上げる。
「続いて第一号作戦の概要説明を行う。全員注目!」
マルテロの言葉と同時に発着場が薄暗くなり、プロジェクターに地図が広がる。
見覚えある地図に、真也は呟く。
「アラスカだ……」
作戦地は光一の予想通りだった。
プロジェクターに出たのは、アラスカの地図。
アラスカの東の端は、カナダとアメリカの国境線。そこから下の方へと視線を移せば、南東部には『終点駅』アンカレッジ基地。そして西へと伸びる大地の一点に、赤いマークが輝く。
ホフマンはマイクを受け取ると、説明を開始する。
「作戦地は、アラスカ西部にある、超宇宙自然主義者の不法占拠地帯、通称『希望の国』だ。
本作戦開始予定日は10日後。大作戦目標は『該当地域の解放』と『首謀者2名の無力化』である」
スクリーンの映像が切り替わる。
「まず一人目は、超宇宙自然主義団体『希望の種子』代表、バートレー・ブロックハウス
画面に映ったのは、スキンヘッドの白人男性。
だるん、と垂れ下がった目尻は温厚というよりも肥えた結果。
全体のシルエットを端的に表すなら、『親指』である。
「昨今発生している世界多発バン——通称8・4バンにて確認された新種殻獣『人型殻獣』との交流が見られており、同日、アラスカ西部に『国』を立ち上げ、超宇宙自然主義者たちの集結を呼びかけている。
希望の国内部には、人型殻獣と超宇宙自然主義者たちのコロニーができつつある。事を起こす前から、人を集めていたと考えられる。
さて、二人目だが……」
スクリーンが再度切り替わり、今度はスパニッシュ系の男性が画面に表示された。
褐色の肌と対照的な、ブリーチされた白に近い金髪は編み込まれ、粗野な印象を与える。
「……あれ?」
真也は小声をあげる。スクリーンに映る人物を、どこかで見たことがあったからだ。
そして、真也と同様の反応が発着場の中を駆け巡った。
「あれ、は……」
横に立つレイラも、驚いた様に肩を震わせ呟いた。
ホフマンは部隊員たちの反応に頷き、マイクを握り直す。
「知っているものもいるだろう。二人目は、ハイエンドオーバード、『
ハイエンド。
その言葉に、少なくない動揺が走る。
まさかこれから相手するのがハイエンドだとは思いもしなかったのだろう。
「……やはり、か」
ハイエンドが相手になる可能性、それにたどり着いていたのは、『アンノウンには、3人のハイエンドが存在する』ことと『サドンデスの離反』、その双方の情報を握っていた光一だけだった。
彼がデイブレイクの面々に、事前に『アラスカで作戦が行われる』と伝えられたのも、情報を掴んでいたが故だ。
ホフマンはざわめく彼らを嗜める様に手をあげ、言葉を続ける。
「『
既に密入国が確認されており、また、『希望の国』の宣伝活動の中でも、『国民』として扱われている。これにより、ラファエル・リベラは反社会特別指定異能者リストに登録された。
以上2名の『無力化』が、今作戦の大目標のひとつである」
スクリーンに、ブロックスJrとリベラの顔写真二枚が並ぶ。
まるで指名手配書の様に並ぶ二つの顔を、真也はじっと見つめた。
「ハイエンドと……」
ハイエンドと戦うのであれば、自分や美咲、アリスが先頭に立つことになるのは、想像に易い。
であれば、『防御』を得意とする自分は、最前線を駆けることになるだろう。
「もう一つの目標、『該当地域の開放』についてだが……。
司令部では、『希望の国』を新種『人型殻獣』。その営巣地だと判断している。
そのため——私たち国疫軍は『希望の国』に立ち入った人間に関して、生命の保持の責任を持たない。
その上で、我々アンノウンは該当地域唯一の『営巣地侵入を許可された国疫軍人』であると位置付ける。
これは本作戦の基本理念であり、国疫軍憲章、異能発現ガイドライン、営巣地安全保障・保護リスト、アメリカ合衆国憲法、アラスカ州条例に適応されるものとする」
ずらりと並ぶ難しい言葉。
せっかく気合を入れた真也だったが、何を言っているのか理解できずに冷や汗を垂らす。
ぎぎぎ、と光一の方に顔を向けると、光一は「後で説明する」と真也へ囁いた。
「本作戦概要は以上。各小隊長は昼食後に作戦会議室へ集合してくれ」
ホフマンが、ぱんと手を鳴らすと、スクリーンが消え、発着場に灯りが戻ってくる。
急な明転に、真也は目を細める。
なんとか目を開くと、壇上にいたホフマンは、楽しそうに笑っていた。
「さあ、それまでしばらくは、楽しい懇親会でもしようじゃないか」
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