173 楽しい懇親会


 『懇親会』。


 その言葉に反応する若者たちを眺めながら、ホフマンは頬を吊り上げる。

 台の上に椅子を持って来させると、ゆっくりと座った。


「では、名物の『懇親会』と行こうじゃないか、ええ?」


 台の前に立っていたマルテロは周りに聞こえぬ様に、楽しそうなホフマンへと小声で話しかける。


「……ホフマン中将、よろしいので?」

「もちろんだ。むしろ必要だとすら言える。

 ティーンエイジャーは、どの国でも『ヒエラルキー』を作りたがる。社会性の練習とも言えるがね。

 彼らにとって一番のストレスは、『皆平等であること』だ。それに気づいている大人も、子供も少ないがね」

「たとえ、自分が下になっても、ですか」

「割合の問題だ。全員のストレスより、一部のストレス。

 いま、全員が『特別部隊入りしたいい学校の生徒』でしかない。まずは、それぞれが自分の位置を知る。そこから始める。

 まあ、それに……下にならねば、上にあがろうとすまい?」


 マルテロはホフマンの『もっともらしい』言葉に、片眉を吊り上げる。しかし、それ以上何も言うことはなかった。

 なぜならば彼こそが総指揮官であるし、軍曹で現場しか知らない自分よりもホフマンの方が、遙かに『高い場所』から景色を見渡すことができることに違いはない。


「中将がそうおっしゃるなら」

「じゃあ、あとは頼んだよ、軍曹。私はここで見てるから。ああ、そうだ、ドクター津野崎を呼んでくれるか。彼女の意見を聞きたい」

「はっ!」


 マルテロは敬礼すると艦のスタッフたちに指示を出し、準備へと取りかかった。




 懇親会が始まり、彼らの前にはさまざまな料理が用意された。

 長机の上に並んだ料理は種類が豊富であり、どれも色鮮やか。潜水艦の中で用意されたものとは思えないもの。


「あ、これ美味しい」


 真也は甘辛いソースのかかったローストビーフを頬張り、ほう、とため息をつく。

 ごろごろと形の残った野菜は味に深みを出しているだけでなく、それぞれ違った歯触りを演出し、肉から溢れ出す脂が口の中を駆け巡る。


「やっぱここの料理人はいい腕しとるわー」

「……あとでレシピ聞こうかな」

「お兄ちゃん、恥ずかしいから絶対やめてね!?」

「あはは……」


 真也は料理の味に興奮しながら、しかしながら周りの様子に不安を感じていた。


「『懇親会』だよね、これ……」


 懇親会が始まったというのに、各小隊はそれぞれに別れ、料理をつついているだけ。

 真也は、懇親会だというのに全くお互いに交流を持とうとしない面々に『嫌な予感』を感じ始めていた。


「あの、先輩」

「どうした、間宮」

「……懇親会って、『懇親会』ですよね?」

「ああ。『懇親会』だが」

「ですよね? え? 懇親会……」

「懇親会だ。お互いに『交流』を持つ場で間違いない」


 光一は、何度確認しても懇親会だと返してくる。

 少々不安になりながらも、懇親会ならばと少しは疑念が晴れて来た。そんな真也の背を、伊織がぽんぽんと叩く。


「間宮、残念だけど『懇親会』だよ」

「あ、ちょっとまってよく分かんなくなってきた」


 やっぱり『懇親会』にはなんらかの意味がある。不安が強まる真也へ、レイラが説明を引き継ぐ。


「真也、『懇親会』は、一番重要な、ことを、する」

「一番……重要なこと……?」

「自己紹介、は……しないことも、ある、けど……大事」

「大事だよね。うん……え? 自己紹介、しないこともあるの?」


 真也は、彼の知る懇親会とはいきなりかけ離れてきた現実に、額にじわりと汗を感じた。


「あとは、異能の、確認」

「異能の確認?」

「お互い異能の把握、大切」


 それは、真也がこの世界に来て最初にレイラと共闘した際、病院で伝えられたのと同じ言葉だった。


「う、うん。知ってる。レイラから教わったけ、ど……え、ちょっとまって」


 真也は、頭の中で一本の線が繋がってきた様に感じられた。


「レイラ、その……異能の確認方法って……?」

「実演も、多い。けど……模擬戦が、おも


 模擬戦。


 レイラの言葉に、真也は『やはりか』とどこか納得しながら頭を抱える。

 薄々感づいてはいたが、『懇親会』とは『模擬戦』の隠語だった。


「なんで……そ、そうだ。合宿の時はそんなのなかったよね? やらなくてよくない?」

「あの時は授業への参加だし、基本的にロシア支部の生徒は作戦に加わらないって話だったろ」


 真也の精一杯の提案も、伊織によって塞がれる。


「だからあの時は、『異能の確認』である『懇親会』は必要なかったんだよ。今と違ってね」

「あー……そういうことかぁー……」

「他の支部に舐められるわけにはいかないからね、全力でる。ついでにロシア支部もっとく?」

「伊織ィ!?」


 伊織の物騒な言葉に、真也は大声をあげる。

 懇親会という名の模擬戦。


『はじめまして。殴り合いましょう。ボコボコにしてやるよ!』


 そんな懇親があるか。

 訓練であればまだ分かる。訓練の上であれば、模擬戦の重要性は『九重流』を学び始めた真也にもよく分かる。

 しかし、それは『最初にする』ほどのことなのか。


 こうなったら光一を説得するほかない。

 そんな想いとともに真也は再度光一へと向き直した。


「先輩、えっとですね……懇親会なんですが、それって模擬——」

「『懇親会』だ。安心しろ間宮」


 光一は真也の言葉を遮る。真也の肩に手を置くと、彼は自信に満ちた瞳で微笑んだ。


「必勝でなければ、戦いは挑まん。九重に敗北はない」

「い、いや、挑まないっていう手は……」

「無いな。なぜなら——」


 もごもごと説得を続けようとする真也の肩を叩き、光一は振り返る。


「こちらが何もしなくても、向こうはもうその気のようだからな」


 彼の視線の先には、サイード。

 サイードはいつの間にか最前列へとやって来ていた。

 彼は他の隊員を押し除けて、マルテロの前に立つ。


「軍曹!」


 真也と話している時と同一人物とは思えない、凛々しい表情でサイードはマルテロへと敬礼を掲げた。


「タフリラスタン支部『ブルカーン』の隊長、サーディク・イブン=サイードであります。

 自分たちの部隊の異能の確認、共有をしたく思います!」


 異能の確認、共有。周囲に聞こえる様に高らかに宣言されたその言葉は、『懇親会』の意味を知った真也にとって、つい先ほどまでとは全く違う意味を持つ。


 サイードからの『提案』を受けたマルテロは、ちらりとホフマンへと視線をやる。

 視線を受けたホフマンは、ゆっくりと頷いた。それは、誰が見ても明確な『ゴーサイン』だった。


「許可する。艦に傷をつけるなよ」

「はっ!」


 マルテロの言葉を受け、サイード敬礼を下ろして振り向く。


 そして、日本支部の方へと視線をやり、真也たちを視界に入れると、ニヤリと笑った。


「『異能の確認・実演』のため、日本支部の方、手伝っていただきたい!」


 サイードの言葉を受け、発着場内の視線が、一斉に日本支部に集まる。

 光一は周囲からの視線に動じることなく、かちゃりとメガネをあげた。


「喜んで、お手伝いしよう」


 短いが、明確な『回答』に発着場内が湧く。


「命知らずだねぇ」「シンヤ様ー! がんばってくださいましー!」「いけタフリラスタン、やっちまえ!」「……ほぅー。帰りましょうよぅー」


 様々な声が上がる中、マルテロが発着場の中央へと歩み出た。


「異能の確認、実戦での使用例の提示のため、模擬戦を行う! スペースを開けろ!」


 マルテロの言葉を受け、人が割れ、スペースがあっという間に確保される。

 軍曹の指示であるからというより、この後行われることへの興味からくる素早さだった。


 気がつけば、発着場の中央には、タリフラスタン部隊『ブルカーン』と、日本部隊『デイブレイク』のみ。


 あまりのスムーズさに、真也は驚いて目を丸くする。


 理由はわからないが、サイードが明らかに日本支部を……真也を目の敵にしているのは、分かる。

 しかし、それは『暴力』を伴うほどのものなのか。


 真也はサイードに対し『苦手』という意識はあったが、殴り倒してやりたいほど『嫌い』ではない。


「本気でやる気……なのか……」


 驚く真也を宥めるように、当たり前のことにぐずる子供をあやすように、光一は語りかける。


「間宮は……思ったことがないかもしれんが、生まれ持った異能を、社会の理由で抑圧されることに不快感を持つ人間は少なくない。

 国疫軍は私闘は厳禁だからな。ガス抜きに『模擬戦』は良くあることだ。

 怪我をしにくい上に、治癒系のオーバードがいれば、軽いものならすぐ治る……頑丈なオーバードならではの文化なのだ」


 諦めろと言わんばかりの光一の言葉に、真也はガックリと肩を落とした。

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