165 デイブレイク、入艦


 イヤーマフをつけても頭に響くプロペラの音。空高くから望む一面の海。


「ヘリなんて初めて乗ったけど、すごいなぁ……」


 真也は眼下に広がる海を見つめて感嘆の声を上げた。

 そんな彼に、隣の席から声がかかる。


「真也、ヘリ、初めて?」


 隣に座るレイラは真也同様シートベルトで体を固定されていたが、少し上体を傾け、真也の笑みを覗き込む。


「うん!」

「酔わない? 大丈夫?」

「うん、意外と平気だよ。ちょっとテンションあがる」


 レイラの心配をよそに、真也は上空からの展望にワクワクしていた。


 真也は自分の異能に乗って空を進むことも増えたが、それでもヘリから見下ろす景色は普段よりももっと高く、日を浴びてキラキラと輝く海は美しい。


「ふふ、男の子ですね」


 海を照り返す日の光のように目を輝かせる真也に向かいの席に座る苗が微笑み、その隣に居る美咲は弱々しく

声を上げる。


「さ、さすが間宮さんですぅ……わ、わたしぃ、げん……かい……」


 けろっとしている他の面々と違い、美咲は両手にしっかりとエチケットバッグを握りしめながら青白い顔で揺れに耐えていた。




 8月16日。アンノウンとしての活動が始まるその日、彼らは東雲学園の学園港に集合した。

 港に集合という事だったため船での移動だと真也は思っていたが、予想に反しヘリに乗り込んだのだった。


「見えてきたぞ」


 港を飛び立って20分ほど経ったところで園口が口を開き、皆が反応して海の一点を見つめる。

 視線が集まったことに呼応するように、海が盛り上がった。


 現れたのは、真っ黒で硬質な地面。


 徐々に地面が広がり、押しのけられた海の飛沫しぶきが上がる。

 海がざあざあと音を上げ、大きな音と光景に真也は感嘆する。


「すごい……あれが……」


 まるで鯨が浮上してくるように徐々に海を割って姿を露わにするそれは、生物ではない。

 突如として大海原の中に現れた黒い地面は、上昇を止めると同時に『開く』。


 その奥にはヘリポートを表す模様が描かれていた。


「あれがアンノウン本部である……最新式の原子力潜水艦『アイ』だ」


 原子力潜水艦『アイ』。

 アンノウンの本部であり、同時に彼らの基地であり、作戦のための移動手段でもある。


 殻獣から得られたテクノロジーを最大限利用した『海の移動要塞』。

 海面に露わとなったのはその巨大な艦の極一部だった。


「一気に降下するぞ」


 園口は隊員に声をかけ、パイロットに指示を出す。

 直後ヘリは降下を始め、がくんと体が揺れた。


「全員、掴まれ」


 とうとうここまできたか、と真也は徐々にその姿を鮮明にする『i』を見おろし、美咲は急な動きにエチケットバッグを顔に当てた。




 ヘリが『i』に着陸し、デイブレイクの面々は即座にヘリから降りる。

 ロータを回し続けていたヘリは、全員が降りたことを確認すると即座に艦を飛び立った。


 ヘリが離れると即座に天井が閉まり、一瞬の暗闇ののち、すぐに照明が焚かれる。

 急に明るくなった発着場の隅には、数機のヘリが固定されていた。


 園口はデイブレイクの面々に目配せをすると、先導して歩き出す。

 その後を追いながら、まひると同じ部隊最年少の透が驚きの声をあげた。


「広いっスね……発着場だけで小学校の時の運動場ぐらいありそうっス」


 真也や、未だ軍務に慣れていない一部の隊員は知る由もないが、高い天井と大きく取られた発着場の空間は、潜水艦としては異常である。

 そんな事情を知らない透ですら広いと思う潜水艦内部の様子は、他の隊員……特に上級生たちから見れば異様すぎるものだった。


「潜水艦とは思えんな……」

「これほどまでに大きな原潜げんせん、いつの間に用意したのでしょうか」


 ルイスの疑問に、足を止めずに園口が答える。


「アンノウンの設立自体は、3年前から計画されていた。

 そして、最初に立案されたのが、この移動式本部、原子力潜水艦『i』の建造だ。

 設計は過去のものを参考にしつつ、計画開始から2週間で鋳造が開始されたが、これが処女航海になる」


 三年前から建造された。

 真也は潜水艦の建造がどれくらい時間のかかるものか知らなかったが、それでも3年も前からアンノウンが……人型殻獣との戦いが予想されていたことに驚く。


「三年前も前に……」

「そこも驚きだけど、部隊計画から2週間で鋳造開始って、見切り発車すぎじゃない?」

「た、たしかに、そうっスね……」

「ただ……結果、用途通りに、運用してる」


 レイラの言葉に、伊織も透も口を閉じる。

 計画始動からたった2週間で開始されたとはいえ、3年後、それが予想通りに運用されているのだから無駄にはなっていない。

 『アンノウン』は、それだけ『急を要し、必然』の存在だったのだ。


「ここは、先見の明だというべきだったな、押切」

「ぐぬぬ……結果論じゃないですか」


 口を尖らせる伊織に、園口は笑い声を上げる。


「まあ、普通は見切り発車だと思うだろう。

 私も担当官として2年前に声をかけられた時、既に潜水艦を建造中と聞いて驚いたものだ」


 園口の言葉に、修斗はピン、と耳を立てていじわるそうな笑みを浮かべる。


「いやー、艦に来た途端、えらい内情喋ってくれるもんすねぇ」

「ここまで来たのだ、もう隠すことなどない。……あまりな」

「……ちょっとはあるんかい」


 修斗は辟易したように尻尾をだらりと脱力させ、もはや恒例のやりとりに、他のメンバーはくすくすと小さく笑った。




 ヘリポートから移動した面々は、園口の先導のもと『11部隊室』と看板の出た部屋に通される。


 中は学園内のデイブレイク用ラウンジに比べれば狭いが、10人が同時に待機できるほどのサイズの会議室と、その奥に4つのドアがあった。


 園口は全員が入室したことを認めると、口を開く。


「結成式は明日。その後、第一号作戦についてのブリーフィングがある。

 その後部隊練度を上げるための訓練を行いながら、作戦地へ移動。作戦開始予定は10日前後だ」

「10日……」


 あと10日で、作戦が始まる。

 園口の言葉に各々が気合を入れ、真也は静かに拳を握りしめた。


 全員を見渡した園口は、テーブルの上にブリーフケースを載せ、開く。

 園口が取り出したのは、分厚い資料の束だった。


「では、これを配っておこう。

 規則、通信手順、コード、用語、装備一式のリスト、そして日程表だ。

 装備や備品は奥の個人ロッカーに入っているので、後で各自確認しろ」


 園口は書類の束の一つを持ち上げると、光一へと差し出す。


「九重、全員に共有しておけ。遅くとも2日後の訓練までにな」

「はっ」

「船室割当表も入っている。何かあったら備品の通信端末を使い、私に連絡を。以上だ。解散」


 園口の言葉を受け、デイブレイク隊全員が姿勢を正し、敬礼した。

 力強い敬礼に、園口は鼻から笑い声を溢す。


「……ふ、様になってきたな、間宮真也特練二等兵」

「はっ! あ、ありがとうございます!」


 真也の反応に園口は微笑むと、『11部隊室』を後にした。




 上官の退室とともにその視線が光一へと集まる。


「よし、みな楽にしてくれ」


 安堵からそれぞれが固定されたベンチに座り、壁へともたれかかる。

 手元の書類を数枚めくると、隊長である光一は全員に向けて指示を開始した。


「奥に宿泊用の部屋がある。部屋は4つ、それぞれ割り振るぞ。

 荷物を置いたら……そうだな」


 光一はテーブルに置かれた資料の束を一瞥し、それから全員を見回す。


「2時間ほど、自由時間とする」

「え、園口少佐に貰った資料に目を通さなくていいんですか?」


 急な自由時間の指示に真也は驚く。

 他の人は分からないが分厚い資料の内容を2日後までに覚えるのに、時間を無駄にできるとは思えなかった。


「まずは俺が目を通す。その上で皆に必要な部分をピックアップして共有するつもりだ。

 だれも内容を知らない状態で各々が読むと、最終的な知識の共有が遅れるからな」


 平然と言い放つ光一に、真也は目を丸くする。


「その量を?」

「ん? まあ、2時間あれば大丈夫だろう」

「そ、そうですか……」

「さて、部屋割りを伝えるぞ」


 光一は手元の資料に目を落とし、そして何かを考えるように顎に手を当ててから言い放つ。


「2人部屋が二つ、3人部屋が二つだ。

 それぞれ階級順に割り振られている。男女混合だが……まあ、変な気を起こすものはこの隊にいないと信じているぞ」


 光一の言葉に全員が頷き、続きの言葉を待った。


「では、まず第一室の二人部屋」


 階級順なら、そこは光一と修斗の部屋だろう。

 そう考えた真也が耳にしたのは、信じられない一言だった。


「間宮と喜多見。特務官の二人だ」


 真也が驚いて振り向くと、顔を真っ赤にした美咲とバッチリ目があった。

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