166 部屋決めは踊る、されど進まず


 二人部屋に、真也と美咲。


 『階級順』ということならば、最近特務官として登録された真也と、アメリカ支部で特務官の『B.B』である美咲が上位2名で間違いない。

 『トイボックス』ということであれば中佐であり、園口よりも階級が高いとすら言える。


 しかし、光一の発表に次々と抗議の声が上がる。


「ままま、まったぁァァ!」

「抗議します! 断固抗議ですッ!」


 大声をあげたのは伊織と苗だった。

 真也と美咲が同室、しかも二人部屋であるというのは健全な高校生として考えればアウトである。


 眼球が飛び出んばかりに目を見開き、ピンと挙手する二人に光一はため息をつく。


「……後にしろ。先に部屋割りを伝えるぞ」


 光一は書類に視線を落とし、言葉を続ける。


「二人部屋のもう一つ、第二室は俺と修斗。特練兵長の二人だ」

「おー、了解。ほな俺は荷物置いてくるわ。光一のも持っていこか?」

「頼む」


 修斗は大きなカバンを2つ担ぐと、『02』と看板に書かれている部屋へさっさと入っていった。


「次の3人部屋は、上等兵であるレオノワ、苗、ルイス」

「ここも男女混合ですか」


 ふぅ、と小さくため息をつく苗に、光一は少し眉をしかめる。


「だから……そうだと言っただろう」

「問題、ありません。私、は」


 レイラは静かに告げると、ルイスへと視線をやる。レイラと目があったルイスは困ったように肩を竦めた。


「私は……お二人が問題ないのでしたら構いませんが」


 真也は、レイラと同室であることに少し羨ましく思いながらも、同室の男子がルイスならば大丈夫かと静かに胸を撫で下ろす。

 ルイスはいつも少し引いた目線で全体を見ていて、誰に対しても物腰が柔らかく、そして軍務などで戦闘となると誰よりも前で戦い、攻撃を一手に引き受ける。

 顔の右側に大きく描かれた雄牛の意匠はいかつい印象を与えるが、その表情はいつも穏やかだった。


 他の男子隊員に対して不信感があるわけではないが、真也の中でルイスは今まであったことのある人々の中でも一番の紳士だった。


 レイラとルイスは自分の荷物を持ち上げ、『03』と書かれた部屋へと向かう。


「待って待って、てことは……」


 徐々に人の減る部屋の中で、伊織は表情を歪める。


「最後の一部屋が上等兵以下、押切、間宮まひる、友枝だ」


 部屋の中に『っし!』と小さな声が漏れる。声の主は小さなガッツポーズをした透だった。

 透に対し、真也から白い目線が送られる。目が合った透は「え、えへへ」と遅すぎる愛想笑いを浮かべた。


「部屋割りは以上だ」


 伊織とまひるは、お互いの顔を見合わせ、絵に描いたような苦虫を潰したような顔を相手に晒していたが、部屋割りの通達が終わると同時に光一へと詰め寄る。


「九重隊長! 間宮家、で一部屋でいいと思います!」

「隊長、ボクは間宮とオリエン一緒の部屋だったし、間宮との共同生活に慣れてます」

「ええと……し、師匠と弟子、とか……その、訓練をしやすいかと」


 苗すら遅ればせながら『真也との相部屋』合戦に参加し、光一は大きくため息をつく。


 当の美咲はこの争いに巻き込まれぬよう、こっそりと『01』と書かれた部屋へと退避した。


「……これはオリエンテーション合宿でもなければ、修学旅行でもない。軍事作戦のための移動中の部屋割りだ。

 勝手に変えようなら、日本支部の恥だぞ。……わかったな、『間宮』」

「え!? 俺ですか!? わ、分かりました!」


 急に話を振られた真也は驚いて反射的に返事する。それは、『部屋割が確定した瞬間』だった。


 他ならぬ真也が部屋割りに了承したのだ。これ以上詰め寄って論をこねても、どうしようもない。

 3人は光一の作戦通りがっくりと肩を落とした。


「さっさと部屋に荷物を置いてこい」


 光一は3人に対して言い放つと、テーブルの上に陣取る書類に目を通し始める。

 それは『この話は終わりだ』と言わんばかりの様子だった。


 観念したまひる、伊織、苗の3人は肩を落としながら部屋へと向かい、それとすれ違うように修斗が部屋から戻ってきた。


「なんや? みんなまだ荷物置いてへんかったんか」


 少し驚いたように尻尾を一振りすると、修斗はテーブルの上に少し大きめのスマートフォンのような機械を置き、光一の方へ滑らせる。


「光一、俺は艦内見学にでも行ってくるわ。俺の分の端末は持ったから、なんかあったらそれで連絡してくれや」

「分かった」


 光一は端末を受け取ると、起動する。「ふむ」と短く声を上げると、横に置いて書面の読解へと戻った。


「お、間宮くんどうする? 一緒に探検行くかー?」

「あー、俺は……」


 真也は困ったように二人の先輩を交互に見やる。


「あの、九重先輩、なにか俺に手伝えることってありますか?」

「ん? 気にせんでいいぞ。まあ、間宮が英語を得意とするなら話は変わるが」


 光一は手に持っていた書類を真也へと向ける。

 描かれているイラストから、恐らくは端末の説明書であろうその紙には、びっしりと英語が書かれていた。


「すいません無理です」


 即答した真也の様子に光一は「ふ」と薄く笑いながら言葉を続ける。


「そうか。では間宮も探検に行って、この艦の設備や他の部隊員たちの様子を教えてくれ。書面からでは分からぬこともあるだろうからな。それが一番の助けになる」


 光一の言葉を受けて、笑みを強めたのは修斗だった。大きく尻尾を振り、真也の肩を叩く。


「ほな一緒に行こか」

「はい! じゃあ、俺荷物置いてきます」

「おう、待っとるでー」


 『01』と書かれた宿泊室に真也が入ると、ちょうど美咲が荷物をしまい終わり、ロッカーを閉じたところだった。

 狭い室内にはロッカーが二つ、小さな作業テーブルが二つ、二段ベットが一つ。

 二段ベッドはオリエンテーション合宿の時と違い、それぞれにカーテンが用意されていた。


 入室に気づいた美咲は、狭い空間に二人だけということに顔を赤くしながら真也の方を向く。


「あ、ま、まみやさぁん」

「喜多見さん、どうしたの?」

「あ、あのぉ、ベッドの上下、決まってないみたいでぇ……ど、どちらがいいですかぁ?」

「あー、俺寝相悪いからなぁ……」


 下にしようと思う。その言葉を遮るように、第一室のドアがけたたましい音を上げて開かれた。


「まてェ! 間宮は上! 絶対上!」

「伊織!?」


 入室と同時に、あらんかぎり叫ぶ伊織の後ろには、まひる。

 部屋に入ろうともがく伊織を羽交い締めにして必死に押しとどめていた。


「ちょっと押切先輩! なんですかいきなり走り去ったと思ったら! 抜け駆けですか!!」

「上! 間宮はうえ! うえぇぇぇっ!」


 必死な伊織を追い出すように、まひるは2人に増える。

 二人がかりで伊織を部屋から引っ張り出そうとするが、伊織も負けじとドアにしがみついた。


「ぐぬぬぬぬ!」

「ほら、さっさと出ますよ! ここは特務官用の部屋なんですから!」


 二人の必死な様子に、真也は苦笑いを浮かべる。


「まひる、そんなこと気にしなくても。別に入るくらいいいんじゃない?」

「するもん! 階級は絶対だもん! 特務官とその家族以外は入室禁止!」

「あぁ!? 何言ってんだこのッ!」


 しれっと自分は入室できると言い放つまひるに、伊織が掴みかかろうと振り向く。

 それと同時に、11室に響き渡る声があった。


「お前たち、いい加減にしろ!」 


 真也のいる部屋の外、まひるや伊織の後ろから投げかけられた声に、喧騒がピタリと止む。

 声の主は隊長の光一だった。


「「……でも!」」


 さらに抗議しようとする2人に、真也も声を上げる。


「二人とも落ち着いて! ちゃんと隊長の言うことを聞かないとダメでしょ!」

「「はい……」」


 真也にも怒られ、流石にやりすぎたと二人は肩を落としながらお互い脱力した。

 まひるの数も、いつの間にか一人に戻っていた。


「じゃあ、まひるは行くね……また後で……」

「間宮、二段ベッドは上にしろよ……」

「お? う、うん……」


 二人はしゅんとしながら第一室のドアを閉める。閉まる直前、呆れたような光一の声が続いた。


「あと、苗。お前もさっさと荷物の片付けをしろ。

 なにを『出遅れた』みたいな顔をしている」

「はい……兄さん……」


 急に静かになった中、真也と美咲は目線が合う。


「えっと……なんかよくわからないけど……俺、上で寝るね」

「はいぃ……わ、わたしも、梯子苦手なのでぇ……助かりますぅ……」


 流れのまま二人はベッドの上下を決め、真也は探検に向けて自分の荷物をロッカーへと仕舞い始めた。

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