159 援軍
ウィズリーキャッスルで大量の殻獣を見上げる直樹は、必死に思考を回転させていた。
今まさに、『ここ』へと殻獣が落ちてくる。
あれは何指定群体だ? 総数は? あの緑の人間はなんだ? それを運ぶアレは『女王』なのか?
この場の避難は済んだ。しかし、『あのサイズ』はやばい。シェルターを破られるかもしれない。
でも、そんな巨大な殻獣よりも、やっぱり『あの緑の人間』の方がやばいと直感が告げている。
そして――現場の戦力はおそらく、自分を含め
緊張から頬がひくつき、震える右腕をバングルをはめた左腕で抑える。
そんな直樹の右腕に、そっと掌が当てられた。
「ねぇ、葛城クン」
「え?」
急に姫梨から呼びかけられ、直樹は素っ頓狂な声を返す。
「アタシね。無理。こんなの……怖すぎ……」
直樹は普段あまり見たことのない、姫梨の弱音に表情を歪める。
ただ遊びに来ただけなのに、まさかこんな事になるなんて、誰も予想できなかっただろう。
姫梨が見上げた先では、容易く人を簡単に殺せるような化け物が
今日の朝、この光景に出会うと予想できていた人間など、いないだろう。
「……ぶっちゃけねぇ、逃げたい」
「桐津……」
国疫軍人としては許されない姫梨の言葉だったが、直樹は責めることなどできなかった。
「でもねぇ……」
姫梨は、真っすぐに空を見上げつづける。
「でも、アタシたちは『力』があるんだもん。ここで逃げたら、普通のヒトがいっぱい死ぬ。そのほうが……そうなっちゃう方が、アタシは『怖い』。
だから、全力で撃ち落とすから。『直樹クン』、お願いねぇ!」
姫梨は天に向けて左手を伸ばし、拳を握る。すると、姫梨の手を包み込むように異能が発現し、黒い大弓が現れた。
「きり、つ……」
姫梨の力強い瞳と言葉に、直樹は衝撃を受ける。
直樹は『どうすればいいのか』、『どうなってしまうのか』、そればかりを考えていた。
しかし、特別訓練兵であり国疫軍人たる自分たちがやるべきことは、一つなのだ。
「ああ。まかせろ」
直樹も姫梨と同様に強引に笑顔を作り、両手を伸ばして異能を発現する。
すると、二人の周りにうっすらとした『膜』が現れた。
薄さに反し強固なこの膜は、直樹の持つ『ヴェール』の意匠の異能によるもの。
「……そうだよな」
直樹は呟く。このまま殻獣が地面に降り立つのを見過ごせるわけがない。
今自分にできることは、『他の場所の』避難を進めること。そして、遠距離攻撃を持つ姫梨の身を守ること。
それは、彼女の『決意』に応えることだ。
直樹はほんの少し光を反射する透明の防御膜を何重にも広げ、姫梨と自身を包み込む。
「……頼んだ! 『姫梨』っ!」
他でもない直樹に『頼まれた』姫梨の頬は、不謹慎にも釣り上がってしまう。しかし、隠すことなくそのままに叫ぶ。
「任せてぇ!」
姫梨は一体に狙いをすませ、弓の弦をしぼるように右手を引く。
すると、矢がつがわれたかのように弓の両端が引き絞られ、矢の先端があるべき場所では空間が歪んだ。
あとは姫梨が引いた右手を離せば、『弓』の異能により細い衝撃波が矢のように放たれる。
未だ遠くに見える無数のうちの一体ではあるが、それでも100%から99%——99.9%でも、地上に到達する前に減らさなければ。
「まずは、一匹ッ!」
姫梨は手を離し、ビン! と弦が弾けるような音が周囲に広がる。
真っすぐに放たれた姫梨の一矢は数多い殻獣の一体の脳天を突き破り、射抜かれた殻獣は糸の外れた人形のように地面へと落下していく。
「さぁーっ……かかってこいやぁっ……!」
姫梨は、自分を鼓舞するように小声で呟く。ガチガチと歯が鳴るが、それでも釣り上げた頬を気合で固定した。
先制攻撃を受けた殻獣たちは驚いて撃破された殻獣から距離を離し、怒りを表すように顎を打ち鳴らし、甲高い雄叫びを上げ、敵意をあらわにした。
「作戦っ、どおりぃっ……!」
自分たち目掛けて殻獣が押し寄せるのであれば、他の場所の避難が進むだろう。
直樹を道連れにするようで心が痛むが、直樹は全てを理解した上で『まかせろ』と姫梨へ言った。ならば、姫梨がやるべきことはひとつだ。
少しでも多く、少しでも長く、殻獣をこの場にとどめ、数を減らすこと。一人でも多く、避難を完了させること。
あとのことは、『仲間たち』に任せればいい。
それに、大好きな彼と一緒になら、ここで死すことも、それほど悪くないと思えた。
「いや、嘘。やっぱちょっと生きてたいかも」
せっかく、『彼』のことを名前で呼べたのだから。
姫梨はボソリと溢しながら次の一矢の準備を進めるが、させまいと殻獣の群れは速度を上げ、姫梨たち目掛けて急降下を始めた。その様子は姫梨の目には、まるで『空が落ちてきた』かのようにすら映る。
そして、砕けた。
「……え?」
あまりにも機械的に発生した現象に、驚きから姫梨の矢を番う手が止まり、呆けた声が上がる。
例えるのであれば、空のどこかに壁があり、殻獣たちがそこに当たって砕けているような光景。
一瞬、なにが起きているのか理解が及ばなかった。否、現在も、なにが起こっているのか理解できない。
しかし、いま目に映る現実を単純に表すなら、こうだ。
——殻獣たちは自分たちを目掛け飛翔する。飛翔し、一定以上遊園地に近くと、砕ける。
理解が及ばぬ間も、殻獣は次々と迫る順にぐしゃ、ばき、と卵が割れるように砕け続けていた。
「なに、なになに!? なにが起こってるのぉ!?」
姫梨が驚く間にも殻獣は破壊され、四散した死骸は風に煽られてゆるゆると自由落下していく。
破壊の対象はもはや、『迫りくる殻獣』ではなく『空を飛ぶ殻獣』へと移り変わっており、空のまだら模様が少しずつ減っていく。
圧倒的な速度の破壊の中、黒い風が殻獣を襲う様子が、かろうじて直樹の目に止まる。
「『また』だ……これ、さっきと同じだ」
「えっ?」
「さっきも同じことがあったんだよ。
急に殻獣が破壊されて……なにが起きてるのか分からなかったけど……いや、いまも、なにが起きてるかは……わかんないけどさ……」
直樹は目を見開き、現状を理解しようと必死だった。
新たな対空迎撃システムなのか、それとも……それとも、何なのか。
候補すらまともに思い浮かばないが、それでも現に、目の前で殻獣たちは砕かれている。
空を見渡していた直樹の目に、異質なものが飛び込んできた。
「お、おい、姫梨……あれ、誰だ?」
姫梨が混乱していると、横から直樹の驚きの声が上がる。
直樹の言葉に姫梨の視線が引きずられ、空中の一点へと吸い込まれた。
そこには、棺の蓋のような黒い板に乗った全身黒一色の人間。
体つきから男性であろうと予想できる。むしろ、それくらいしか予想しようが無い。真っ黒のロングコートにより全く肌が露出されておらず、顔も目深に被られたフードで隠れていたからだ。
夏に見るには異様な出で立ち。
真っ黒なロングコートには各所に分厚い金属板が埋め込まれており、その特殊な装備に、直樹は声を上げる。
「あれ……トイボックス、か?」
空に浮かぶ男性の服装は、合宿の際に実際に目にしたトイボックスの装備に、どことなく似ていた。
そんな直樹の感想に対して、姫梨が声を上げる。
「で、でも、トイボックスはいまアメリカじゃあ……」
「だ、だよな。じゃあ、トイボックスと同じメーカー……いや、あれはトイボックスが作り出してるって話だし……真似してるのか?」
「わ、分かんないけど……」
混乱する二人をよそに、男は真っ黒な手袋を着けた手で掴んでいた無線機を口元へと動かす。
『安心してください』
機械によって変声されたであろう無機質な声が、園内に広がった。
『東雲学園の生徒から要請を受けて、援軍に来ました』
男の言葉を受け、至る所でクラスメイトたちが上げているだろう感想を、直樹と姫梨も口にする。
「援軍……」
「え、たったひとりぃ!?」
たった一人の援軍。そんなものは成立しない。しかし、黒衣の男は言葉を続ける。
『皆さん、シェルター避難してください。誰一人、例外はありません。全員、避難してください。
私は日本支部特務官の『
たった一人の援軍。そんなものは成立しない。しかし、彼らは過去、たった一人の援軍に救われたことがあった。
それは、援軍が――
『ハイエンドです』
援軍が、一人でひとつの営巣地を壊滅できるような、存在だったから。
「ね、ねぇ、直樹クン、いま聞き間違いじゃなかったら……」
「ああ、確かに言った。『ハイエンド』ってぇ」
直樹と姫梨は驚きながら、お互いが聞いた言葉を確認し合う。
「『
「いや、初めて聞く。現ハイエンドの中にそんな二つ名は無かったはず……っていうか、日本支部にハイエンドが居たなんて、噂でだって聞いたことないよ」
二人の会話を知るわけもなく、『葬儀屋』は言葉を結ぶ。
『皆さん、即座に避難してください。この場にいる……この手が届く全ての人は――俺が守ります』
空の上でひとり殻獣と相対する彼は、言葉通りにゆっくりと両手を広げる。
ただ両手を広げただけで――空を覆う群れの半数が、『黒い棺』によって一瞬にして砕かれた。
一気に『青色』を取り戻した空。
日差しすら強くなったのではと錯覚するような、劇的な変化。
「これが……」
『ハイエンド』の力は、確かに通常の異能者と比べて異様なもの。圧倒的隔絶。通常の異能者が得られる強度を大きく超えた異能。
しかしその実力を見ることは滅多にない。
なぜならば、彼らが災害現場に出るときに、他の戦力を要することなど、ほぼないからだ。
「これが……ハイエンド……」
直樹は、初めて目の当たりにしたハイエンドの戦い方に、味方ながら恐怖すら覚える。
あまりにも現実離れした光景に、直樹も、姫梨も、そして同様に空を見上げる大多数の人々が言葉を失った。
しかし、そんな中、たったひとつ叫び声が上がる。
『キィィィィィィイイイ!』
それは、巨大な殻獣に腰掛けていた『緑色の人間』による咆哮だった。
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