154 夢の国、満喫(下)
一昔前のアメリカを模したエリアにある軽食店の、眺めの良い屋外席で真也たちは遅めの昼食を取る。
遊園地価格のサンドウィッチセットに真也は一瞬躊躇ったものの、その味は良く、食後の余韻を飲み物を片手に楽しめるほど、満足のいくものだった。
その余韻を楽しませるのに、景色も一役買っていた。
こだわり抜かれたテーマパークの建物たちは統一感がありながらも色鮮やかで、人間慣れしている鳥たちが近くを飛び交い、中央の湖から散歩してきたガチョウが『餌を寄越せ』真也の足元にやってくる。
真也は「おー、よしよし、いい子だねー」と子供に対するように裏声を出してガチョウの頭をひと撫ですると、横に座っていたレイラに声をかけた。
「こうしてボーッとしてるのも、悪くないね」
「うん。わるく、ない」
夏の日差しの中とはいえ広大な水場が近くにあるせいか、時折顔を撫でる風は涼しく、景色や行き交う楽しそうな人々をただじっと眺めるだけで十分に楽しい。
アトラクションの呪いを解いてもらって安心したのか、レイラも表情が柔和になっているように真也には感じられた。
笑い合う二人に、ツッコミが入る。
「いや、楽しみ方おじいちゃんかよ。遊べ」
タピオカ苺ミルク片手の伊織の言葉を、真也はまさしくおじいちゃんの様に受け流す。
「まあまあ、非日常を楽しむって言うならこれでもいいじゃない」
「いや……まあ、そう言われりゃそうだけどさぁ……。あれ? 喜多見さんは?」
「え、さっきまでそこに……」
真也が伊織の言葉につられて振り向くと、美咲が座っていたはずの場所には誰もいなかった。
美咲は先ほどまで、空気にあてられて頼んだはいいものの苦手な炭酸をチビチビ飲んでいたはずだ。
急に消えた美咲に、レイラが少し顔を引きつらせて呟く。
「呪い……?」
「レイラ……それはもう、ほら、解いてもらったじゃん。トイレとかじゃない?」
「もぉぉぉ……おじいちゃんの次は子供かよぉ……」
あまりにも自由かつ、思い通りにいかない3人に対し、伊織は文字通り頭を抱える。
「じゃあ、メッセージ送ってみよっか」
真也はメッセージアプリを立ち上げ、美咲に『今どこにいるの?』と文章を送るが、反応はない。
それから3人は暫く待っていたものの、美咲が一向に帰ってくる様子もなく、またメッセージに『既読』もつかなかった。
真也は鼻から短く息を吐き出すと、飲み干したカップを手に立ち上がる。
伊織とレイラの視線が真也に集まり、真也は周りをもう一度見回してから、2人へと振り向く。
「誰か、喜多見さんの電話番号知ってる?」
「……ボクは知らない」
「私も」
「じゃあ……探しにいこっか」
真也はリュックを背負い、レイラも残った飲み物を飲み干して立ち上がる。
「ああああ! めんどくせぇ! くっそめんどくせぇぇ!」
そして伊織は天に向かって咆哮し、周りを飛び交う小鳥たちは恐怖からいっせいに飛び立った。
真也、伊織、レイラは美咲を探すため、それぞれ別れて行動することにした。
レイラは近くの女子トイレを見て周り、真也は園内を歩きながら美咲の姿を探す。ちなみに伊織は迷子センターに行き、呼び出してもらうと息巻いて歩いて行った。
真也は、美咲の尊厳を守る——迷子センターからの呼び出しを阻止する——ためにも早く見つけなければとパーク内を見回る。
最初は、彼女の金髪は目立つから大丈夫だろうと思っていたが、真也が思っていたよりも人が多いパーク内は視線が遮られ、彼女を見つけるのは至難の技にも思われた。
「これは……無理だな……」
伊織が迷子センターで美咲を呼び出す前に見つけるのは不可能だと判断した真也は、美咲を探しながらも伊織を説得しようとスマホを取り出し、メッセージの文面を考え始める。
「あ、間宮じゃん」
「え? ああ、駿河か」
なかなかいい説得の言葉が浮かばない真也に声をかけてきたのは、クラスメイトの凱だった。
凱は何人かの男子クラスメイトと共にテラス席に腰掛けていた。
「ねえ駿河、喜多見さん見なかった?」
「え? いや、見てないけど……はぐれたの?」
「まあ……ね」
「高校生にもなって……とも思うけど、喜多見さんっぽいとも思うな」
「まあ、うん」
苦笑いを浮かべる真也につられて、凱も同様に笑う。
ふと真也が視線を移すと、凱たちの座るテラス席の中央にはタブレットが鎮座していた。
どうやら彼らはテーマパークで遊ばずに、タブレットに流れる映像を見ていたようだった。
「駿河たち、なに見てるの?」
「アメリカ支部の結成式典の中継見ようと思って。カウントダウンがそろそろ始まるんだよ」
朝に直樹が言っていた式典。そのカウントダウンが間も無く始まると聞いた真也は、腕を組む。
「せっかくテーマパークに来てるのに」
まるで旅館に来てテレビゲームをする子供を叱るような真也の言葉に、凱とクラスの男子たちははじとりと睨み返す。
「こっちは男くさくて楽しくねえんだよ……せめて中継で『B.B』を見て目の保養をする予定だ……」
「間宮はいいよな、女子たちと回れてよぉ……」
「この世は不公平だ……桐津さんも直樹と一緒にどっか行っちゃうしよぉ……」
思いもよらぬどんよりとした反撃を受けた真也は、どう言い返すかと考える。
「えっと……あはは」
考えたが、愛想笑いしか出てこなかった。
そんな真也の様子は、彼らにとって『勝者の余裕』にしか見えなかった。
「間宮キサマぁ!」
「あははじゃねえよくそう!」
「えっ!? な、なんか、ごめん」
「謝るなァ! ……なんか、悲しくなってくるから……っ!」
「あっ、ごめ……う……うん」
再度『ごめん』と言いそうになった真也は、苦し紛れにテーブルの中央に置かれたタブレットへと視線を移す。
そこには英語で何やら説明文が書かれており、『wait a moment』と大きく表示された画面が鎮座していた。
まもなく、アメリカ支部の結成記念日式典が始まる。
真也は、一瞬美咲は式典参加のためアメリカへ行ったのかと勘ぐったが、同時に頭を振る。
「まさか、な……うん、距離的に無理だし……」
「どうしたんだよ、間宮?」
「いや、なんでもないよ。じゃあ、俺、喜多見さん探してくるから……」
「おう。じゃ、またな」
「うん」
凱と別れると、不意に真也のポケットが震え、真也は反射的にポケットに手を入れてスマホを取り出す。
「……何だこの番号?」
スマホの画面には着信を表す表示。しかし真也はその番号に心当たりがなかった。
普段はメッセージアプリの通話を使うことが多く、真也の電話帳は未だ数少ないため、知り合いの誰かだろうと思い彼は何気なくその電話に出る。
「はい、間宮です」
『ま、間宮さんですかぁ……?』
真也が名乗ったにもかかわらず、再確認してきたその声は聞き覚えのあるものだった。
「え、喜多見さん? なんでこの番号を……」
真也は美咲に自分のスマホの番号を教えていなかったため驚いた。
誰かから聞いたのか、と確認するよりも早くスピーカーから音声が続く。
『す、すすすいませぇん! そ、それは後にして、とにかく来ていただいていいですかぁ!?』
美咲の必死な声に、真也は少しだけスマホを耳から離して音量を調節しながら返事する。
「えっと……どうしたの?」
『き、緊急事態なんですぅ……!』
「緊急事態?」
『はいぃ!』
「あの——」
『な、なので、はやく来てくださぁい! ま、間宮さん、ひひひとり、おひとりでぇ!
ほ、他の人には言わないで、ききき来てくださぁい!』
いつも挙動不審ではあるが、美咲の慌てようはいつもよりも大きく、真也は心の中で突っ込む。
(身代金の受け渡しか)
美咲の混乱ぶりは気になるが、何にせよ彼女と早く合流しなければ。
彼女は知らないだろうが、今まさに自分の名前が迷子として園内に放送されるかどうかの瀬戸際なのだから。
「わかった。その——」
『は、はいぃ! ま、待ってますぅ!』
「うん。で、『いく』って——」
『はい! き、きききてくださいっ!』
「……いや、その、何処に行けばいいかな?」
『あっ……う……ひゅ……』
電話の向こうには沈黙が広がり、真也は美咲が電話口の向こうで真っ赤になっているだろうな、と簡単に予想できた。
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