153 夢の国、満喫(中)


 真也たち4人組は薄暗いアトラクションの中にいた。

 場所は言うまでもなく『タワーオブフィアー』。またもやそこそこの時間並んだ彼らの視線の先には、一人の女性。


 たまたまか、レイラがいたためか、ガイドの女性は識別バングルをはめたオーバードであり、そのバングルは『強度3未満の非戦闘員レベル』を意味する簡易タイプだった。


『みなさん! ここが、このホテルのエレベーターです。すごく広いですよね!

 まだ電気が来ていますので、これで最上階まで上がっていきましょう。じゃないと、30階建ての最上階なんて上りきれませんよね!』


 真也たちは物々しいバーで動きを固定されながら、アトラクションの説明員でもある『高層ホテルの廃墟ツアーのガイド』の話をじっと聞いていた。


 周りには、同様に安全バーで身を固定された20人ほどの乗客たちがおり、皆一様にガイドの女性の話に耳を傾けている。


「いや、エレベーター広すぎだろ。無理あるわ」

「まあまあ、そういう設定だから」


 伊織は無粋にも小声でアトラクションの設定へツッコミを入れ、真也は半笑いで伊織を窘めた。


 そんな二人のやりとりを横に、スポットライトが一つの石像を照らす。


『これは、通称『呪いの石像』です』


 静かな『エレベーター内』にマイクを通したツアーガイドの声が響き、聞くものの不安感を煽る音楽が、いつのまにか真也たちの耳を打つ。


『この石像を持ち帰ったオーナーが、忽然と姿を消しました。それが、このホテルが廃墟となった原因の一つ……。

 いえ、すべての原因は、この石像……。オーナーが消えたことなど、この石像の呪いの一端でしかないのです。

 ベルボーイのスウェン、総支配人のガレット、泊まりに来た客たちも、このホテルの取材に来た報道陣すらも——』


 真剣な表情で語り続ける『ガイド役』の女性の演技は凄まじく、見ていた真也たちはその話に引き込まれていく。


『——そして、昨日たまたまここに足を踏み入れた若者たちも。このエレベーターに乗った人間は誰一人として、帰ってきませんでした。すでに数百年経った今もこの呪いは解ける事なく、漂い、見る者を奈落へと引き摺り込むのです』


 なかなか怖いな、と首筋に力の入る真也の袖が不意に掴まれる。

 真也は内心驚きながら隣を見ると、袖を掴んできたのは顔を真っ白にしたレイラだった。


「……レイラ?」

「聞いて、ない……こんなの……。動くのは、平気……でも」

「でも?」

「呪いは……それは、反則……」


 普段無表情のレイラの頬が分かりやすくひくつき、額からは大量の汗が流れ出る。


 真也はそんなレイラの様子に、文化祭の出し物を決めるときの一悶着を思い出した。

 レイラはメイド服か執事服を着ることになるよりも出し物がお化け屋敷になることを嫌っていた。


 その理由は『おばけ、こわい……』だったはずだ。


 レイラの弱点に、真也は頬を緩める。今日1日だけで、彼女のことを色々と知れた様な気がした。


 そんな真也の微笑みもレイラの恐怖も置き去りに、案内人の説明ストーリーは進んでいく。


『出会ったものを、連れ去ってゆく……それが、石像の呪いなのです。

 その呪いは、関わる全ての人間に降りかかるのです』


 説明口調から打って変わり、ガイドの女性は微笑みながら明るい声を放つ。


『え? なら、何度もガイドをしている私は大丈夫なのか? ですって? 私は大丈夫ですよ!

 だって、もう『呪われていますから!』』


 『呪われている』。その一言だけが強烈にエレベーター内に反響し、急に暗闇が辺りを包む。


「ひぃぃ!」

「うお、びっくりした。あはは、いいじゃん」


 乗客たちの、驚きによる短い悲鳴の直後、石像は意思を持っているかのように、暗闇にすぅっと浮かび上がった。

 真也の袖が引きちぎれるかと思わんばかりに引っ張られ、レイラは恐怖から悲鳴を上げる。


「おいっ!?」

「れ、レイラ、『おい』って……」


 急に口調の荒くなったレイラ。真っ暗なため真也からレイラの顔色は窺えないものの、真也の袖を掴む力は増す一方だ。


「ボゥジェモイ……ゴースパジ……」

「あっ、ちがうこれロシア語だ! レイラ、ロシア語なってる!」


 真也は遅ればせながらレイラの状態に気づいた。

 『オイ』は、驚いた時に出る感嘆符だ——ロシア語において。


 完全に恐慌状態に陥っているであろうレイラに向けて、石像は追い討ちをかけるかのように石の上を飛び回る。


『はははははは……誰一人として……返さぬぞ! 皆ここで、死ぬのだ!』

「オイィ! ウージャス! アツターニャ ミィニャァァ!」


 真也は未だロシア語を把握し切れていないが、レイラが言わんとしていることが伝わってくる様な必死さだった。


『お前たちも……連れて行ってくれる! さあ、奈落へ堕ちろぉぉぉぉ!』


 石像の叫びと共にガクンと体が揺れ、一瞬の無重力ののち、落下していく。


 これもやはり、真也はそこまで恐怖を感じない。なんなら、ロシアでは本当に崖から落ちそうになったのだ。

 オーバードにとってはどんな絶叫マシンも、軽く楽しめる程度のものでしかない。


「ひぃぃぃやぁぁぁぁぁ!」


 その程度のはずだが、近くに座る美咲の絶叫は、誰よりも大きく。


「ヒッ……」


 レイラは完全に言葉を失った。



 何度もアップダウンを繰り返し、アトラクションが終わると真也はセーフティーバーを戻して立ち上がる。


「あー。終わった。レイラ、どう? アトラクション自体はそんなに怖くなかったでしょ? ……レイラ?」


 なかなか立ち上がらないレイラの方を見ると、彼女は今まで真也が見たことがないほど、憔悴しきっていた。

 憔悴の理由は、当たり前であるがアトラクションのせいではない。


「の……」

「の?」

「のろわれ、たぁ……」


 レイラはアトラクション本体ではなく、『石像の呪い』というエッセンスに完敗していた。


「いやいやいや、そんなのアトラクションのやつで」

「もう、エレベーター、乗れない……真也……真也も、呪われ、ちゃった……」

「あー、うん……えっと」


 真也がどうやって彼女の夢を壊すことなく乗り切ろうかと思案していると、いつまでも降りてこない真也たちのもとに訝しげなスタッフが歩み寄ってくる。


「どうされました?」

「いや、その……この子が、怖がっちゃって」

「石像の、呪い……あぶない……」


 レイラの言葉にスタッフを首を傾げる。このスタッフは非オーバードであり、レイラがなにを言っているのか分からなかったのだろう。

 真也は今までで最も通訳することを躊躇うレイラの言葉を、羞恥に耐えてスタッフへと伝える。

 すると、スタッフから出た言葉は意外なものだった。


「なるほど……石像の呪いは、確かにあります」

「え?」

「でも、石像の呪いを祓うおまじないを出口で掛けてますから安心してください。出口右側で、掛けてもらえますよ」


 スタッフの笑顔に真也は納得する。他でもないテーマパークの人間がこの世界を否定することなどできない。『呪いはあります』としか言えないのだ。

 であるからこそ『おまじない』は、本気にした……あるいは茶化してくる客に対して用意されている抜け道なのだろう。


 真也がスタッフのプロ意識に感嘆していると、レイラは不安そうな表情で真也を見つめ、声を上げる。


「……真也、その人、なんて?」

「ああ、出口で呪いを解いてもらえるんだってさ」


 真也の言葉に、レイラはバッと立ち上がり、出口を向く。そのまま走り出すかと思われたが、レイラは一歩も動かなかった。


「……レイラ?」

「……一人はやだ」


 涙目になりながら不服そうに下唇を突き出すレイラに、真也はとうとう吹き出してしまった。


 呪いを解くおまじないは子供向けであり、何人もの子供が並ぶ『解呪』の列に真剣な表情のレイラは参加する。

 それだけでは済まず、レイラに引っ張られて他の3人も呪いを解いてもらう羽目となった。

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