144 閑話:そして、終わる作戦


 デイブレイク小隊は、倒壊した校舎の保安活動を職員たちに引継ぎ、専用ラウンジに一度集合していた。


 エレベーターのドアが空き、遅れて合流した真也は、周りを見渡す。


「シンヤ様——!」


 真也の姿を見つけた瞬間に駆け出したソフィアだったが、当人はそれに気づかず、1人の少女に向けて広げて走り寄る。


「まひる!」

「お兄ちゃん!」


 2人は勢いのまま抱き合い、周囲からの様々な想いの込められた目線に気づくこともなく、真也はまひるの体を強く抱きしめる。


 自分の手が宙に浮いたままのソフィアも、流石に踏み込める雰囲気ではなかった。


「よかった……よかった、まひる。大丈夫? 怪我とかしてないか?」

「うんっ、大丈夫だよお兄ちゃん!」

「……ごめんまひる、俺、プロスペローを……」


 まひるの兄の……自分の兄でもあるこの世界のシンヤの仇を取れなかった。


 口籠る真也の体を、まひるは強く抱きしめ返す。


「そんなのいいの。……お兄ちゃんが無事だったなら、まひるはそれで十分だよっ……!」


 まひるは戦闘終了後、真也の元へ合流することを止められており、生きた心地がしなかった。

 合流禁止は他ならぬ真也の意思によるものだったが、それでも不安なものは不安だった。


 まひるの肩に顔を埋め、暫し妹の無事を喜んだ後、真也は視界の端に映る『恩人』に気付く。

 複雑な表情の伊織だったが、喜びでいっぱいの真也は彼の表情の意味するところを気が付けなかった。


「伊織……!」


 真也はまひるの体から手を離すと、伊織へ駆け寄る。


「お、うー、うん」


 もじもじとする伊織だったが、真也はお構いなしに伊織も抱きしめた。


「ありがとう……ほんっとに、ありがとう!」

「うきゅ!? お、おおおお!?」


 抱きしめられた伊織は驚いて耳をピンと立てるが、その耳はすぐにへにゃりと脱力した。


「お、おおおぉぉ……。じゃ、じゃなくてだなっ! 

 や、やめろよー、まみやー。ハズカシイダローゥ?」


 伊織は急ぎ棒読みの言い訳をしながらも、うへへ、と笑い声が漏れていた。

 抱きしめられるのが恥ずかしいからやめろ、などという彼の心にもない言い訳に、真也は言葉通りに反応して、抱きしめた腕をすっと外した。


「あ、ああ。ごめんな。つい感極まっちゃって」

「え? あ、うん……ベツニヨカッタンダケドネ?」


 すっと自分の体から離れていく真也に、伊織の耳はガックリとうなだれた。


「まひるのこと、ほんとありがとうな。今度何かあったら、すぐに言ってくれ。

 俺に出来ることは何でもするから」


 真也は目の端に涙を浮かべたまま、伊織の手を強く握る。


「何でも……。今何でもって言った?」


 感動的なシーン台無しの、ふすふす、と興奮気味に鼻で息をする伊織の耳に、小さな舌打ちが2つ聞こえる。

 確認するまでもなくその音源はソフィアとまひるだった。


「真也さん、どうでしたか」


 真也の背から、声が掛かる。


「苗先輩! すいません……俺……」


 真也は申し訳なさそうに顔を伏せる。

 苗は他でもない人型殻獣と戦うために稽古をつけてくれていた。

 なのに関わらず、プロスペローにとどめを刺すことに躊躇い、その結果ペトルーキオによる乱入によって、彼の九重流としての初陣は幕を閉じた。


 それは真也にとって、苗の献身に対する裏切りのような気がしてしまった。


 申し訳なさそうに肩を落とす真也に、苗は優しく語りかける。


「大丈夫です。結果は聞きました」

「すいません。俺は、まだこの部隊にふさわしくないのかも、しれません」


 『殺す覚悟』と『死ぬ覚悟』。部隊結成前に園口に言われていた言葉の重さ。


 それを痛感し、落ち込む真也の体を、苗も抱きしめる。


「……苗先輩?」

「大丈夫ですよ、真也さん。その一線は、中々に超えられるものではありません。

 私も、人の形をした者の命をこの手で奪う時に躊躇しないかどうか、自信はありませんし……それに」


 苗は抱きしめたまま上半身を離し、真也の顔を見つめて言葉を続ける。


「私は、真也さんが、軽々とその一線を超えられないことを、嬉しくすら思います。

 平然と他者を傷つけられるよりは……思い悩み、超えていける人間の方が、よっぽどいいです」


 落ち着かせるような優しい抱擁と言葉に、真也ははにかむ。


「ありがとう……ございます。

 ……これからも、よろしくお願いします、師匠」

「はいっ」


 気恥ずかしさから、苗の抱擁からそっと離れた真也は、ラウンジの中を見渡す。


「あれ、そういえば、レイラは……?」


 戦闘終了後に自分の元へと駆けつけてきたレイラ。

 彼女はしばらくした後真也の元から離れた行ったため、先に戻っていたのだろうと真也は予想していたが、その姿はラウンジにはなかった。


「まだ戻っていない。『先に行くところがある』そうだ」

「そうなんですか……」


 腑に落ちない、といった様子の真也は、ここまできてやっとソフィアの姿に気付く。


「そ、ソーニャ、何で泣いてるの!?」

「な゛、な゛ん゛で゛も゛あ゛り゛ま゛せ゛ん゛……う゛ぐぐぐぅ……」


 タイミングを逃しっぱなしだったソフィアの手は、未だ宙に浮いたままだった。




 ラウンジ内が様々な感情で湧いている頃。

 人気ひとけのない教室で、レイラは幼なじみと向き合っていた。


 2人の顔は、幼なじみに向けるというには愛想のない表情。

 お互いの距離も『友人と話す距離感』というよりも『間合い』と言った方がしっくり来るものだった。


「こんなところに呼び出して、どうしたんだい? レーリャ」

「単刀直入に、聞く」


 いつもの爽やかな笑みではないユーリイに、いつもよりも険しい表情のレイラは言い放つ。


「貴方は、敵?」


 レイラの言葉に、ユーリイは即座に反応することなく、腕を組むと困惑の表情を浮かべる。


「……なんだい? いきなり」

「答えて。……ペトルーキオが言ってた。『青い蝶』と『白狼』の名を、覚えておく』と」


 ペトルーキオが姿を消す前に発した言葉。レイラはその言葉に違和感を持っていた。


「あの場で、その名を言ったのは、父だけ。父の言葉は、ペトルーキオには通じない。

 つまり、奴は、前から知ってた。私の『ロシアの二つ名』を」

「へぇ」


 眉一つ動かさぬユーリイに、レイラは言葉を続ける。


「押切から聞いた。奴らは、押切の異能を誤解していた、と。


 無線でキャタリーナとの戦闘報告の中で伊織が発した言葉にも、レイラは疑問を持った。


「奴ら、デイブレイク隊の、能力、直接台帳で調べたわけじゃ、ない」


 そして、それら疑問を結びつけ、信じたくなかった事を、突きつける。


「そして……ユーリイ。奴らの『煙』は、ユーリイの」


 レイラの言葉に、ユーリイは笑う。


「煙の異能者は確かに少ない。でも、僕以外だって居るよ?」

「貴方の『消し方』は、独特。私の目は、ごまかせない。貴方は、足元から少しずつ、完璧に、消していく。

 だから、頭が最後に残る。そう、よね? 『花飾り』」


 花飾り。それは、ロシアでのユーリイの二つ名だった。


「『煙』の異能訓練では、みな、全体を消し、徐々に完璧にする。即効性を、重視するから」


 レイラの指摘に、ユーリイは初めてほんの少し表情を歪める。


「……詳しいね」

「昔ユーリイが、私に話したこと。忘れた?」

「そんなこと……覚えてたのか、レーリャ」


 ふう、と静かに息を吐き出すユーリイに、レイラは詰め寄る。


「答えて。ロシアでの、プロスペローの独り言は……貴方との、会話だったの?

 だとしたら、貴方は、私を、守ったの?」


 レイラは表情を歪めながら、それでも再度質問した。


「貴方は、敵? それとも、味方?」


 しばしの沈黙が、教室の中を支配する。


「それは……そうだな」


 ユーリイは考えるように足元に視線を移し、顎に手を当てて応える。


「僕はこの言葉があまり好きじゃないんだが……君は、知る立場にいない」


 言い放たれた言葉に、レイラは短く返答する。


「そう」

「信じてくれるのかい?」

「……分からない。ただ、信じるかどうか、考える」

「そうかい。それが聞けただけでも、言った甲斐があるよ」 


 ユーリイは笑うと、指を立ててレイラへと告げる。 


「幼なじみのよしみでひとつだけ」

「……なに?」

「夏休みの課題は、先に終わらせておいた方がいいよ」


 意味深な言葉を残し、去ろうとするユーリイの背に、レイラは言葉を返す。


「最後に、私も、ひとつ」

「……なんだい?」

「私を守ってくれてありがとう。でも……」


 礼を告げる、というには冷徹なレイラの口調だった。



「でも、貴方は……。

 『真也は、守らなかった』。私は、それを忘れない。覚えて、おいて」



 背筋が凍るようなレイラからの圧に、ユーリイは掌に汗の湿気を感じる。

 それを悟られるまいとユーリイは一歩踏み出しながら、背中を向けたままレイラに告げる。


「そうかい。じゃあね、レーリャ」

「……うん。『またね』。ユーリイ」


 幼なじみの会話は、まるで事務手続きかのような静けさのまま、終了する。


(レーリャも、ソフィアも……恋する乙女は怖いねぇ)


 かの少女は、軍人として無類のセンスを持ち合わせていると、ユーリイは思っていた。


 それは、『敵』と『味方』を、はっきりと分けられるところ。

 私情とは別にそれを判断できるところ。


 しかし、私情での『敵』と『味方』を、彼女はどのように決め、どのように対応するのだろうか。


 それは、ユーリイも知らなかった。彼女の『味方』だったから。


(はたして、僕はどっちに決まったんだろうな?)


 ユーリイは『念のため夜道には気をつけよう』と1人決意したのだった。

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