131 文化祭開幕、そして襲来。
性別反転メイド喫茶は、開店と同時に大盛況だった。
根気よくビラを配った宣伝班の力、夢子の用意した衣装のクオリティの高さ。
そこに『まさか、超名門校の生徒が女装をするなんて』という意外性が加わり、さらには、テレビにも取り上げられた『女王捕獲』のレイラがクラスにいることも相まって、文化祭開始と同時に全ての席が埋まり、入店を待つ列が伸びる。
次々に押し寄せる『ご主人様』と『お嬢様』たちの接客に追われながら、真也は次の客に対して礼をする。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
真也は頬がひくつかないように表情筋を気合で押さえ込んで、
本人は必死だったが、その姿は客から見れば、無表情な美少女が自分に
真也からの挨拶を受けたカップルは、大興奮ではしゃぐ。
「うわー、めっちゃかわいいけど声男だー!」
「すごいね……さすが東雲」
「東雲関係なくない?」
席に着くと、今度は男装の麗人がメニューをテーブルに置き、問いかける。
「お飲み物は、いがが、しますか?」
「え、あっ、その」
「お勧めは、紅茶と、スコーンです。お嬢様」
「じゃ、じゃあそれで!」
レイラの接客は、女性客からの人気を博し、廊下を通る奥様方を次々と店内にひきこんでいく。
「だだだだ、だーじじりりんですぅ……」
「きゃー、ドジっ子執事だー!」
おどおどと接客する美咲の姿は、非日常に叩き込まれた客に『ああ、文化祭だ』という安心感をもたらし、その必死さも併せてマスコット的な印象を与える。
喫茶店にした動機は不純であったが、売り上げコンテストの上位も狙えそうな滑り出しに、クラス全員が沸いていた。
そして、その売り上げの筆頭。
「伊織ちゃーん、チェキでーす」
「はあ!? さっき撮ったとこだろ!」
「いいからいいから」
伊織は『エボルブド』という希少性も併せ、次々にチェキを撮られていた。レイラも記念撮影が多かったが、伊織はその比ではなかった。
無愛想な伊織の様子も、可愛らしい女の子の姿、しかもそれがもともと男子生徒という点が合わさることで、『可愛らしいツンデレキャラ』として客たちに受け入れられていた。
写真を撮る中には生徒の姿も多く、伊織の隠れファンたちがこぞって店に押し寄せる。
「ほんと、物好きだねみんな。ま、どうでもいいけど。って……」
伊織が次の客に目を向けると、見知った姿。
「あ、どもっス」
「友枝、お前……」
次の『伊織ちゃん』のチェキの相手は、デイブレイクのメンバーである透だった。じとりと睨まれた透は、両手をぶんぶんと振り弁明する。
「い、いや、記念っスよ! 変な意味はないっス!」
「あっそ。……間宮妹は?」
透が来ているということは、まひるも来ているだろう。伊織の予想を裏付けるように透は周りを見渡すが、まひるの姿は無かった。
「あれ? さっきまでそこに」
まひるを探す透の視線が、一箇所で止まる。そこには、慎重に距離を取りながら、向き合う兄妹の姿があった。
「さあ、お客さんだよ? 言うことあるんじゃないのかな? 思いの外可愛い真也ちゃん。まひる、驚きだよ?」
「そりゃどーも」
「あれ? メイドさんの言葉とは思えない、乱暴な言葉だなー」
「ぐっ……」
「さあさあ、メイドさん!」
「ぐぬぬぬぬ……お……」
「お?」
「おかえりなさいませ……お嬢様……」
「ひゃっほー! 録音バッチリ!」
「あっ、ちょっと!!」
まひるを見つめる伊織の目は、徐々に吊り上がる。
「ちょっと、あんまりウチのメイドにちょっかい出さないでくれるか?」
「わあ、押切先輩も可愛いですねー」
「おい、間宮妹」
「あ、すいませーん、お兄ちゃん、じゃなくて、真也ちゃんと、レイラさんと、美咲さんと、伊織ちゃんで、チェキ一枚!」
「話をきけ!」
伊織の言葉を無視してまひるは直樹にチェキを頼み、直樹はチークというよりも赤丸がついた頬を持ち上げ、笑顔で接客する。
「はーい、二千円でーす。わよ」
「ぶふっ。す、すいません笑っちゃって」
「いいのいいの、そういう反応の方が俺も救われるから」
「はいっ、先輩。じゃあ、二千円です」
千円札二枚を受け取る直樹に、真也が詰め寄る。妹から写真代をがめるというのは、真也としては嫌だった。
「ちょっと、葛城……」
「すまん、ここは譲れん」
「いいのいいの! それくらい出すよー! さ、いこいこ!」
「ちょ、ちょっとまひる……」
まひるは笑顔で真也の腕を引き、チェキを撮るスペースへと引っ張っていく。
「はい、ちーず!」
頬を赤らめる透と、既に集まっていたレイラ、伊織、美咲。そしてまひるに囲まれ、真也は苦笑いではあったが、思い出の一枚を撮る。
直樹に手渡されたチェキを見ながら、まひるは微笑む。その幸せそうな顔に、真也にも自然と笑顔が伝播した。
まひるは思い出したようにスマホを取り出すと、直樹に交渉をする。
「あの、よかったらスマホでも……」
「いいよ。お金払ってくれたし、一枚サービスね」
「やった! お兄ちゃん、2人でも撮ろ?」
「ああ、いいよ」
先ほどの幸せそうなまひるの顔に、真也は二枚目の写真も笑顔で応えることにした。
「さ、撮るよー」
直樹の言葉を受け、まひるはぎゅっと真也の腕に抱きつく。
「ちょっとあれ、近くないか?」
「ふたりは、兄妹。あれくらい、普通」
「兄妹、ねぇ……」
伊織は毒づくが、レイラはちらりと見ただけで『いつものこと』と断じた。
レイラの言葉にも釈然としないながら、伊織は2人の姿をじっと見ていた。
まひるが帰った後も、喫茶店の仕事は続く。
文化祭開始直後ほどの忙しさは無くなったものの、それでも常に席が満杯のメイド喫茶では、忙しなくクラスメイトたちが給仕に励む。
そんな中、真也と伊織はスタッフルーム兼キッチンのスペースでペットボトルのお茶を飲みながら、小休憩を取っていた。
「間宮、もうちょいしたら昼休憩な」
「うん、ありがと」
真也は、まひるの演劇に合わせて休憩を取りたいと伝えて、その時間が近づいてきた。
初日はレイラと休憩時間が被らず、1人でまひるの劇を見ることになる。
まひるの演劇の場所をパンフレットで確認していると、スタッフスペースに凱が飛び込んできた。慌ててやってきたのであろう、赤髪のカツラが少しずれていた。
「ち、チェキ入りまーす!」
凱の言葉に、真也は伊織の肩を小突く。
「お、またか。人気だな伊織」
「もうやだ……帰りたい……」
「心折れるの早すぎるだろ」
伊織は朝から既に相当数の写真を撮られており、既にグロッキーだった。
真也はそんな伊織をねぎらうように背をポンポンと叩く。
「ほら、
「うー……」
2人の元へやってきた凱は、伊織ではなく真也の肩を掴む。
「はい?」
予想外の行動に真也は疑問の声を上げ、凱は彼を逃さぬよう、ガッチリと肩を掴んだままだった。
「チェキはお前だ、間宮」
「え? 俺?」
真也も何枚か撮ったが、名前を出して指名されたのは初めてだった。
「ひゅーひゅー」
「やめれ」
伊織が適当に真也を囃し立て、真也はその声に対して煙たそうに手を振った。
デイブレイクの誰かが来たのだろうか、と真也は頭を悩ませたが、伊織を呼ばず自分だけというのは意外だった。
「行くか……相手は1人だけだった?」
「ああ。1人。だけど……」
駿河困惑した顔に、真也は眉をひそめる。
「だけど、何?」
「100枚だ」
一瞬、凱が何を言っているのか真也は理解できなかった。
「チェキ、100枚希望だ」
「は? ひゃ、ひゃく?」
驚いた真也は、一体誰がきたのか、とスタッフルーム兼キッチンから顔を出す。
緑の瞳と、目が合った。
「あああ! なんてお美しい!
そんな……男性としてのみならず、女性としてまで美しいなんてシンヤ様は神が作り出した美の結晶だったのですね!
その隣で写真に映るのが私なぞでとても恐縮なのですが、それでも、どうしても抗えなかったのです!
わたくしを堕落させる。もしかしたら、シンヤ様は悪魔なのかもしれませんわ! かわいいかわいい、小悪魔さんですわ!
ああ、もう、100枚と言わず200枚でも、300枚でも! クレジットカードは使えませんの!? このお店! 電子マネー……ワンドは!? ワンドも対応してない!? シンヤ様が在籍する店として怠慢ではありませんこと!?」
正にクレーマー。言い寄られているメイド服の男子生徒は、半泣きだった。
ソフィアの視線が男子生徒に向いている間に、すっ、と真也はキッチンに姿を消す。
あの場にいたのは、間違いなくソフィアだった。
合宿で会った、異様なまでに真也に熱を上げる少女。まさか日本に来るとは、全く予想していなかった。
先ほど伊織がこぼした愚痴と同じ言葉が、真也の口からこぼれ出す。
「もうやだ……帰りたい……」
「折れるの早い……くはないか。間宮、一緒に帰る?」
「それもいいかもしれない……」
ゲンナリする真也の肩が、再度ぎゅっと掴まれる。真也が顔を向けると、凱は真剣な顔だった。
「いや、そんなことされたら困る。あの子がこの店で暴れてみろ。お前を一生呪うからな。さあ、間宮、こっちにこい」
合宿でかの少女の異常さを目にしてきたクラスメイトの恐怖は、並みのものではなかった。
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