130 開店直前、性別反転メイド喫茶


 東雲学園学園祭の朝。多目的室の一室では、1ーAのクラス待望の瞬間が訪れようとしていた。


 衣装に袖を通した『店員』たちのお披露目会である。


 皆、お互いの似合わない衣装に笑い合っていたが、ドアを開けて入ってきた金髪の少女2人に視線が集まる。


「これで、いいの?」

「れ、レイラさぁん、ま、ままま待ってくださぁい……」


 男装したレイラと美咲である。


 レイラは燕尾服とベスト、スラックスの3ピーススタイル。

 シックな執事服。胸元には瞳と同じブルーのネクタイ。腰回りでは懐中時計用のチェーンがきらりと光を返し、長い足にぴったりと寄り添う細いスラックスは折り目がキッチリつけられている。

 髪の毛をシニヨンに纏め、伊達眼鏡をかけた顔は、まさに知的な執事そのもの。


「ズボン、軍服で、よく履く。けど、ここまで細いと、動きにくい」


 目の前に降り立った男装の麗人にクラスメイトたちは一瞬呆けていたが、女子が一気に熱を持って黄色い悲鳴を上げる。


「レイラさん足ほそ! 長っ!」

「やば! レイラさん超かっこいいー!」

「ドラマのキャラみたい!」


 黄色い声に包まれ、困惑気味のレイラ。

 そんな様子から少し離れたところで、もう1人の金髪少女、美咲は弱々しく悲鳴を上げる。


「ううう、く、苦しいですぅ……」


 興奮する女子陣と対照的に、男子たちは男装した美咲に目が釘付けだった。


 レイラと違い美咲は燕尾服を着ておらず、シャツ、ベストとスラックス。首元にはラフなループタイ。彼女の金髪とよく会う明るいチェック模様のベストは、たわわな胸によってこれでもかと盛り上げられていた。

 普段猫背な美咲がベストの締め付けで背をピンと張り、まことしやかにウワサされていた彼女の巨乳が強調される。そんな凶器から、目線を外せる男子生徒はいなかった。


「喜多見さんの、まじかよあれ、予想してたけど、予想超えてきてる……」

「ボタン弾けねぇかな」

「むしろボタンになりたい。弾け飛びたい」

「くぅ、お前がボタンだったらなぁ……」

「なんていうか、馬鹿すぎるでしょ男子ども……最低……」


 しょうもない話を真剣な顔で続ける男子たちに、女子が冷ややかな視線を浴びせる中、ドアが勢いよく開く。


「はいはぁい、みんな注目ぅ! みんなの伊織嬢がきたよぉ!」


 飛び込んできた姫梨の言葉に、クラス全員の目線が一斉入り口へと向かう。


 恥ずかしげに教室内に入ってきたのは、まごう事なき美少女だった。


「「「かわいー!」」」


 クラスの男子も女子も、分け隔てなく声を上げる。


 伊織のメイド服は、ロリータ成分がこれでもかと詰め込まれたもの。

 白を基調とした服は胸元が開いており、白い肌と華奢な鎖骨が目に飛び込んでくる。

 チョーカーには小さなウサギのマーク。肩からはウサギの形をしたポーチをかけている。

 彼用に用意されたものだとひと目でわかる衣装だった。


 厚底のブーツにストライプのハイソックスとスカートの間からのぞく絶対領域がまぶしい。


 伊織の格好に、ギャグかというほどチークを塗りたくられた直樹が疑問の声を上げる。


「あれ? 押切、メイクしてない?」

「しようかと思ったんだけどねぇ、ほぼ素のままでもすでに完成されてたからぁ、アイメイクしただけだよぉ」


 クラスメイトたちの目線に晒され、伊織はたじろぐ。


「実際に着ると、本当に嫌だ……帰りたい。ってかこれ、メイド服なの?」


 ほぼドレスといってもいい装いは、まさしく『伊織嬢』といった様子だった。

 耳をへにゃりとさせてしゅんとする伊織のもとに、直樹がやってくる。


「まあまあ、もう腹を決めろって、似合ってるぞ押切」

「は? 葛城キモいぞお前」

「ぐふっ……そ、そりゃ、メイド服なんだからキモくてしょうがないだろ」

「そうじゃ……まあ、いいや」


 伊織が本当に『キモい』と言いたかったのは、直樹の言葉の裏にあった感情についてだったが、説明も面倒くさかった伊織は早々に会話を切り上げ、教室の中を見渡す。


「間宮は?」

「間宮? たしかまだ着替え中のはずだけど。吉見がメイクするって張り切ってたな」

「ふうん」


 直樹がなんと言おうが、クラスメイトから見られようが、そんなことよりも真也がどう反応するのか。それしか伊織は興味がなかった。


 真也を伊織が探し、クラス中がお互いの格好に感想を言い合う中、教室のドアが開く。

 クラスメイトたちはドアに注目し、そして言葉を失った。


 そこに立っていたのは、黒髪ロングの美少女だった。


 真っ黒なメイド服は、どちらかと云えばゴシックドレスという方がしっくりくる出で立ち。

 首元まである黒いドレスの上には、ぱっちりとした睫毛。頭の上に乗ったプリムローズもフリルだけが白く、ヘッドドレスのようにも見える。真っ赤なルージュと強めのチークは性格がキツそうにも見えるが、それらは美しさを飾るエッセンスになっていた。

 上半身がしっかりと隠されているのとは対照的に、スカートの下から伸びる白い脚は、健康的でありながら艶かしい。


「えっと……ど、どちらさま?」


 困惑気味に教室の中を見回す少女に直樹が声をかけ、少女は不安そうにロングヘアーを指で触り、口を開く。


「俺だよ、葛城」


 その声は、聞き覚えのある、男の声だった。


「え!? 間宮!?」


 目の前にいる美少女が真也だとは誰も気がつかず、あまりの豹変ぶりにクラスメイトたちは声を上げるというよりも、困惑の方が大きかった。

 『ある程度似合う』とか『予想どおり』ではなく、全くの伏兵すぎて、誰も反応できなかった。


「うそだろ……え、その髪は?」

「カツラだよ」

「スネ毛は?」

「……剃られた」

「まじか」


 落ち込む真也と対照的に、自慢げにまる耳をぴこぴこと動かしながら水樹が入ってくる。


「いやー、やっちゃいましたよー」

「水樹、すごいねぇ。これはびっくりだよぉ。メイクアップアーティストなれるんじゃなぁい?」

「えへへ。間宮くんって、ほら、顔に特徴ない……中性的じゃん?」

「そこまで言っちゃったらもうほぼディスりは完了してるよぉ?」

「まあまあ。それで、めっちゃくちゃメイクがノッてさ。こうなったの」


 女子2人が盛り上がる中、伊織は真也の元へと向かう。

 真也を下から見上げると、マスカラの力によって増量された睫毛が、よりセクシーに見えて、伊織は心臓が一つ高鳴ったような気がした。


「ま、間宮……」

「……よお」


 伊織に声をかけられた真也は、複雑そうな表情で伊織へと視線を返し、苦笑いの真也と対照的に、伊織は顔を赤くして叫ぶ。


「なんでお前がそうなるんだよッ!」

「なんの話!?」


 急に怒られた真也はたじろぐ。


 伊織は、今回女装することで真也を『ドキドキさせる』作戦だったはずなのに、まさか真也の方が劇的に変化して美少女になるとは、全く予想できなかった。

 もしも、真也がこんな美少女として自分の目の前に現れていたら、きっと伊織は一も二もなく、彼に惚れてしまっただろう。

 伊織がこっそり調べた中では、男同士の恋愛はどちらかが『女役』をするとあった。

 伊織は、真也となら自分が『女役』でいいとすら思っていたが、しかし今回のことで、その考えがまた白紙に戻った気がした。


 伊織は、その件は一旦横に置いて本来の狙いを遂行する。


「……ボクに何か感想ないか?」

「え……?」


 真也は、なんというべきか迷う。見た目通りのことを言うことで、伊織が傷つくかもしれない不安がよぎったが、ちらりと視界に映る姫梨のサムズアップを見て、昨日の夜に姫梨に言われたことを思い出した。


『メイド服のいおりんだけどさ、何か聞かれたら素直な感想を言うといいよぉ、いまのいおりんには、下手な言葉よりそっちの方がいいと思うからぁ』


 その時は半信半疑だったが、まさか直ぐに感想を聞かれるとは思っていなかった真也は、姫梨の言った通りに見たままのことを伝える。


「まあ……かわいいぞ、伊織」

「そっか。……えへ、えへへ」


 真也の言葉に、伊織は驚いて耳をピンと伸ばし、それからへにゃりと脱力させた。

 伊織の耳は、たしかに真也の言葉の隅の隅に、『友情ではない何か』の感情を聞き取った。彼の願望のせいで生まれた幻でなければ、だが。

 『かわいい』と言われて嬉しくなる日が来るとは思いもよらなかったが、しかしそれでも、伊織は満足だった。


「間宮、お前もかわいいよ?」


 頬が緩みっぱなしの伊織に、真也もつられて笑う。


「ははは、うるせーぞ」

「ぶっちゃけ、今の間宮は付き合ってもいいレベルでかわいい」

「そりゃどーも。つーか、あんまり可愛い可愛い言わないでくれ。凹むから」


 いつも通り笑い合う2人は、いつもとは違う今の自分たちの姿をそれぞれ失念していた。


尊いてぇてぇ……」

「語彙力が失われる……てぇてぇ……てぇてぇ……」

「これは百合なの? 薔薇なの?」


 周りから見れば、白を基調としたロリータ美少女と、黒一色のゴシック美少女が仲睦まじく話している画だった。

 しかしその実、2人とも男。

 あまりにも現実離れした光景に、クラス中が混乱と同時に、自分の心の中の扉を強くノックされたような気持ちになった。

 誰が呟いたかわからなかったが、クラスの総意と程遠くない言葉が、教室の中にこぼれる。


「なんか目覚めそう」

「目覚めるな! 一生寝てろ! うちのクラスは馬鹿しかいないのかよッ!」


 吠える伊織を一旦放置し、真也は教室内を見渡す。

 目的のものは、直ぐに見つかった。見つかったというよりも、自然と目線が吸い込まれた。


「レイラ……!」

「真也。きれい、だね?」


 にっこりと微笑むレイラに、真也は首をブンブンと振る。


「れ、レイラこそ、すごい、かっこいいね。綺麗だよ! 脚細い! その髪型も、メガネも似合ってる!」


 大興奮の真也に、レイラは照れ笑いを返す。


「あ、ありがとう……。そんな、褒められると、照れる」

「え、あ、ごめん、変な意味では!」

「ううん。美少女に褒められて、悪い気、しない」

「あ、うん」


 『美少女に褒められて』。真也は、あまりにも女装が似合いすぎる自分を恨めしく思った。


 クラスの雰囲気が落ち着くのを待っていられない、と直樹が声を張り上げる。


「さ、もうすぐ文化祭が始まる。『性別反転カフェ』、開店するぞ! もとい、するわよ!」


 直樹の言葉に、クラス中が笑いに溢れる。


 『性別反転メイド喫茶』。開店の時間はもう間も無く。

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