126 真也とまひるの、よくある一夜
「性別反転メイド喫茶?」
帰宅した真也とまひるは、いつものリビングルームで文化祭の出し物について情報交換をしていた。
「え、お兄ちゃん女装するの?」
「ああ、まぁ……」
「お兄ちゃんにそんな趣味があったとは……まひる、どんなお兄ちゃんでも決して見捨てないから!」
「マジな感じにするのやめて!?」
よよよ、とわざとらしく涙を拭うまひるに、真也は悲鳴を上げた。
妹に変態扱いされては困る、と弁解する。
「……その、投票で決まったんだからしょうがないだろ」
レイラの執事姿目当てで自分も同じものに投票した事実を隠しながら、真也は自分の女装をクラスメイト達のせいにした。
「なんとなく誰目当てかわかる投票結果だね」
「まあ、ね……」
まひるもすぐに女装姿を求められている人物に思い至ったのだろう、複雑な表情を浮かべ、同じ表情を真也も返した。
「ところで」
まひるの瞳から、すっと光が消える。
「……お兄ちゃんも押切先輩の女装目当てとか言わないよね?」
「まさか!」
瞳の奥に淀みを幻視させるまひるに真也は手を振って弁解した。
他のクラスメイトたちと違い、真也の場合は本当に興味がない。
たしかに伊織は少女のような見た目をしているから似合うかもしれないが、彼自身がその見た目に良い思いをしていなかったという前の世界での記憶が、真也にはある。
それを見たいという気持ちは彼にはなかった。
真也の返答が真実であったと納得できたのか、まひるは「ふぅん」と一言だけ告げると、顎に手を当てて呟く。
「まあでも、レイラさんの執事姿かぁ。それはまひるも見てみたいかも」
「でしょ? ところで、まひるのクラスは何するの?」
「演劇だよー。20分くらいの」
演劇。
確かに文化祭っぽい出し物だが、しかし、真也は疑問を投げかける。
「へえ。でも、演劇だと、売り上げコンテスト狙えなくない?」
「あ、中等部はコンテスト無いよ。演劇も無料で見れます。えへん」
「そ、そっか。売り上げコンテストは高等部だけなのか……」
なにが偉いのかわからないが自慢げに告げるまひるに、真也は納得する。
東雲学園では、文化祭で『売り上げコンテスト』なるものが開かれる。
文化祭は2日間に及ぶが、その2日間で最も『売り上げ』を上げたクラスの出し物には賞品が贈られるのだ。
その商品はなんと、『クラスの人数分の遊園地のワンデーパスポート』。
利用可能期間は夏休みの間だけだが、この豪華商品のため、東雲学園の生徒たちは露店などに力を入れ、その結果、東雲学園の文化祭は『ちょっとしたお祭り』として情報誌に日程が公開されることすらある。
保安上、学校の文化祭はそこまで大々的にアピールするものではないが、オーバードの、延いては国疫軍の市民へのアピールとして、東雲学園の文化祭は『活用』されていた。
一部の場所だけではあるが、普段ならば入ることも許されない東雲学園の敷地に入ることができる、という希少性も併せ、東雲学園の文化祭は大きな祭りとなっていたのだ。
売り上げコンテストの話へと移ったまひるは、疑問の声をあげる。
「でも、お兄ちゃんのクラス、喫茶店で売り上げって難しくない?」
「……まあ、うん」
「なんで口籠るの?」
真也たちのクラスの出し物は喫茶店であり、露店と違って回転率が悪い。普通であれば、売り上げコンテストの上位は狙えないであろう。売り上げコンテストの優勝を目指さないクラスもあるが、しかし、Aクラスは優勝を諦めてはいなかった。
「いやあ、実は500円でチェキってのがあってさ」
「チェキ?」
「俺も知らなかったんだけど、アイドルとかのイベントでよくあるらしくて、一緒に写真を撮るサービスなんだって」
客が500円を払うことで、希望のスタッフと写真を撮ることができるサービス。
まひるは嫌な予感と共に呟く。
「……もしかして」
「うん。『伊織のチェキで荒稼ぎ作戦』なんだって」
それは、伊織がメイド服を着ると宣言したことにより発案されたものだった。
写真を撮る……データとして残るという内容に、伊織がストトトトトトと高速で足踏みをすることとなったが、姫梨が何か呟くと、伊織は渋々許可を出したのだった。
なぜ急に許可を出したのか真也には分からなかったが、丸く収まりそうでなにより、と冷や汗を拭った。
もしかしたら、伊織が『自分の容姿』を認めた上で、ネタにできるほど前を向けるようになっているのかもしれない。
真也はそんな伊織に少し安堵したが、その真相は闇の中だった。
「押切先輩の女装で儲ける……なんか、悪どいね」
「俺も思う。伊織が怒るかと思ったんだけどな。なんか、クラスのみんなとうまくやれてそうでよかったよ」
「……でもまあ、メイド姿のお兄ちゃんとのツーショットなら欲しいかも」
よもや自分がチェキの標的になると思っていなかった真也は焦る。
「え!? いや、まひるからお金取れないよ、やめときな?」
「えー! お金払ってでも撮りたい! 一生の思い出だよ?」
まひるは真也に対して笑顔を向ける。
家族の思い出を、形として残したい。慈愛に満ちた顔だった。
「……本音は?」
「一生いじれる」
「ひどい!」
真也は悲鳴をあげ、まひるは声をあげて笑う。
真也も、思い出ということであればまあいいか、とため息を一つついた。
「……ところで、まひるのクラスの演劇、演目はなんなの?」
「まだ決まってないけど、多分、近代より前の演劇になる、って言ってた。古典とか」
「へぇ。古典、っていうと、シェイクスピア? とか?」
シェイクスピア。それは真也の世界と分岐したと思われる100年よりも前に存在した人間であり、この世界でも有名な作家として歴史に名を残していた。
「お! お兄ちゃん知ってるねぇ!」
「いや、それくらい知ってるよ。まあ、名前しか知らないけど」
真也は苦笑いを浮かべながら頭をかき、まひるはそんな真也へと出し物について説明する。
「なんか、シェイクスピアか、ちぇほーふ? かだって、クラスで演劇に詳しい子が言ってた」
「ちぇほーふ?」
「ちぇほーふ。だったと思う。ちゃーはふ? だったかな?」
ちぇほーふ、ちゃーはふ。
それが合っているとも、間違っているともよくわからない二人の間に、答えのない無言の空間が広がる。
「……ふうん、ちゃーはふ……」
「うん。多分……」
「なるほど……」
「…………」
「……まあ、見に行くね」
微妙な空気が続いたのち、真也はこの話を終わらせることにした。
「あ、時間によってやる人変えるみたいだから、まひるの出る時間決まったら教えるね」
「わかった。楽しみにしておくよ」
真也はまひるの頭を撫で、まひるは満足そうに「えへへ」と微笑んだ。
「あー、お兄ちゃんのメイド姿楽しみだなー。『お帰りなさいませ、お嬢様』って、絶対言ってね!」
「ああ、いういう」
また話が女装に戻り、真也は適当に相槌をうつ。
「えー! 何その反応!」
「絶対言う。お帰りください、お嬢様って」
「ひどいー!」
頬を膨らませながら、まひるはてしてしと真也を叩いた。
「ははは。さ、お風呂にしよっか。まひる、先に入っちゃって? 俺、部屋で宿題やってくるから」
「うん! あ、お兄ちゃん、今度の日曜ヒマ?」
「いや、予定ある。ごめん」
「えー、暇だったら映画行こうと思ったのにー。なんの用事?」
「クラスの子と、レイラと3人でメイド服とかを選びに行くんだ。レイラと俺だけだったら大丈夫だけど、ほかの人もいるから」
「そっかぁ。残念」
悲しそうなまひるの表情に、真也は提案する。
「映画は今度行こうか。なんてやつ?」
「えっとね、『かもめ』ってやつ。昔のお話なんだって。好きな俳優さんが出てるの!」
「へえ、かもめ、と……」
映画の上演時間や、公開期間を確認するべく、真也はスマホで検索をかける。
公式ページには、有名な俳優や煌びやかな女優が大きく映り、でかでかと『アントンチェーホフの不朽の名作!』と宣伝文句が踊る。
「アントン・チェーホフ作……チェーホフ?」
どこかで聞いたような言葉に、真也は首を傾げる。
「あ、その人だ! ちぇーはふじゃなかった! あははは」
「全然違うじゃん!」
「もーっ! お兄ちゃんだって知らなかったくせにー!」
2人ともモヤモヤとした謎が解明され、大声で笑い合う。
間宮家の夜は、今日も賑やかに過ぎて行った。
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