068 次の作戦
合宿は、5日目の朝を迎えた。
「おはよう、レイラ」
「……む、おは……よう……ふぁぁ」
朝食は朝の5時半。真也はジーンズにパーカー姿、レイラもスウェットに身を包み、軍人よりも、高校生に近い姿の2人は、食堂でお互いに挨拶をする。
真也と共に食堂へやってきた伊織も、レイラへと挨拶をして、席に着く。
「ほんと、レオノワは朝弱いんだね」
「……こればっかりは」
結局、この合宿中も、レイラは自身の低血圧と戦う羽目になっていた。
朝食を済ませ、真也たち02小隊は装備を装着後、駐車場へと向かう。
今日もまた、伊織から武装を借り、真也の腰には赤い鞘に包まれた片手剣が履かれていた。
駐車場へと踏み込むと、真也の視界外から声が掛かる。
「シンヤ様! おはようございます!」
真也にとって合宿で恒例となった、いつもと変わらぬ、可愛らしい笑みを浮かべたソフィアの襲来だ。
「おはよう、ソーニャ」
最初は朝一番に笑顔で真也へと突進するロシア美女に、真也も周りの生徒も驚いていたが、それも3度目となると反応が薄くなる。
「昨日も、ソーニャは寂しい夜を過ごしましたのよ? 抱きしめくださいまし!」
そう言って、ソフィアは真也へと抱きつこうとするが、真也はしっかりとソフィアの動きを見て、体を捻ってかわす。
これは、日を追うごとに真也の反応速度が上がった結果であり、ある意味では合宿で得た技術であった。
「んもぅ、いけず!」
「い、いや、抱きつくのはちょっと」
ソフィアは全く怒気の無い声で頬を膨らませ、真也へ声を上げる。
他の人間に対しては、丁寧ながらもトゲのある言葉を平然と話す少女は、真也に対しては激甘だった。
「……おはよう」
どことなく苛立つレイラに、ソフィアは笑顔で返事をする。
「あら、レイラさん、おはようございます。美咲さんも」
「あ、は、はいぃ」
ソフィアの後ろから、もう1つの人影が現れる。
「おはよう、諸君。間宮くん、いつもソフィアがすまないね?」
ロシアの学生、もう1人のユーリイだった。
「い、いえ。おはよう、ユーリイさん」
真也はユーリイに挨拶を返す。
ユーリイは今日も変わらず、サラサラとした髪をかきあげ、柔やかに笑い、その様は、春香や夏海や、他の隊の女子生徒の心臓を高鳴らせた。
続いて引率であるウッディが合流し、一同が揃ったところでレイラが口を開く。
「もう作戦内容、来てる。伝える、ね」
レイラの言葉に、全員が注目する。
「今回は、全体での大型作戦。ハバロフスク8-F、最終除染」
その言葉に、夏海が疑問の声を上げる。
「最終除染を、学生にさせるの?」
全員が訝しげな顔をしており、真也も同じ表情だが、その意味合いは少し違う。
「えっと……」
『最終除染』ってなんだ?
その疑問を口に出す前に、伊織が口を開いた。
「先に言うけど、最終除染、ってのは、枯れかけの営巣地の殻獣を、完全に殲滅することね」
「営巣地の殻獣を、全部……?」
真也には、それは大変な作業に思えた。
「その通り。そうすることで、次の殻獣がくるのを早める効果があるのさ。
ボクらはガンガン砕いたりしてるけど、本来殻獣は資源なんだ。
管理されてる営巣地の殻獣が減ったら、また増やさなきゃいけない。
完全に除染すれば、巣穴の物資も回収しやすくなるし」
「巣穴の物資?」
「内壁とか……あとは、繭の残滓とか、自然死した殻獣の死骸なんかも素材として有用なんだよ」
「へぇ……」
真也が1つ唸ると、伊織はドヤ顔で腕を組んだ。
「ありがと、伊織」
「いいよ。バディだからね」
ふふん、と鼻を鳴らして伊織は横目にソフィアを見る。
ソフィアは笑顔のままだったが、静かに右手が握りこぶしを形作っていた。
ソフィアは笑顔を作り直すと口を開く。
「1つ、補足させていただきますと、営巣地の女王が死んでいると確認が取れている場所でないと、最終除染の意味がないんですの」
女王、というのは真也の知らない情報だった。
「女王が自然死以外で死んだ場合、もうその場所には殻獣は現れないのです。
そうなると、その土地を営巣地として利用できませんから」
「じゃ、今回の営巣地は、もう女王とかいうのは死んでるってこと?」
「ええ。確認済みだそうですわ」
ソフィアはにこりと笑うと、丁寧に告げる。
「だから、先程、ウサギさんがおっしゃった『次の殻獣が来るのを早める』というのは、正しくありませんわ。
『次の女王が来るのを早める』という方が、より正しいんですの」
その言葉に、真也は『なるほど』と思いながらも、伊織の反応を窺う。
伊織は真也の思った通り、頬をピクピクと引きつらせていた。
「……『細かい』補足、どうもね」
「お気になさらず!
シンヤ様に『間違った』情報を教えるわけにはいきませんもの!」
満面の笑顔のソフィアと、頬を引きつらせ、笑顔にも見えなくもない表情の伊織。
2人は数秒睨み合ったが、その不穏な空気を打ち破ったのは、秋斗だった。
「で、最終除染を学生に、しかも日本支部の学生にさせるってのは……」
次の営巣のための、下準備。
それは国疫軍の活動として、とても大切なものである。
そんな大切なことを学生である自分たちにさせる事の不思議さは真也にも理解できた。
「正しくは、模擬最終除染。ちゃんと後日、除染がある」
レイラの『模擬』最終除染、という言葉に、夏海は「ははーん」と頷き、言葉を続ける。
「なるほど。つまりは、ロシア支部が最終除染前に楽しようってわけ?」
「……そう言われると、反論できないね」
大仰に肩をすくめるユーリイ。そんな彼の言葉を、冬馬が引き継ぐ。
「まあ、枯れかけの営巣地なら、比較的安全だろうし、学校としても最終除染の訓練なんて早々できないだろうから、いいんじゃない?」
「そう。お互いのメリット、合致した。
今回、02は、仮設基地の設置と、外部の殻獣の掃討、担当」
「じゃ、巣穴に入らなくていいのか」
「今日は、設営のみ。戦闘任務すら、ない」
前回のことで懲りたのであろう、レイラの言葉に冬馬はほっとした表情であった。
「担当区域の説明は、行きの装甲車で、する。全員、乗車」
レイラの号令で、02小隊の面々は装甲車へと乗り込んだ。
3時間ほど装甲車に揺られ、真也たちは『ハバロフスク8-F』F指定営巣地に到着する。
「はぁ、凄いね」
岩肌だらけの山岳地帯に、真也は感嘆の声を上げる。
ハバロフスク8-Fの保安線は、山をぐるりと囲んでおり、一帯が営巣地として指定されていることがわかる。
凸凹とした稜線。複数ある、渦巻き角が天を衝くような尖塔。
明らかに自然の産物ではない尖塔は、殻獣が作った物だ。『塚』と呼ばれる殻獣の巣だ。
殻獣には穴を掘って巣を作る個体と、あのように塔のようなものを作る個体がいる。
そう船上授業で教わっていたものの、これほど大きなものとは想像ができなかった。
「……あれが全部巣なの?」
「ええ。あの、一番大きな塔が、今回の巣。つまり、枯れかけている巣ですわ。新たに女王が来ると、新たな塚が作られますの。なぜか、過去の巣は使わないようですわね」
「じゃあ……1、2、3……5回、ここは枯れてるんだ」
「ふふ、間違いですわ。もう、ダメな生徒さんですわねっ」
ソフィアは真也の頬をつんと指で押すと、後ろから抱きつく。
「う!?」
不意打ちだったため真也は避けることが出来ずにソフィアの柔らかい体に包まれた。
「あの、5つ目が、今回ですわよ? ですから、枯れたのは、よ・ん・か・い」
耳元で囁かれるソフィアの声に体の芯がぞくぞくとし、真也は頬を赤らめる。
そうなると、もはや02小隊の定番となったやりとりが始まる。
「離れろ棺桶女!」
「まぁ! 怖い」
伊織が声を荒げ、ソフィアを引き剥がそうとする。
伊織は初めてソフィアに会った時から変わらず、彼女のことを嫌っていた。
ソフィアは真也を盾にするようにくるりと回り、真也はそれにつられてふらふらと足をもつれさせたが、なんとか転ばずにすんだ。
ソフィアの力で半分持ち上げられているからだが。
真也を盾にされた伊織は、小声で「がるるる」と唸る。
それを見たソフィアは「あら、うさぎさんは犬でしたの?」と煽るようなことを言い、伊織が飛びかかるように身を沈める。
「レ、レイラ、助けて」
一触即発のその空気に、たまらず真也はレイラに助けを求めた。
不甲斐ないことこの上ないが、この合宿で何度目かの、この2人の苛烈なやりとりには、もはやお手上げだった。
「……いい加減に、して」
レイラが静かに告げる。
その声は、今まで誰も聞いたことのない、冷徹な声だった。
ソフィアはレイラの様子に、ピタリと動きを止め、真也の「……は、はなして」という言葉に従い、ゆっくりと離れる。
伊織も目を伏せ、姿勢を元に戻す。その耳は、少し震えていた。
こほん、とレイラは1つ咳をすると、全員に告げる。
「……まずは、仮設基地設営の補佐から。全員、移動」
その言葉に従い、02小隊の面々は移動を始めた。
保安線を越える前に、彼らは姫梨率いる04小隊と合流する。
「やっほぉ、今回はよろしくねぇ。物資を積んだ車両はアタシたちで動かすから、護衛よろしくぅ」
姫梨がいつものように力の抜けた声で02小隊へと告げ、02小隊は数台のトラックと、機材を乗せた車両と共に、保安線を抜けた。
いつ殻獣の襲撃があるか分からないため、02小隊と一部の04小隊のメンバーは車両の周りを徒歩で進む。
麗らかな陽気と、スローペースな行進。どっどっどっ、というエンジンの音。
枯れかけの営巣地のためか、殻獣からの襲撃もなく、まるでピクニックのような雰囲気が流れる。
それでも、営巣地内部だからと真也は気を巡らせてはいたが、そんな風に緊張感を保つのが流石に難しくなってきた頃だった。
「……なあ、間宮」
真也の後方車両の左側面を歩いていた伊織が真也の側へとやってきた。
伊織は周囲を見渡し、同様に耳をぐるりと動かして周りを気にしてから、真也に向かって口を開いた。
「ちょっと、話がある。あとでいい?」
「ああ。構わないけど。なんの話?」
これまでとは違った真剣な伊織の様子に、真也は嫌な予感を受ける。
そんな真也の予想通りの言葉を、伊織は投げかけた。
「あの、棺桶女についてだ」
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