069 苦言


 車列は仮設基地の設営予定地に着き、02小隊はそのまま、04小隊と共に設営に取り掛かる。


 仮設基地と言っても、今晩過ごす為だけのものであり、非常に簡素なものである。

 何度となく同じ場所に仮設基地を作ったのであろう、地面にはポールを立てる穴や細かな溝が散見され、それに沿って同じように設置を進める。




 その中で、真也と伊織はこぶし大の音波発生器の設営のため、他のメンバーと離れて岩山の上を歩いていた。

 音波発生器とはそのままの意味の装置で、殻獣が嫌う音……人間の可聴域を超えた音波を発生させることができる。


 どんな音なのかと真也が伊織に聞いたところ、「むーん、みたいな小さな音」との事だった。


 定期的に音波発生器を設置し、殻獣避けの音波の壁を作る。

 完全にシャットアウトはできないものの、多少の効果は見られるだろう。


 しかし、そのような壁を作る必要があるのかという点では、真也は首をかしげる。

 最初の移動中も、設置中も、殻獣の襲撃は未だ無い。

 枯れかけの営巣地というのはこれほどまでに殻獣が減少しているのかと真也は静かに驚いた。


 辺りに殻獣だけでなく生徒もいないことに気づいた真也は、恐る恐る伊織に口を開く。


「それで、話って……棺桶……ソーニャの、ことだよな?」

「……あの棺桶女を、いつまで侍らせてるのか、って話」

「う」


 侍らせている。その指摘は真也にとって痛いところである。

 なされるがまま……多少の『回避』はするものの、真也は伊織に言われる通り、ソフィアに対して強く出られないでいた。


「あのさ、間宮は……その……レオノワが好きなんだろ?」

「……うん」


 伊織の言葉に、真也は頷く。

 次にどんな言葉が放たれるか想像できるため、その声色は、とても暗いものだった。


「なら、あんな風にしてるの、勝手にさせてるの、ダメだろ」

「そう、だよな」


 普段は苛烈に怒り、ソフィアと言い合いをする伊織の、真面目で冷静な様子に、真也は返す言葉もなかった。


「あのな、間宮」


 そんな真也に、伊織は言葉を続ける。


「ボクも、恋愛についてはよくわかんないから偉そうな事は言えないかもしんないけど。

 でもな、今の感じは良くないことくらいは流石に分かるよ?

 それとも間宮は、あの棺桶女とレオノワの2人を侍らしたいの?」


 普段、ぶっきら棒な言葉や態度の多い伊織の真剣な言葉は、真也にとって一番堪えた。


「そ、そんな事ない……よ」

「なら!」

「こ、この合宿でしか会わないわけだし!

 無理に引き剥がすと、なんか……」


 はっきりとしない真也の様子に、伊織は先に言葉を放つ。


「かわいそう、とか言うなよ?」


 しかし、真也の返答は伊織の予想と違うものだった。


「いや、怖い……」


「……は?」


 伊織はぽかんと口を開け、耳もぺたりと重力に負ける。それほどまでに、脱力する回答だった。


 そんな伊織に、真也は想いをぶちまけるように早口でまくしたてる。


「なんか、ソーニャの様子がね、怖いんだよ。ぶっちゃけ! なんであんなに俺のことを、その、す、好きなのかも分かんないし、もしそれが裏返ったらどうなるのか、怖くない!?

 い、伊織もわかるだろ!? 怖いよな!?」


 思いのほか必死な真也の態度に、攻め手だった伊織がたじろぐ。


「いやまあ、わからなくもない、けどさ」


 短い付き合いではあるが、このように焦って声を荒げる真也を、伊織は見たことがなかった。


「そ、それに、変に拒絶したら、あの子、大変そうじゃない? チームの雰囲気も、悪くなるかなぁ、なんて……」


 チームの雰囲気。その言葉を盾にしようとする真也に、流石に伊織は言い返す。


「チームの雰囲気は、すでに充分悪いよ!

 あの棺桶女のせいで!」


 伊織は耳をピンと立て、「それくらい気づけよ!」と続ける。


「……最近はレオノワ、間宮と棺桶女がひっついてもあんまり何も言わないだろ。呆れられてるんじゃないか?」

「うっ……」

「さっき、レオノワが怒った時も、『いい加減にして』って言ってたし。

 多分、心の中では、ずっと怒ってたんだろう。

 ……あの時の声、凄い怖かったし」


 伊織が思い出したかのように身をぶるりと震わせ、真也もレイラの様子を思い出し、顔を青くする。


「そ、そうか……なるほど……。お、思っていたより、ヤバい?」


「ヤバい」


 やっと現状を認識したか、と言わんばかりに、伊織ははっきりと告げた。


 真也は手に持っていた音波発生器を額に当て、天を仰ぐ。


「うおぉ……まじかぁ」


 そうこぼすと、今度はがっくりと項垂れた。

 そんな悲痛な様子の真也の背に、伊織が手を添える。


「ま、レオノワに呆れられても……。

 その……他の連中に嫌われても、ボクは間宮の横にいてやるから」


 伊織は、真也の背をぽんぽんと叩き、打って変わって優しい声でそう告げた。


 そんな伊織の優しさに、真也は顔をあげ、伊織へと感謝を告げる。


「うっ……、その優しさが胸に痛い……ありがとう、すまん」


 レイラとの仲を取り持とうとしてくれ、さらにはもしもレイラに嫌われても、誰に嫌われても、それでも変わらず仲良くしよう。

 そんな伊織の友情に真也はホッとしたが、そんな優しい言葉で終わらないのが、伊織である。


「……ま、ボクに謝るくらいなら、怖かろうが毅然とした態度で臨むんだな」


 伊織はそう告げると、先に歩き出す。

 手に持っていた音波発生器をぽんと地面に置くと、振り返って、真也に告げた。


「が・ん・ば・れ、ま・み・や」


 にやりと頬を上げる伊織に、真也は何も言い返せなかった。




 音波発生器の設置を終え、2人は仮設基地へと戻る。


 ガシャガシャと鉄柱の擦れ合う音や、天幕が広がる音。

 指示の声が飛び交い、一年生にとって基地設営は、楽しいレクリエーションのように進んでいた。


 真也と伊織はそんな中を進み、最初に組み上げられた天幕の1つ、資材置き場へと余った音波発生器を戻す。

 出納係に任命された生徒に使用した音波発生器の数を報告、天幕を出た時だった。


「シンヤ様! おかえりなさいまし!」


 こちらへ走り寄ってきたのは、先ほど伊織との話題に上がった当人だった。

 手に大きな天幕の布を持っているが、オーバード特有の腕力で、軽々とした足取りであった。


「ソーニャ」

「はいっ、あなたのソーニャですわ!」


 ソフィアはニコニコとしながら、真也へと熱い視線を投げかけ続ける。

 設営途中の基地、行き交う一年生の中でもソフィアの『シンヤ様第1』の思想は変わらないようだった。


「シンヤ様、向こうのテント設営、手伝っていただけませんか? 男手が必要でして……」


 ソフィアは天幕を真也の方へと見せるように持ち上げる。

 真也はソフィアからその天幕を受け取ると、少し考えてから、口を開く。


「あ、ああ。じゃあ……伊織、行こう」

「うん。分かった」

「……2人いれば十分ですわよ?」


 ソフィアは首を傾げながら、真也へと真意を問うように目線をやる。

 その瞳は、感情が読めない、無機質なものに真也には見えた。


 真也の体が無意識にびくりと跳ねる。

 しかし、先ほど伊織から言われた通り、このままでは『ヤバい』と覚悟を決めた真也は引かなかった。


「あ、ああ。だから、俺と伊織でやっとくよ。うん。ソーニャは、休憩でもしてて?」


 そう早口に告げると、先に天幕を持って基地の中を歩き出す。


「……シンヤ様が、そうおっしゃるなら」


 まさか自分との行動を拒まれるとは思っていなかったソフィアは表情が薄くなりながらも、真也の言葉に従った。


「間宮の言う通り、『女の子』は力仕事なんてしなくていいよ」


 伊織はソフィアにそう告げ、真也の行動を心の中で褒めて、彼に続いて歩き出す。


 歩いていく2人の背中を、ソフィアはじっと見つめていた。


「……ふぅん、そういうことしますのね? ウサギさん」


 その呟きは、基地設営の喧騒の中で、誰にも聞こえぬほどの小声だった。




 設営を終えると、昼を超え、夕暮れになっていた。

 夕日を背に、殻獣の殲滅要員である小隊が基地へと帰還し、今日の作戦が終了する。


 そんな中、天幕の1つでは小隊長たちが集まり、長机をいくつか合わせた大きなテーブルを囲んで、今日の報告と明日の相談を行なっていた。


「ありがとねぇ、レイラっち。ほんとはアタシ達でするところまで手伝ってもらっちゃって」


 設営の指揮を行なっていた姫梨が、安堵の声を漏らし、レイラに礼を言う。


「構わない。元々04の量、多かったし、地面掘削は得意なオーバードが居たから」


 レイラはその礼を受け取る。いつも通りの平坦な声より、ほんの少し嬉しそうな声色は、感謝されたことが嬉しいのだろう。

 また、今日の設営に関して言えば、地面を操作する冬馬は大活躍だった。


「余裕があれば05は殻獣掃討だったけど、それも無理だったし。設置って予定通り進まないよね」


 その2人に声をかけたのは、05小隊の隊長であるAクラスの女子、吉見水樹(よしみみずき)。

 黒いボブヘアーの上には彼女がエボルブドであることを表す黒いクマのような丸耳が乗り、頬を支える左手の甲には金槌の意匠が刻まれている。

 本人曰く、黒い丸耳はパンダかクマか自分でも分からないらしい。


 水樹が殲滅に参加できなかったと残念がると、向かいの席に座っていた直樹が声を上げる。


「ま、その分俺たちが狩っといたから、安心してよ」

「……葛城くん、そんなキャラだっけ?」


 ドヤ顔でそう言い放つ直樹に、水樹が言葉を返す。

 それに口を挟んだのは、姫梨だ。


「血に酔ってるんじゃなぁい?」

「正しくは、緑の液体に酔ってる、って事ね」


 姫梨の言葉を受け、わざとらしく水樹は頷き、言葉を引き継いだ。


 天幕の中に笑い声が広がる。

 直樹は焦ったように椅子から立ち上がり声を上げる。


「や、やめろよ! そんなんじゃないって。

 ていうか、あの匂い苦手なんだから思い出させるなって」


 そんな直樹へと、姫梨が質問する。


「で、01小隊は今日1日で何体くらい倒せたの?」


 その言葉に、直樹は顔を歪めると、ぼそりと呟いた。


「32……」

「少なっ!」

「いや、全然見当たらないんだよ!

 巣穴に潜った凱はもう少し多く狩れたらしいけど」

「えー、言い訳ぇ?」

「まあ、最終除染って、そんなもんなんじゃないか? うちも60そこそこだし、引率の大尉もこんなもんだって言ってたよ」


 直樹の肩を持ったのは、普段から直樹と仲のいい07小隊の隊長、駿河凱(するががい)だ。


 そんな凱のアシストに直樹は大きく首を縦に振って同意する。


「だよな! よし! じゃ、この後の夜間哨戒の順番決めよう。先生に伝えないといけないし、早く決めよう、今決めよう!」


 全員が「話を逸らしたな」とは思ったものの、口を挟むことなく、会話は進む。


「……小隊番号順にするぅ?」

「それでもいいけど、一小隊じゃカバーしきれないだろ?」


 姫梨の言葉に他の隊長が口を挟み、レイラがそれに追従する。


「たしかに。2……いや、3小隊はいる……かも」


 この天幕では一番階級の高い……実務経験の多いレイラの言葉に、直樹は頷く。


「じゃ、3小隊ずつで、4ローテーションか。

 各小隊で、斥候に向いてる奴居るところは?」


 直樹の言葉に、各隊長が挙手する。


「02、押切がいる」

「あ、ウチんとこ……08と、あと倉本のとこもじゃない?」


 次々と上がる意見を直樹がまとめ、夜間哨戒の順番を組み立てていく。


「じゃ、02、08、11……あと、06もか。 そこは別のローテーションで……」


 イジられる事の多い直樹だが、『01小隊長になる』ということは、こういった意見の取りまとめの出来る……中隊長の素質のある人間、ということであり、その素質を遺憾なく発揮して全体の動きを定めていく。


 ある程度、哨戒の班決めが済んだ頃。天幕の入り口が開かれ、スパイスの匂いが天幕内へと漂う。


「隊長さんたち、お疲れ様。ご飯持ってきたよー」


 そう声をかけてきたのは、夕食のカレーを持ってきた、炊事担当の生徒たちだった。


 この基地にコックはいない。

 この基地全ての行動を、生徒たちが行なっているのだ。


 本来なら、搬入や出納、炊事などは工兵部隊や兵站部隊など専門の部隊が行うが、その全ての訓練を積むためにある特別訓練兵……異能者士官学校独特のシステムだった。


 ワイワイとした雰囲気で、隊長会議は進む。


 それは、一年生たちが『自分たちの手で作戦を形作っている』という感覚から、非常に生き生きとした雰囲気だった。

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