067 営倉入り


 営倉入りを命じられた4人は、ロシア支部の軍人に連れられ、営倉に入る。


 夕食を取れない代わり、レーションと魚の缶詰を配布され、それが明日の朝食と兼用だと伝えられた。

 同時に渡された薄い毛布を広げながら、夏海が辺りを見回し、呟く。


「初めて営倉入りしたけど……営倉というか、倉庫じゃん」


 木箱や縄、土嚢などが無造作に積まれ、部屋の中は埃っぽい。

 様々な物で溢れるそこは、どこからどう見ても倉庫である。

 外から明かりを落とされた今は、小さな窓から差し込む電灯の明かりしかなく、目が慣れるまでは下手に動けば躓いてしまいそうだった。


「営倉入り自体があまり行われないからな……営倉の無い軍拠点も多いらしいし、ここも営倉がない拠点だったんだろう」


 秋斗はそう告げると毛布を床に敷き、木箱を背にして座る。


 その横に座った冬馬は、レーションと缶詰を手の中で遊ばせる。


「しかし、これが夕食と朝食ねぇ」

「ま、もらえるだけありがたいと思って、いただこう」


 秋斗は冬馬をなだめ、苦笑いをこぼした。


「私、明日の朝食べる……いまは、胃が受け付けなさそう」


 春香はそういうと、缶詰をそばに置いて、毛布にくるまった。少し震えているのは、寒さのせいだけではない。


 その様子に、冬馬は無理に明るい声で話題を変えた。


「そういや、トレーニングと授業はどうなるんだろ?」

「さあな。まあ、次の営巣地での作戦訓練には合流だろうけど……」


 営倉入りは2日間なので、日程でいえばトレーニングと授業を予定していた時期、秋斗たちは合流できない。

 そして、その後に控えるF指定営巣地での活動の前日の夜、営倉を出る予定だ。


「次の作戦、か」


 夏海の言葉から、4人はレイラの言葉を思い出す。


『生きていれば、次がある』


 その言葉通り、4人は『次の作戦』に参加できるのだ。

 レイラが『2日間の営倉入り』と宣言したことも含めて。


「どこまでも、織り込み済みの内容だったわけか」

「ほんと、やんなっちゃうな。私、凄いバカみたい」

「実際、バカだったんだろう。俺も含めて」


 冬馬は大きく息を吐き出すと、決意とともに言葉を発した。


「……次の作戦では、足、引っ張れないな。このまま負んぶに抱っこじゃあ、本当に立つ瀬が無い」


 その言葉に、全員が頷く。


「……自主トレ、する?」

「そうだな。やる事もないわけだし」


 秋斗が春香の言葉を肯定し、夏海と冬馬もまた、頷いた。


 オーバードにとって、筋トレはあまり意味を成さない。

 自身の筋力に左右されない身体強化を持つ彼らのするトレーニングの意味は、どちらかというと、精神的な支柱を得る為のものだ。


 つまり、今回の件で彼らは『自分たちの精神面を鍛える必要がある』と判断したのだった。


「でも、明日からやるか。今日は……疲れた」

「そうね…もう夜だし」


 秋斗はぼそりとこぼし、夏海が賛同した。




 それから、4人は話すこともなくなり、徐々に眠りに落ちようとしていた頃。


 不意に、倉庫のドアが開く。


「あ、あのぉ……」

「うひゃっ!?」

「す、すいませぇん!」


 急に声をかけられ、うとうとしていた冬馬は驚いて声を上げ、その声に驚いた訪問者は、冬馬の声よりも大声で謝る。


 ドアから差し込む光に目を細めながら、秋斗はその訪問者の姿を確認する。


「喜多見さんか、どうかした?」


 4人の元に現れたのは、同じ02小隊の、影の薄い女子生徒、美咲だった。


「い、いえ……あの、これ……」


 美咲は、いつものようにおどおどしながら、手に持った透明なビニール袋を4人へと差し出す。


 その中には、パンが4つ、入っていた。


 訝しげな4人に、美咲が言葉を続ける。


「あの、営倉じゃ、ろくなご飯出ないだろうから……じゃ、じゃなくて、パンを捨てに来ましたぁ!」


 この少女、嘘が下手すぎる。


 それが4人の率直な感想だった。


 美咲の心遣いは嬉しいものだったが、営倉入りしている4人に、食べ物を差し入れるというのは、どう考えても規則を違反している行動だ。


 秋斗は、パンを受け取らずに口を開く。


「……バレたら事だよ?

 特に、レオノワはルールに厳しいし……」


 追加の食料は実際喉から手が出るほど欲しかったが、ここで受け取ってしまえば、美咲に迷惑がかかる可能性が高い。

 流石にこれ以上、他人に迷惑をかけるわけにはいかなかった。


 美咲は、受け取ってもらえないため、袋を持つ手を伸ばしたままで口を開く。


「いえ、あの……言い出したのは間宮さんですけど……」


 間宮真也。4人はその言葉に、自分たちを救った少年の姿を想像した。


 ハイエンドという規格外の存在でありながら、いつもどこか自信なさげで、流されやすい少年。

 それでいて、自分たちを救うために全速力でやってきた男。

 この合宿で、たった1日しか関わっていない彼が、自分たちに食事を分け与えようと説得する姿は、なぜか容易に想像できた。


「なるほど、間宮が言ったのなら……」


 ハイエンドが言ったのなら、他のメンバーも従うか。


 そう秋斗は納得しかけたが、美咲の言葉は、まだ途中だった。


「そ、それでぇ、レイラさんが、『パン、倉庫に捨ててきて』って」


 その言葉に、秋斗はピクリと反応する。


 レイラが、ここへパンを持ってくることを指示した。


 それは、4人にとって意外な言葉だった。


 他人には寛大であるが、自分の意志は曲げない仏頂面な少女が、自身で規則を無視……捨てるという言い訳をしたにしろ、懲罰中の4人に食事を分け与える指示を出した。


「レオノワが?」

「は、はいぃ……レイラさんが……あ、いや、その、責任転嫁じゃないですよぅ!?

 わ、私もそうするべきだって思いましたしぃ!」


 美咲はぶんぶんと腕を振る。それに合わせてパンの入った袋がぐるぐると振り回され、冬馬が「ああぁ」と声を上げた。


「……ちなみに、押切は?」


 秋斗は、聞かなくてもいいかと思ったが、なんとなく気になって聞いてみる。


「あ、えっとぉ……少食らしくて、もともと1つしか食べる予定じゃなかったみたいですぅ」

「その袋に捨てるのは? 嫌がってただろ」

「あー……」


 美咲は、やはり嘘をつくのが絶望的に下手だった。


「いや、いい。結局『捨てて』くれたんだから。ごめんな、変なこと聞いて」


「い、いえ! で、合計よっつ『捨てた』のでぇ……人数分あります……あ、いや、なんの人数かというと……あのぉ……」


 頑なに『捨てた』ことを強調する割にすぐにボロを出す美咲に、夏海は笑いかける。


「……ありがと、美咲さん」


 その言葉に美咲は頬を真っ赤にして俯く。


「い、いえ! じゃ、じゃあ、ここに置いとき……あっ、捨てときますぅ……たぶん、明日の夜も、来ます……じゃ、じゃぁ、私はこれで……」


 すすす、と袋を置いた体勢のまま、美咲は営倉を後にした。


 秋斗が、木箱の上に置かれたビニール袋を手に取る。


「……俺ら、かっこ悪りぃな」


 冬馬のそんな言葉は、静かに営倉内に響いた。




 秋斗たちが営倉入りしてから、2日が経った。


「4人とも、出たまえ」


 営倉に連行したのと同じ軍人が、彼らを迎えに来る。


 昨日の夜も、同様に美咲がパンを『捨てに』やってきたが、今日の夜は営倉明けで、通常の食事にありつける。


 ただただ倉庫で2日を過ごすというものだったが、ベッドもなければ最低限の食事……とも呼べない栄養しか得られなかった面々は、疲れた表情ながら、迎えの軍人に気づかれない程度に笑みを浮かべた。




 秋斗たちは食堂に着くと、02小隊の面々を探す。


 途中、同じFクラスの同級生から声をかけられる。

 その内容は「営倉入りなんてひどい」とか、「ご愁傷様」という反応であり、レイラの手心を知らない言葉に秋斗たちは苛立つ。

 そのため、彼らは同級生たちに適当に返して、食堂内を進んだ。


 食堂の隅に、02小隊の姿はあった。


 秋斗は、意を決して声を掛ける。


「あの」

「……む?」


 レイラは秋斗たちの姿を認めると、急ぎ口の中のものを飲み込んだ。


「営倉明け、お疲れ様」


 ほっぺにトマトソースをつけた少女は、秋斗たちに感銘を受けさせた『小隊長』というより。ただの『少女』だった。


「ああ。戻ってきた」


 秋斗たちは、責められるのでは、と思ったが、他のメンバーの反応は薄い。黙々と食事を取っているようだった。


「ロープ……ロープこわいぃ……」

「1時間は、きついよ……腕、筋肉痛になるよ、こんなの……」


 ブツブツと呟く美咲に、ぐったりとした真也。


「真也の強度なら、1日でも平気」

「いや、わかってるけどさ……」


 一体何があったのかと秋斗が口を開く前に、伊織が恨めしそうな声を上げる。


「……ボクも営倉入りが良かった。

 お前ら、絶対に後で同じ内容やれよ……」


 恨めしげに睨みつけてくる伊織に秋斗は驚きながらも周囲を見る。


 先ほどは気づかなかったが、よく見れば、同じように暗い顔の生徒が多かった。


 そんな中、ひとり平然とするレイラが口を開く。


「押切、営倉入りメンバーは、代休を利用して、補講。そのとき、やると、思う」


 レイラの言葉に、伊織は邪悪な笑みを浮かべ、ぐりんと首を回してFクラスの4人を見る。


「……それはいいことを聞いた。放水役はボクがやってやるからな……! いいか、ロープに足を巻きつけるのは、禁止だっ!」


 身長の問題で斜め下からビッ、と指を突きつける伊織は、あまり迫力がなかった。


 しかし、秋斗たちは想像する。


 ロープ、1時間、腕が痛い、放水。足を巻きつけるのは禁止。


 それらを頭の中で組み立てると、恐ろしい訓練が連想された。


 そんなトレーニングをこの4人は……自分たち以外の生徒はやらされていたのか。


「他にもな、いっぱいあるからな……」


 伊織は相変わらず邪悪な笑みを浮かべている。


 秋斗は、そんな伊織に言葉を返す。


「……そりゃ、やるよ。俺たちだけ仲間はずれは、嫌だからさ」


 伊織はその言葉にキョトンとしたが、再び頬の端を釣り上げる。


「……良い心がけだ。その態度、何分持つか、見てやるぞ……!」


 完全に悪役の言葉を吐き捨て、伊織は元の席に座ってゆっくりと食事を再開しようとする。


「伊織、言い方」


 伊織の隣に座っていた真也が、伊織の頭をポンと叩く。

 それに合わせ、伊織のうさ耳がびよん、と反動をつけて動いた。


「ぐぬ。……間宮だって、こいつらが楽してるのは許せないだろ?」

「いや、どうでもいいよ……疲れすぎて、もう……」

「そんなじゃダメだ。こいつらも地獄を見てもらう」

「だから、言い方」

「ぐぬっ……」


 言い方、と同時にもう一度頭に手を置かれ、耳をぐにゃりとさせた伊織は、口を噤んだ。


 秋斗には、完全に真也と伊織の間には上下関係ができているように見え、嫌々ながらも伊織が自分たちにパンを差し入れた理由がなんとなくわかった気がした。


「あ、いたんですねぇ……お疲れ様ですぅ」


 遅れながらに美咲がFクラスの面々に気づく。


「今日は、みんなパンを捨てなくて良いですねぇ。みんなでご飯、食べましょう」


 疲れた様子ながらにこりと笑う美咲に、4人はドキリと鼓動が高まるのを感じつつ、自分たちの夕食をテーブルの上に置く。


 座ったFクラスの4人に対し、残りのメンバーは大きな反応を返さない。


 そこには、そうするのが当たり前のような……彼らを『仲間』として扱う雰囲気があり、Fクラスのメンバーは心がくすぐったくなる。


「……この2日、どんなことしたか、教えてよ」


 夏海がパンをちぎって口に入れながら喋る。


 そこからは、次々に会話が弾む、楽しい夕食が始まった。


「いいよ。まずは2時間の野外ランニングでしょ……」

「2時間!?」

「ああ。しかも、デカいダンボールを持たされるから足元の視界最悪。ダンボールを潰したら、ランニングの時間追加」

「うへぇ」

「ブートキャンプなら、オーバードはストレス負荷重視だけど、そんなやり口なのか」

「そう。意地が、悪い」

「こ、今回のトレーニングを考案したのぉ、よ、蓬田先生だって聞きましたぁ」

「え、私たちの担任の?」

「……優しい顔して、エグいなあのじいさん」

「蓬田教諭、恐ろしい。ロシア支部でもこんなの、なかった」


 さも当然のように自分たちを迎えるAクラスの面々。


 秋斗は『こいつらの下なら一般兵でもいいかもな』と少しだけ思ったのだった。

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