060 実戦訓練
オゼロトゥンガル営巣地の内部は、非常に騒がしかった。
広大な営巣地とはいえ、何百もの学生たちがほぼ同時に足を踏み入れているのである。
営巣地のゲートを越えてしばらく進むと、そこかしこで爆発音、炸裂音、生徒たちの声が騒がしく耳を打ち、殻獣たちの断末魔が響き渡る。
屋外であるにも関わらず、殻獣たちが撒き散らした体液の酸い臭いが辺りに漂っていた。
予備戦力として配された自分どころか、02小隊が戦闘をする必要がないほどに、殻獣たちはやってくるそばから撃破される。
「なんというか、お祭り騒ぎですわね」
ぼそりと、真也の横を歩くソフィアがこぼす。酸い匂いに蓋をするかのように手を口元に添え、顔を歪めている。
「私、こういう雰囲気、好きじゃありませんの。シンヤ様はどうですか?」
「俺? あーっと」
真也は、ロシア支部の生徒とともに予備戦力として後ろの方に配された。
「シンヤ様」「シンヤ様」とうるさいソフィアを『押し付けられた』形である。
返答に困る真也のもとに、1人の男子生徒が走り寄る。
「おーい、間宮」
「葛城!」
それは、Aクラス学級委員長であり、01小隊の隊長でもある葛城直樹だった。
手には反った軍刀が握られている。銀色の刃は、緑色の液体が付着し、怪しく光を放っていた。
直樹は軍刀を一振りして殻獣の体液を払う。
「間宮の小隊も営巣地に入ったのか」
「ああ。葛城たち、派手に暴れてるね」
その言葉に、直樹はにやりと笑う。
「俺たち01小隊の任務は、規定数の殻獣撃破だからな」
「へぇ」
小隊によって訓練用の作戦内容が違うとは聞いていたが、殻獣を倒すだけで良い、というのは簡単そうに思えた。
しかし、これは真也は知らないことだが、直樹の小隊には広域攻撃が可能な隊員が少なく、必要な撃破数も尋常ではないため、任務は難航している。
どの隊も、それぞれの隊のメンバーに合わせ『厄介な任務』を設定されているのである。
「桐津の04小隊の任務が、ここの安全確保らしくてさ。手伝いがてら、この辺りの殻獣を狩ってる。そっちの任務は?」
「ビーコンの回収って任務」
「うへぇ、面倒な奴じゃん。でも、ビーコン回収なら、ここら辺の殻獣、倒さずにいてくれると助かる」
直樹は拝むようなポーズで真也に告げた。
そのような協力を申し出られるとは思わなかった真也は、苦笑いをする。
「それは……俺が決めることじゃないけど、一応レイラに言っておくね」
隊長の指示優先。そう伝えると、直樹は驚いて声を上げた。
「え、間宮、レオノワさんと同じ小隊!?」
直樹の大きな反応に、真也は直樹が自分がどの小隊にいるか知らなかった事にいまさら気付いた。
「え、あ、うん」
「……そっか、分かった。じゃ、また軍務後にな」
急にテンションの下がった直樹は、会話を終わらせると軍刀を構えなおし、丁度やってきた殻獣の群れへと突っ込んでいく。
「うぉぉぉぉ! ちくしょー! なんでだぁぁぁぁ!」
軍刀を振り回し、殻獣を次々となます切りにしていく。直樹の気迫、そして彼のもつ武装の切れ味に真也は驚いた。
突出し、次々に殻獣を屠る直樹に01小隊の引率であるロシア支部の軍人が声を荒げる。
「葛城特一等兵! 足並みを揃えろ! お前は防御型の異能だろうがぁ!」
「し、失礼しましたぁ!」
どやされた直樹は、周りの殻獣を振り切ると、隊の元へと戻っていった。
そこからしばらく歩き、営巣地の奥へと進むと、周りが静かになる。
殻獣による襲撃もなく、木々のざわめきと大きな湖から発せられるさざ波の音、そして、02小隊の面々が60センチほどの背の高い草を踏み分ける足音だけが響いていた。
草原の半ばまで差し掛かった頃、レイラが口を開く。
「この辺、のはず」
レイラは足を止め、地図を表示したタブレットから顔を上げた。
この辺、と言われても、周りは一面の草原である。
「さあ、レーリャ。僕たちはどうすればいい?」
ユーリイは役者がかった仕草で両手を広げ、レイラに指示を仰ぐ。
まず隊長に指示を仰ぐ。手順としてはなんら間違っていないのだが、その仕草に真也はイラっとした。
「ビーコンからは音、出てる?」
レイラはユーリイを無視し、伊織へと告げる。
声を掛けられた伊織は、訝しげな表情でレイラへと返す。
「……実は、さっきから聞こえない。距離的にももっと前から可聴範囲だから聞こえてて良いはずなんだけど。
少し待ってくれれば、次の音は拾えるとは思う」
「ああ、この小隊に耳のいい隊員……押切特一等兵がいると分かっていましたから、3つのうち1つは電源を切ってあります。恐らく、いきなりそれを引き当てましたね」
さも平然と話すウッディに、全員が驚き、ウッディを見た後に、辺りに広がる背の高い草で覆われた草原へと視線を移す。
「……それ、本気?」
「はい」
開いた口がふさがらない、といった様子の伊織へ、ウッディは端的に返答した。
ビーコンのサイズは大体四辺30センチ。この辺りにあるということは、草原の中に完全に隠れているのだろう。
ざざざ、と風が広い草原を凪ぐ音が真也たちを包む。この何処かに、ビーコンがあるのだ。
全員、しばし絶句していたが、最初に言葉を発したのは秋斗であった。
「……探そう。じっとしてても仕方ない」
その言葉に、同じFクラスの夏海が口を開く。
「この辺、焼いてもいい? 草がなければ探しやすいと思うんだけど」
「火事になると、危険。あと、ビーコン燃える」
草原を焼くという意見に、レイラが口を挟んだ。それに対し、夏海がかみつき、次々と言葉が発せられる。
「なら、どうやってこの広大な草原から見つけるの?」
「全員で草をかき分けて探すしかねーよ」
「ふぅ、僕はこのような作業に向いていないんですけどね」
「シンヤ様、私たち2人で周囲の哨戒任務に行きませんこと?」
「ちょっと、それは」
「なぁ、ボクは辺りの警戒でいいの? 一緒に探す?」
「えっと……」
「誰か良さそうな異能もってねーの?」
「ここに何人か残して、他の2つを先にとってくるのが一番早いんじゃね? 他の電源入ってるやつならすぐでしょ。押切さんが居るわけだし」
「わ、私はぁ…」
「それがいいよ。今日の結果で、明日からの予定が変わるんでしょ? じっとしてるのは勿体無いし、半分くらいで移動しようよ」
「まって、それは危ない」
「ええ。引率無しで個別行動は困りますね」
「横一列で滑走路のネジ拾いみたいに進むってのかよ」
「武装や異能で地道に草を刈るか?」
「ビーコンに当たったら困るだろ」
02小隊の面々は、自由に話し合う。
完全に場は混沌としていた。
「ちょ、ちょっとみんな、落ち着こう!」
真也が大きな声を出し、全員をたしなめる。
「隊長の指示に従おう、ね?」
その言葉に、全員の視線がレイラへと集まる。レイラは、少し考えた後、全員へと指示を出した。
「全員で移動する。先に、音の鳴るビーコンを探す」
「了解!」
「さあ、行きましょう」
真也が短く返答し、またもやユーリイが大仰に腕を広げた。
誰かが小声で「ここへ来るまでの時間、完全に無駄じゃん」とぼやいた。
心無い発言であるが、誰も否定できなかった。
レイラが先導し、02小隊は次のビーコンの位置まで移動する。
途中何度かの襲撃があったが、危なげなくその全てを撃破し、真也、ソフィア、ユーリイは予備戦力のまま最後尾を歩いていた。
縦に長く伸びた陣形は、真也は気付かなかったが、ソフィアがわざと遅めに歩いているせいであった。
無意識のうちに自分とよく話すソフィアの歩幅に合わせていた真也は、彼女の作戦通り、前を歩くほかの面々から少し離れ、『2人だけの空間』に近い状態になる。
レイラのいる最前列までは距離が離れ、ユーリイは最後尾からの伝達としてレイラの元へと何度も足を運んでいた。
その理由が「殻獣の痕跡を見つけた」「現在位置の確認」などであり、正当な理由だけに先手を取られ続ける真也は、レイラに対しコミュニケーションを重ねるユーリイの行動に異を唱えることができなかった。
「じゃ、僕は次の小休止について問い合わせてくるよ」
歩き出して20分ほど経った頃、ユーリイがまたもやレイラの元へと向かっていった。
このように、ユーリイが何かにつけて最後尾を離れるため、定期的に真也とソフィアは2人きりになる。
ソフィアはユーリイの行動の意味が分からなかったし、分かろうともしなかったが、このように2人っきりになれるように演出する同級生に対し、内心拍手を送っていた。
「……ねぇ、シンヤ様。私の異能、知りたくありません?」
「え?」
真也はその言葉に、ソフィアはマテリアル7であること以外、言っていなかったことを思い出す。
ロシア支部の学生は本来見学の立場であり、なるべく作戦に組み込まないようにと言われていたため、レイラも彼女たちの異能については確認していなかった。
彼女の行動の理由は分からない……もしかしたら、夏海の言う通り『ハイエンド』だからという理由かもしれないが、自分に対してここまでの好意を寄せてくれている彼女が「異能を教える」というのである。
もしかしたら、作戦を手伝ってくれるかもしれないな、という淡い期待とともに、真也はソフィアの異能を聞く事にした。
「うん、良かったら、教えてくれないかな?」
「悪い訳がございませんわ! ふふ、お教えしますわね?」
ソフィアは真也の言葉を受けて、自分の異能を説明するためにボディースーツのボタンを外し、ジッパーを下げた。
首元から体の正面をジッパーが降りていき、黒いボディースーツの下から、対照的な白い肌が飛び出す。
急なソフィアの行動に真也は驚き、目を背けた。
「ちょ、アンダーウェアは!?」
ソフィアに問いただすその言葉は驚きにあふれていたが、周りを気にして小さい声であった。
そんな真也の反応に気を良くしたソフィアは、前の集団からから見えないよう、真也の目の前に立って後ろ歩きをしながら、ボディースーツの前をはだけさせ、肌をより一層露出させる。
「そんなの、邪魔ですもの。
さぁ、シンヤ様。……ほら、ここ、ご覧になってくださいまし」
目を背け、顔に手を当てて『見ていませんよ』アピールをしていた真也だったが、ソフィアの言葉に、白い肌へとちらりと目線をやる。
ソフィアの体の中心、丁度みぞおちのあたりに、黒い模様……意匠があった。真上にある立派な双丘に目を奪われそうになるが、その意匠を見た途端、真也の目は驚きに開かれる。
ソフィアの意匠は『棺』であった。
細部は真也の意匠とは違ったが、ソフィアの意匠は、どう見ても棺にしか見えなかった。
「シンヤ様と同じ、棺のオーバードですわ! ほぅら、もっとよく見てくださいまし」
真也が、しっかりと自分の体を見ている……自分の体に『見惚れて』いると判断したソフィアは、ぐいぐいとみぞおちの意匠を真也へと見せつけ、お腹を上にあげるような動きに連動し、胸も存在をアピールするように激しく動く。
「わ、わかったから、しまって、はやくジッパー上げて!」
暴れる双丘に真也は顔を赤くして、真也は再度目線を外し、小さく、しかし荒げたような声色で、ソフィアへと告げた。
真也は完全に真横を向いたため、ソフィアの表情や姿は分からないものの、ジー、とジッパーの上がる音が聞こえた。
その音の後も、真也は相変わらず横を向いていたが、その視界にソフィアが映り込む。
その姿は、ボディースーツをきちんと着用したものであり、真也は胸を撫で下ろした。
「うふふ、非常に珍しい棺の意匠。私、シンヤ様以外では、見たことがありませんの。世界的にも数名しかいませんのよ? これは運命ですわね?」
ボディースーツの上から、みぞおちのあたりを撫でるソフィア。その顔は恍惚が浮かんでいた。
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