059 オゼロトゥンガル営巣地


 真也たち02小隊を乗せた装甲車は海岸線を進み、オゼロトゥンガル営巣地へと向かう。


 オゼロトゥンガル営巣地は、津野崎の説明通り湖の近くに存在する。巣穴は湖のほとりであるが、保安線は湖の全てを囲っており、真也には日本支部のものとは違った物々しさが感じられた。


 それもそのはずであり、真也の知る日本支部の営巣地はG指定であり、今回の営巣地、オゼロトゥンガルはC指定。


 C指定営巣地というのは、下手をすれば命の危険性もある場所なのだ。


 行きの装甲車もまた、ソフィアのせいで混沌としていたが、それでも全員の自己紹介を済ませる事ができた。

 Fクラスの面々は、秋斗の強度6を除き、全員が強度5である。

 ロシアの面々は、強度だけを申告し、ソフィアが7、ユーリイは9であり、ユーリイの強度にも皆驚いたが、しかしながら真也がその後に「ハイエンド」と申告した事で話題はそちらへと移っていった。




 駐車場に着くと、装甲車から全員が降り、ウッディ、レイラ、そしてユーリイとソフィアは小隊を代表して、営巣地入場の手続きに向かっていった。


 他にやることのない面々は、駐車場で待機している。


 真也はベンチに腰掛け、ボディースーツの留め具の確認をして時間を潰していた。


「間宮くんって、ハイエンドだったんだね」


 そう話しかけてきたのは、Fクラスの少女、村上夏海。自己紹介で、自身の異能を『炎』のキネシス5と言った少女だ。

 装甲車へと乗り込む前にボディースーツに着替えており、後ろで括られた黒髪と日に焼けた肌も相まって真っ黒だ。


 夏海は自身の武装が入っているであろう箱を膝の上に乗せると、真也の隣へと腰掛ける。


「うん。一応、日本支部の検査ではそう言われたけど」


 真也は、15歳で不意覚醒したハイエンドオーバードであると話すことを許されていた。

 真也は、誰が許可を出しているのかは知らないが、津野崎からそう説明されている。その際、『日本支部の検査で』と言うことを義務付けられてたのだ。

 それは、『既に日本支部に登録している』という発言であり、他国の支部や、PMC(傭兵会社)に対する、国疫軍日本支部からの牽制も含まれているのだ。


 ちなみに、美咲はマテリアル7、小さな銃などを作り出す異能だと自分のことを紹介した。

 そのため、装甲車の中で真也のみが「『棺』の意匠のハイエンド」と告げた時、知らなかったFクラスの面々は大いに驚いたのだった。


「だから、あの子凄いアピってたんだ……」

「え?」

「ソフィアさん。

 ハイエンドの人間とお近づきになりたい、なんていうのはみんな思うだろうし。ロシア支部の子は先に私たちの異能を把握してたんだろうね。

 だから、間宮くんにあんなにアピールを……ま、あれだけ可愛ければ、ああいう手を使うよねー」


 はっは、と笑う夏海。その様子は、真也には笑っているというよりも、バカにしている面が大きいように思えた。


「なっちゃん、そんな事言っちゃダメだよ」


 夏海の馬鹿にした笑い方を咎めたのは、彼女のバディである要春香である。おっとりとした雰囲気の彼女は、囲むように真也の隣へと腰掛けた。


「ちなみに、ハイエンドの異能って、どれくらい強いんですか? 強度5の私にはぜんぜん予想できなくって」


 春香もまた、ハイエンドの異能に興味があるらしく、真也の顔を覗き込むように窺う。


 斜め下から見上げられるのは、心がきゅんとする仕草だったが、真也は平然とした態度……真也の中では、平然とした態度でその言葉に返答する。


「いや、まあ、俺自身も覚醒したのが去年なんで、あんまり、差とか分かんないんだよね」


 そう言って頭を掻く真也の元に、Fクラスの男子である冬馬と、そのバディの冨樫秋斗もまた、集まった。


 秋斗は、女の子に囲まれている真也をじとりと見ると、告げる。


「ハイエンド異能、ってだけでAに入れるの、いいよなぁ」

「ちょっと、秋斗。それだけとは限らないじゃん」

「いや、でもそうじゃん。去年覚醒でしょ? なら、軍務実績ほぼ無し。それでAに入るなんて、ハイエンドだから以外に無いっしょ」


 その言葉に、真也は怒るわけでもなく、どちらかといえば痛いところをつかれた、と思った。


「まあ、その通りだよ。だから、俺はいっぱい勉強しないと」


 真也は覚醒してからまだ数ヶ月。

 そんな人間が、自分の努力と一切関係のない『才能』だけで最高峰の学校の、選抜クラスに居るというのは、やっかみを受けても仕方がない。


「……まあ、頑張れ」


 秋斗は、思いのほか真也が素直であったため、つまらなさそうに告げた。


 その後、秋斗の言葉を夏海が責め、それを冬馬と春香が窘める、という流れが続き、その中心にいながらも会話に参加しづらい真也はなんとなく居心地が悪かった。




「なあ、間宮」


 そんな真也に、伊織が声を掛ける。「後から行く」と、装甲車の荷物を漁っていた彼の肩からは、黒く細長いバッグが二本、下げられていた。

 伊織はその内の一本を、真也へと渡す。


「これ、とりあえずだけど、使ってみたら?」


 手渡されたバッグを開けると、その中には80センチほどの硬いものが入っており、真也はそれを取り出す。


「え、これ」


 真也の手にあったのは、朱色の鞘に収まった、直剣だった。

 鞘の形から片刃であることが分かるそれは、全体的に無骨なつくりで、手持ち部分は片手で扱うことを示す様な、四つの凹み……グリップ部分ある。


「ボクのスペアの片手剣。急だったから、間宮、武装買いに行けなかったろ」


 伊織が引き続き肩からかけているバッグには、おそらく伊織自身の武装が入っているのだろう。


「ありがと、伊織」

「べ、別に。スペアだから。あとで返せよ」

「わかった。借りるよ」


 真也は伊織に礼を言い、片手剣の刃を少しだけ引き抜く。


 真っ黒な刀身は、鉄ではない何らかの合成金属で作られたものであり、グリップも樹脂製。RPGなどで見る武器というより、『現代兵器』といった雰囲気だった。剣というよりも、長い鉈といった方がいいだろう。


「あと、間宮やボク、Aクラスとロシアのやつは平気だけど、曹長や、他の『中級異能者』には当てるなよ」


 そう言葉を吐き捨てると、伊織は真也の元を離れる。

 『中級異能者』と断じられたFクラスの面々はそんな伊織の態度に言い返しはしないが、眉をひそめる。


 伊織の言葉を注意しようかと真也は口を開きかけたが、伊織はそれより早く真也の手元に残った空のバッグを回収し、装甲車へと戻っていった。



 どうやら、いい雰囲気でこの合宿を進めるのは厳しそうだ。



 真也はずっしりとした重さを手に返す片手剣をぼんやりと眺めて、予想される今後の気苦労から思考を閉鎖する。


「シンヤ様ー!」


 思考を閉鎖したかったが、どうやらそうもいかないらしい。

 大声で呼ばれた真也が声の方向に視線をやると、ソフィアが他の3人をおいて、こちらへと走ってやって来ていた。

 ソフィアはそのまま、男女に囲まれた真也の目の前へ割り込む。


「シンヤ様! さあ、内部へと参りましょう!」


 満面の笑みでこちらへと手を伸ばすソフィア。それを、夏海が横から睨んでいる。

 真也は、流石に流されてばかりではいられない、と、ソフィアの手を取らずに腰を上げた。


「いや、隊長の指示に従おう、ソーニャ。みんなも、レイラのところへ行こっか」

「はいっ! シンヤ様がそうおっしゃるなら!」


 レイラの事を「小隊長向き」とウッディは言っていたが、こんな状態のメンバーを口下手なレイラが統率して訓練に臨めるとは、真也には思えなかった。


 であれば、『ハイエンド』として一目置かれる……良くも悪くも注目を浴びている自分が、大人しくレイラに従う事で、なんとかしなければと思ったのだった。


 真也は、遠くにいた伊織と美咲にも同様に伝え、真也たち02小隊の面々はレイラの元へと集まった。




 真也は、全員が集まったことを確認すると、レイラへと質問する。


「レイラ、この後は?」


 今回、02小隊に課された訓練は、殻獣の生態観察用ビーコンを模した、3つの模型の回収である。

 生態観察用ビーコンは30センチほどの耐衝撃素材の四角い箱に収められた機材で、各種センサーを備え付けてあり、殻獣の動きをトレースし、営巣地内部での殻獣の観察に用いられるものだ。

 今回の模型は、本物同様に位置情報の電波、そして3分に一度、音を発するようにできている。


 この、『ビーコン回収』は、普段行われる学生軍務で良くあるものだ。

 ビーコンは耐衝撃であろうとも、学生たちはぞんざいに扱うことはできず、回収後に人手を取られる。その護衛にも複数人必要であり、奇襲を受けやすくなる。きつく、めんどくさい軍務として有名だった。


 それを、訓練とはいえ全く知らないC指定営巣地で行わせるのである。しかも、同時に3つ。使える人員は、ロシア支部の学生を含めて10人。

 引率が付いているとはいえ、東雲学園のオリエンテーション合宿は、初日から過酷だった。


「ビーコンまでのルート、確認」


 レイラはそう言うと、全員の前に地図を広げ、ルートを共有する。

 真也は必死に道のりを頭に叩き込んだが、他の面々は慣れているのであろう、さらっと確認した程度だった。


「準備でき次第、出発。問題のある人は?」


 その言葉に、全員が無言という返事を返す。


「じゃあ、バディで装具点検」


 レイラの指示は、思いのほかテキパキとしたもので、全員がそれに従う。


 もしかしたら、この隊のまとまりを心配したのは、杞憂だったのかもしれない。


 真也はそう感じながら、伊織との装具確認を行う。


 伊織の腰元を見ると、そこには朱色の鞘の片手剣が履かれていた。


「伊織、その武装」

「ああ。間宮のと同じやつだよ。ま、スペアなんだから当たり前だけどね」

「お揃いだな」


 真也は自分の腰に履いた剣をポンと叩くと、伊織に笑いかける。

 それに対して、伊織はびくりと耳を立てると、はにかむ。


「へへ……そうだな。うん。お揃いだ」


 先程、Fクラスの面々にきつく当たっていた伊織だったが、どうやら機嫌は直っていたようで、真也は心の中でホッとした。


 お互いに、スーツの着用方法や武装の固定方法などを確認し合い、真也は3回、修正された。


「まったく……本当ならこの場で腕立てだよ?」

「すまん、伊織」


 最後まで時間のかかった真也と伊織の装具確認が終わったのを確認したレイラは、口を開く。


「じゃ、保安線内部に向かう。フォーメーション、撃破手順、歩きながら伝える」


 レイラはそう告げると、先だって歩き出す。

 駐車場からゲートへと向かう間に、レイラは細かく小隊の動きについて確認した。


 とうとう、02小隊はオゼロトゥンガル営巣地、その入り口ゲートへとたどり着く。


 ゲートの向こう側には大きな湖が広がるが、天候のせいもあり美しいというよりもどこか不気味だった。

 次々とゲートをくぐる他の学生は、レイラを横目で見て、様々な反応をする。

 良くも悪くも『02小隊』は注目の的だった。


 レイラはその、他の学生たちの反応をなるべく見ないようにし、引率のウッディに話しかける。


「ウッディ曹長、入場許可を」

「ええ、どうぞ。内部への侵入を許可します。ちゃんと装具点検、戦闘方法の共有もされてますし、今のところ100点ですよ」


 ウッディの言葉にレイラは頷き、振り返ると、小隊長らしく胸を張って全員へと告げた。


「これより、営巣地、ビーコン回収訓練を、行う。状況開始」

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