061 棺の異能


 ソフィアの持つ意匠は、棺だった。


「世界に数名しかいない、棺に分類される意匠。それを持つ、同い年の男女。この出会いは、運命ではありませんこと?」


 相変わらず恍惚とした表情のソフィアから質問を投げかけられた真也は、やはり回答に困り、運命かどうかという点から話をすり替える事にした。


「そ、それで、ソーニャの異能って、どんな能力なの?」

「ええ、シンヤ様とは少し違うのですけど……隊長様!」


 ソフィアが大声を出すと、前を歩いていたレイラがそれに気づき、こちらへと走ってくる。

 どことなく機嫌の悪そうなレイラは、真也をちらりとみるとソフィアへと向き直す。


「……なに? 問題?」

「シンヤ様からのご要望で、私の異能を皆様にお見せしたいのです。

 他でもないシンヤ様からのお願いなので、私としては即刻、問答無用で叶えて差し上げたいのですけれど、『一応』貴女が小隊長ですので、許可を下さいません?」

「……構わない」


 ソフィアの物言いにレイラはムッとするが、冷静に言葉を返す。

 それに対してソフィアはニッコリと微笑み、優雅に膝を曲げて礼をした。


「ありがとうございます」


 レイラからの許可を得たソフィアは、小走りに冬馬の元へと向かう。


「あの、牧田様」

「え、なんですか?」


 急に声をかけられた冬馬は、驚いて体をびくりと震わせ、ソフィアの方を見る。

 食堂での一件から、冬馬はソフィアに苦手意識が芽生えていた。


「……私、次の戦闘で異能を使いますの。

 だから、お力をお貸しいただけません?」


 ソフィアからの援護要請に、冬馬は首を傾げながら質問を返す。


「……えっとぉ、俺でいいの? 間宮じゃなくて?」

「ええ! むしろ、牧田様がいいのです!」


 ソフィアは両手の指先を合わせ、花のような笑顔で冬馬へと告げた。

 先ほどまで真也にべったりだった少女の様子に、一同は驚く。


 『頼られている』という感覚、そして可愛らしい様子のソフィアに、冬馬が先ほどまで持っていた彼女に対する苦手意識は、いとも簡単に吹き飛んだ。


「……オッケー、いいよ。何すればいい?」


 冬馬は笑顔でソフィアへと返事をし、ソフィアはその言葉に、もう一度深く礼をした。




 それから、ソフィアは冬馬とともに道中を進みながら、彼の異能について詳しく聞いていた。


 『岩山』の意匠、キネシス5。


 それが冬馬の異能だった。

 近くにある土をトゲ状に隆起させたり、地面同士をずらしてぶつけ、擬似的な炸裂で石片を飛ばす、といった戦い方。

 また、岩壁を作ることで防衛も可能であり、攻防どちらにも対応できる。


「という感じ。これで伝わったかな?」


 冬馬の説明を聞き、ソフィアは手を打って頷く。


「よく分かりましたわ! 牧田様は説明がお上手ですのね!」

「そ、そうかな?」

「ええ!」


 合間合間に差し込まれるソフィアの褒め言葉や表情、仕草に、冬馬は完全にデレデレだった。


 真也は、かの少女が自分から離れてくれたことに安堵しつつも、身替わりともとれるその行動に、どこか心の座りが悪くなる。

 しかし、これで自分はようやくフリーとなり、レイラと話すことができる。あとは、何かにつけてレイラと行動を共にしようとするユーリイをどう躱すか。


 真也がそのような事を考えていると、パン、と手を叩く音がした。


 よく響いたその音に、全員の注目が集まる。


 手を叩いて鳴らしたのは、伊織だった。


「お待ちかね。2時方向からくるよ、蜻蛉種せいれいしゅだ。3匹。ま、頑張ってねソフィアさん。あとキミも」


 キミも、と伊織が冬馬を顎で指す。


 それは不遜な態度であったが、当の本人は、このあとどうやってソフィアに良いところを見せるか、ということしか考えていなかったため、冬馬は伊織の言葉に「おう!」と元気に返事した。


「さ、ソフィアさん、俺は何をすればいい?」


 真剣な表情でソフィアへと顔を向ける冬馬に、ソフィアは笑顔で答える。


「なにも」


「……は?」


 気の抜けた冬馬の返事の直後、ガゴン、という硬いものが地面にぶつかる音がした。

 冬馬はその音に驚き、振り返る。



 そこには、西洋風の棺があった。



 直立した棺の蓋は開かれており、中には、なにも入っていない。


 真也の持つ異能は『棺の蓋』の形をしているが、ソフィアが出したであろうそれは、完全に棺であった。


 急に現れた不気味な物体に、ソフィアとユーリイを除く全員が驚き、動きが止まる。


「では、どうぞ宜しくお願いします」


 ソフィアは丁寧な言葉を告げ、



 冬馬を棺の中へと突き飛ばした。



「え! あ、ちょ」


 冬馬は驚きの声をあげるも、棺の中へとその身を投げ出される。

 冬馬が棺の内部へ入ると同時に、棺の蓋が閉まり、完全に冬馬は棺の中に囚われた。


「なんのつもりだ!」


 急なソフィアの蛮行に、冬馬のバディである秋斗は大声を上げた。


 しかし、ソフィアはニッコリと微笑むと、秋斗へと言葉を返す。


「私、牧田様に協力を仰ぎましたわ。そしてご協力いただいている。それだけなのですけど?」


 秋斗が声を荒げた理由が分からない、とでも言わんばかりのソフィアの様子に、全員が面食らう。


 棺の中からは、ドンドン、と叩く音が聞こえ、冬馬が中でもがいている様子が伝わってくるが、それでも棺はビクともしなかった。


「さ、牧田様。『お力をお貸しくださいまし?』」


 その言葉と同時に、棺が横に倒れる。その際、おそらく中にいる冬馬があちこちにぶつかっているのであろう、激しい音が周りへと漏れ出ていた。


 ソフィアは視認できるようになった蜻蛉型殻獣……真也の目には巨大なトンボのように写る化け物に対して、右手を伸ばした。


 その直後、殻獣の目前に、壁が現れる。

 一瞬で現れたように見えるそれは、地面が隆起し、形作られたものだ。


 急に現れた土の壁に、トンボの殻獣が3匹とも激突する。


「……これは、冬馬くんの異能!?」


 春香が驚いて声を上げ、秋斗がそれに反応する。


「いや、冬馬の異能にしては、隆起が早すぎるけど……おい、どういう事なんだよロシアの! 冬馬はどうなっている!!」


 ソフィアは、秋斗の言葉を無視し、壁に激突した殻獣に向かって口を開いた。


「ふふ、おばかさん。そして……こうですわね! 牧田様!」


 ソフィアが叫ぶと同時に、土の壁が爆散する。

 壁のすぐそばにいた殻獣はもろにその爆発を受け、飛散した石片に身を貫かれる。

 3匹ともがバラバラの破片と化し、辺りに緑色の体液が飛び散った。


 あまりにも手際の良い戦闘だった。

 殻獣は一瞬で屠られ、静寂が訪れる。


 その静寂を破り、ソフィアが自分の異能について説明する。


「棺に閉じ込めた、他人の異能を使用する。それが、『棺』の異能者、マテリアル7の私の異能ですの」


 ソフィアの言葉に反応したかのようにに棺が直立する。

 そして、その勢いのまま棺が開き、冬馬がぼとり、と吐き出された。


 あまりにも様々な事が起きたせいで、誰も動けなかった。


 地面に激突した冬馬は、ピクリと反応すると、よろよろと手をついて起き上がる。

 その様子にハッと現実に返った秋斗が冬馬の元へと駆け寄る。

 棺から出てきた冬馬は、非常に弱っているように見えた。


「おい、大丈夫か、冬馬!」

「あ、ああ。びっくりした……」


 ソフィアの異能から吐き出された冬馬は、ふらふらとした様子で口を開いた。


 春香と夏海もまた、冬馬の元へと駆け寄り、彼の身を案じて声をかける。


「大丈夫!? 体、なんともない!?」

「あ、ああ。驚いたのと、あと少し疲れたくらい、かな……」


 まだ混乱しているのであろう。感想を吐き出す冬馬の元へ、ソフィアがやってくる。


「牧田様、お力をお貸しいただいて、ありがとうございました。とても良い異能ですわね!」


 ソフィアの言葉の意味を掴みかね、冬馬は静かに首をひねる。

 そんな冬馬に、夏海がなにが起きたかを説明した。


「この子、牧田の異能を使って、殻獣を倒したんだよ」

「は?」

「さっき、牧田、棺に閉じ込められたでしょ? この子の異能は、閉じ込めた相手の異能を使用する、ってものなんだって」


 ソフィアは、軽い足取りで冬馬の元へと歩む。

 地面にへたり込み、怯えた目で見上げる冬馬の目の前までやってくると、上半身を折り、冬馬と目線の高さを揃える。


 そして、にこりと微笑んだ。


「ひっ……」


 悲鳴を上げたのは冬馬だけであったが、他人の異能を利用するというソフィアの異能に、残りのメンバーたちも恐怖した。


 自分のアイデンティティともいえる異能を、勝手に他人に使用されるというのも気持ちのいいものではない。

 しかし、それよりも強く印象に残ったのは、彼女が戦おうと思った際、誰かが『あの中』に閉じ込められるという事だった。


 どれほど頑丈なものかは分からないが、冬馬が抜け出せなかったことを考えると、同じ強度である春香と夏海もまた、抜け出すことが難しいということである。


 ソフィアは、冬馬に自分の異能を詳しく説明する。


「牧田様の強度は5との事でしたが、私がお借りして使えば、7の強度で使えますの。その方が強力ですし、殲滅も早くなりますわ。

 シンヤ様の異能をお借りしても、7相当でしか使えませんので……ですから、牧田様のお力が必要だったのです」


 ソフィアの手が、冬馬の頬へと添えられる。


「ありがとうございました、牧田様。

 ……また、お貸しくださいましね?」


 自分の方を見ているはずだが、なにを考え、どこを見ているか分からないソフィアの瞳に、冬馬は恐怖し、口をパクパクとさせることしかできなかった。



「これが、私の『棺』ですわ! シンヤ様っ」



 ソフィアはそんな冬馬を無視して、真也へと告げ、その言葉に全員の目が真也へと移る。


 その目からは、「おまえもなのか」という恐怖が読み取れた。


「え!? いや! 俺の異能はこんなのじゃ無いよ!? ただの頑丈な盾だよ! 棺の蓋の形してるけど!」


 真也の必死の弁明に、隊員たちは少しホッとした表情に変わり、ソフィアは「こんなの、だなんてひどいですわぁ」と可愛らしい声で抗議した。

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