第28話
"Divorce paper writer lighter"
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夜23時、いつも彼はこの時間に帰宅する。
仕事は20時に終わる。しかし、職場までは30分とかからない。
空白の2時間半。さて、その空白を埋める妻への秘め事は今日、日の目に晒されることとなる。
「ただいま。帰ったよ。」
いつも通りの時間に、いつも通り玄関の扉をくぐった先、そこに見える景色は普段と明らかに違う点があった。
…前に立ちはだかる妻、どこかその表情は険悪だ。
「ねぇ、どうして私が怒ってるかわかってるかしら?」
ただいま。の返事に全く思いもよらない返答に彼は凍る。空気までが固まり、まるで時が止まっているかのようだ。
「あー、メール送ってたのか?ごめんな。忙しくてよ。」
ようやく動き出した彼はポケットのスマホを取り出す素振りをみせるが、どうみても時間稼ぎである。
そう、彼の思考は今、フルスピードで回っている。
「とぼけないで。」
しかし、十分な解答。時間も得られないままピシャリと冷酷に彼の思考は止められてしまう。
だが、その短い間でも彼はざっと心当たりが3つ4つ思い付いた。内、一つは洒落にならないものである。
「すまん!悪かった!!あの事だろう!?」
洒落にならない事だろうがなんだろうが、思い付いた数個の心当たりはどれも謝らねばならない。思考より行動だ。逃げの謝罪である。
「へぇ。そんな軽い事なのね。あなたにとって。」
妻の語調は冷ややかで平淡なものだった。
志帆先…妻は感情も抑揚もない声で話続ける。
「…もう私には飽きたって言うのね?いいわよ。あなたも若い子の方がいいのよね。もううんざりよ。」
彼の最悪な予想は的中することとなる。そう、これは洒落にならない奴だ。今後の夫婦生活の全てが彼の言動にかかっているだろう。
「違う!そんな。あるわけないだろ!」
真っ向からの否定。
彼の選択はそれだった。
妻は冗談でこんなことは言わない、こんな話をするくらいだ。動かぬ証拠でもあるのだろう。
「じゃあこれはどういうことかしら。」
そう言うと、志帆先生は後ろに回していた手を開いて見せた。
そのなかに握られていたのは、使われた様子のない、新品のライターだった。
え?
"キー"を当てる課題では無いのか??
志帆先生、簡単にばらしちゃったぞ。
しかも神埼先生は、志帆先生の持つライターを見て固まってしまっている。
……志帆先生はキーをわざと見せる事によって、夫の逃げ道を塞ぎ謝罪すら不可能にしているのか。何が伴侶だ、何がお互いをのばすパートナーだ…??
神埼先生も例に示し、志帆先生すら実演にだしたライターの持つ意味は僕は深くはわからない。志帆先生の話ぶりから浮気話なのだろうくらいしか汲み取れない。
しかし神埼先生もなかなか強欲な男である。志帆先生みたいな美人を差し置いて浮気など…。と、これは実演か。つい入り込んでしまう。
そんなバカな事を考えていると、沈黙に耐えかねてか志帆先生が口を開いた。
「黙ってるってことは認めるのね。あなたとの生活は楽しかったわ。まぁそう思っていたのは私だけだったみたいだけど。」
妻の言葉に、彼は妻にひれ伏し、半ば叫ぶように言った。
「お、お願いだ。捨てないでくれ…!頼む…!!もう絶対しないから。金輪際やらないから…!なぁ頼む…!!」
それは謝罪ですらなく、ただの懇願だった。無様で、情けなく、滑稽である。
そんな夫を見て、彼女は、妻ではなく志帆先生としてにこりと笑った。
「はい、じゃあもういいかしら?ちょっとやりすぎたかな…。…よし。今の演技の点数の内訳の説明をするわね。」
そう言うと志帆先生はパチンと指を鳴らした。
景色が廊下から、教室へと変わる。
瞬間、志帆先生と目が合う。
冷酷な演技を目の当たりにしてから、その目を直視することができず、僕は目をそらした。
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