第27話
少し長い瞬き。一瞬、僕の意識が飛んだ。
しかしそれだけだった何も起こらない、CiIに触れてみたはいいが、この前のように景色が一変するなんて事はなかった。
ふと違和感を覚える。
何かいつもと違う、僕はそれに気がついて、自分の左手を見た。
無い。
四六時中肌身離さず着けていた腕時計が。
代わりに右手の腕時計はあった。
まさか。ここは。
辺りを見渡す。
さっき僕らが居た教室だ。
しかし、他の生徒は皆虚ろな顔をして、ぼーっとしている。まるで魂の無い人形のようである。
視線を辺りにさ迷わせていた僕は同じように不思議そうに辺りを見渡していたこころさんと目が合う。
「ここは…?」
「まさか、もう私たち…?」
「えぇ、そうよ。」
横から声がかかる。エミィだ。
「二人揃ってバカみたいな顔しないの。もう二回目でしょう?…それとねあなたたち、最後まで先生の話は聞くべきだと思うわよ?」
バカみたいな顔は置いといて、最後のは聞き逃せない。何かタブーがあったのか?もうすでに禁忌を犯してしまっていたり…?
また、よほど切羽詰まったバカみたいな顔でもしていたのだろう。丁度隣の怯えきったこころさんみたいに。
エミィがそんな僕たちを見て呆れたように言う。
「わざとじゃなかったの?…もう。同じグループなんだから、心配させないでよ。」
はぁ。と小さい溜め息をつき、エミィは続けた。
「ほんとはね、ここに飛んでくるのにためにもう一つだけ行程があったのよ?…なのにあんたたちそれすっ飛ばしちゃったんだから。」
そんな、僕は故意にやったわけじゃない。
まさかCiIの故障…??
「先生が最後の行程の説明しようとした瞬間、二人とも急に気失ったみたいに、机に頭ぶつけてね…?」
エミィは話ながらくっくっくと笑い始めた。
…あぁ、さぞ視線を集めたであろう。どうしてこうも上手く人生は運ばれないのだろう。過度に注目を集めたいわけじゃない…。
エミィは一つ咳払いをし、話を再開した。
「…次からはちゃんと指示通りの姿勢をとってから、ここに来るのよ。これ以上バカになりたくなかったらね。…さて、そろそろ皆が最後の行程を終える頃かしら?」
エミィがそう話終えると、さきほどまで静まり返っていた教室が元の少し騒がしい程度のところまで盛り返った。どうやら大半のクラスメイトがここへ飛べたらしい。皆、人らしく動いている。
「なぁー頭大丈夫!?めっちゃびっくりしたで!」
横の班の席に座っていた冬佳さんがこちらに振り返った。
語気には心配よりも好奇の方が勝っており、顔も若干笑っている。
「痛くはないかな、ここではね。」
実際、頭打った感覚や頭痛はしていない。頭を盛大に打ったなど半ばエミィの話を疑ってはいたがどうやら打ったのは事実らしい。
「戻るのが楽しみやな。次からは気いつけやほんま!」
そう言うと冬佳さんは安心した素振りを見せ、前向き直った。
そうこうしているうちに、全員が揃ったらしい。一番最後に来た生徒は路美君だ。
数秒おいて、神埼先生も動き出した。全員を送り出してから自分が最後に飛んできたのだろう。
神埼先生はパン!と手を叩き、話始めた。
「よし!じゃあ説明するぞ!!」
そして、いわゆる"ねぇ、何で私が怒ってるかわかってる?"の説明が始まった。
「まずはな、尋問をする攻撃側とされる側の防衛に別れる。側とは言うが一対一だ。題からもわかる通り攻撃側は女子、防衛側は男子だな。」
「先に攻撃側の説明からな。攻撃側はあらかじめ"キー"を考えてもらう。"私"の怒ってる理由のキーをな。例えば…そうだな。こういうのだ。」
そう言うと神埼先生は右の手の平を上に向け、そこに裏返った靴下を出現させた。
さも当たり前のように無から何かを産み出したので多少驚いたが、すぐにここが仮想空間だということを思い出す。
…僕も机の上に何か産み出そうとしたが、何も起こらない。どうやら機能を制限されているらしい。
話がそれたが、"キー"か。裏返った靴下は僕もよくしてしまう。それで怒られるのも少なくない。なるほど。大体はわかった。
「まぁとにかくだな。キーはなんでもいい。怒れる理由があるならだけどな。物を思い浮かべたらそれを握って後で隠しとくんだ。最後に種明かしで防衛側に開いて見せるんだぞ。モヤモヤしたままじゃ嫌だからな。」
そう言いながら靴下を、トイレットペーパーの芯に、踵の履き潰した靴に、エロティックな雑誌、どこか量産的なライターに変えた。
ライターはよく意味がわからなかったが、トイレットペーパーの芯も心当たりがある。どれもこれも(恐らく)十分怒れる理由だ。
「次は、防衛側だな。男子諸君よく聞きたまえよ。…防衛側のすべき事はだな、攻撃側の怒ってる理由"キー"を当てる。そして、それに対する適切な謝罪だ。どうだ、シンプルだろう。」
待ってくれ、それじゃ…。
「それじゃ攻撃側がずっと黙ってたら勝てないじゃんかよーっ!」
一人の男子が不満の声をあげる。この声は赤壁兄の方だ。
そう。赤壁修の言う通り。だんまりを決め込まれたら推測も何もあったもんじゃない。
しかし、その反論を待ってましたと言わんばかりに神埼先生はにこやかに返す。
「そこがこの題のミソでな。この題の満点は100点だ。攻撃側が高得点、満点を目指すなら、防衛側にそれとなくヒントを出すんだ、ギリギリ"キー"がばれない程度にな。そんで、ヒントの数やわかりやすさでどんどん加点というわけだ。」
つまり、種の違うチキンレースのようなものだろうか。ヒントを曝け出せば出すほど危険に陥るが得点は上がる。ほう。
「攻撃側の鍵は"キー"をどれだけ意外なものにできるかだな。ヒントをいくら出しても問題ないくらいに。そうだな言い忘れてたが"キー"の意外性や演技とかも採点対象だからな。気合入れろよ。」
「防衛側のアドバイスはな、適切な謝罪とは言うが、"キー"を当てるだけでも一苦労だから、まずはそこに集中することだな。数年前に同じような題が出たが、どれもこれも面白い"キー"ばかりだったぞ。」
こんなめちゃくちゃな題が前にも選ばれていたということか…。
「防衛側の採点対象についてだが、攻撃側と大体同じだ。あと、ヒントの数で点数は変わらないぞ、"キー"さえ当てれたら御の字さ。ってなわけで他に加点は無い。"キー"を当てられるか。その"キー"が更に意外なものでずばり当てれたらほぼ高得点と思ってくれていいぞ!」
つまり0点or100点なのか?
「最後に。どちらかが完璧にこなしたとしても、満点にはならない。"キー"を基点に、上手く双方が収めてやっと満点だ。…一方的に女子が"キー"を隠し続けてキレ続けてても、簡単なキーをすぐに当てて簡単に仲直りってのも、そこまで点数はあげられないな。上手くいけば、二人が満点もあるぞ。」
「いいか、これは勝ち負けじゃない。攻防と別れちゃいるが、相手はパートナーと思った方がいい。お互いの点を伸ばす伴侶さ。丁度設定も夫婦だしな。…あ、そうそう開始の合図は"ねぇ、何で私が怒ってるかわかってる?"だぞ。」
がははと笑いながら神埼先生は志帆先生の方を見たが、志帆先生は視線を返さなかった。無視である。
「まぁ長ったらしく説明しても分かりにくいところがあるだろう。…じゃあお待ちかね、実演だ!男子諸君も一緒に考えるんだぞ!!」
教室の風景が姿を変え、そこはある一軒家の玄関のような場所となった。神埼先生の三人称の位置から神埼先生の後頭部と正面を向く志帆先生が見える。
さぁ大人二人の修羅場が始まった。
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