第19話


「座礼でいいです。…はい、おはようございます。」


いつの間にか教卓に立っていた志帆先生が号令をかけた。


「朝のホームルームを初めます。一時間目まで使って、一人1分程度、自己紹介をしてもらいますね。」


来た。初めの学園生活イベント。

ここでどう動くかでこの先の全てが決まると言っても過言ではない。


「じゃあまず私から。」


こほんと小さく志帆先生は咳払いした。そして口を開く。


「佐藤志帆です。この一年B組を担任をします。教科担当は数学と演習です。演習では神崎先生も担当なされます。……。」


志帆先生はそこまで言うと、目を瞑りスーと息を吸った。…そして固まった。動かない。


…まさか終わりか?

数分どころか数十秒すらたってないじゃないか。


いやそれを責める訳じゃない。簡潔でいいことだと思う。でもそれなら何か締めの、これからよろしくだとか言ってくれないと聞く側のこちらも拍手を送りづらい。




本当にそのまま何も動きがないまま数十秒が経った。

クラスがこの異変に少しざわめき初めようとしたところで遂に志帆先生が動いた。


ゆっくりと目を開き自分のしていた腕時計を見、言いはなった。


「…はい、大体1分ですね。私、こう見えても緊張するタイプなのでこれで許してください。…ではこのように青葉君からお願いします。」


拍手が起きる。

志帆先生は小さくお辞儀してにこりと余裕そうに笑っては見せたが、少し手が震えているようにも見える。しかしここからじゃよく見えない。


出席番号順で発表か、僕が最後らしい。


右前に座っていた男が立ち上がった。

180はあるんじゃないだろうか、足も長いし自分に自信満々という雰囲気が満ち溢れている。


パン!と青葉健が手を叩く。

…芝居めいた動作を織り交ぜ青葉健の自己紹介が始まった。


「やぁ!みなさんごきげんよう!!」


こういうタイプか…。先天的に芝居者である。

前に座るミカさんの肩が震えていた。


「僕の名前は青葉健。…ついこの前まで"星のシナプス"の主演をさせて頂いていたよ!知ってる人も居るんじゃないかな!」


青葉健はそう言うとチラリとエミィの方に視線を向け、パチリと大袈裟にウィンクを送った。…エミィは全く反応しなかったが。


「…簡単に言うと僕は君達と違ってもう仕事を貰っているプロな訳さ。何でも聞いてくれたまえ、但しエミィについてはシークレットだけどね!これからよろしく頼むよ!」


青葉健は最後にまたパン!と手をならし、席に着いた。ぱらぱらとまばらな拍手が起きる。

エミィは依然無反応だったが、かなりの猛アピールである。


単なる知り合いの括りではないだろう、共演者だ。


…主演とヒロインなら恋人同士だったのだろうか、もちろん演技のなかでの話だが。

何故かもやっとした気持ちが溢れたが、多分嫉妬じゃなくて単に青葉健がうざかっただけだろう。


「はい、そのまま順に最後までお願いします。」


特に青葉健に突っ込みをいれるわけでもなく志帆先生はこころさんに次を促した。


こころさんはガタッと焦ったように立上がり、トーンの外れた声で言った。


「お、小野心です!!演じてる時自分を忘れられるのが好きで演劇科に入学しました!頑張ります!よ、よろしくお願いします!!」


濁流の様に初めから最後まで一息で言い切り、ガタン!と音を立てて座った。やはり顔は真っ赤で体は縮こまっている。


…初見でこれを見聞きしたらこころさんは人見知りの恥ずかしがりやなのだろう。しかし今僕の中ではその事実に靄がかかっている。本当にあれが本性なのだろうか?


そんな事を考えていたらエミィがスッと立ち上がる。それに合わせて少ししていたざわめきが完全に消え去った。


「…エミリーよ。一年間よろしくね。クラスメイトとして皆さんとは仲良くしていきたいわ、勘違いしてる方がいらっしゃるようだけど。」


案外普通の自己紹介かと最初は思ったが、いつもの冷ややかな視線に戻り一人の男にメッセージを送った。


「エミィと呼んでいいのは決まっている方だけなの、ごめんなさいね。」


エミィそう言いながらこっちを見た…気がした。


待て、変な禍根を残さないでくれ。


「ご清聴どうも。」


エミィはそう言うと静かにストンと座った。

が、その時何を思ったのか、エミィは小さくヒラヒラと僕の方に手を降った。


もちろん、エミィ集まっていた視線が全て僕の方に向いた。青葉健についてはほぼ睨んでると言っても過言ではない。


…あぁどうも。これで僕はめでたく普通の人としてクラスメイトから見られなくなった訳だ。どうにかして自己紹介で巻き返さねば、幸いまだ僕の番までまだある。


刺さる視線の中に、にこにこと愛想よく笑うエミィの顔が目に入った。

また完敗である。


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