第16話


声の方へ振り返ると、予想通り関西弁少女が曲がり道の、丁度こちらから死角の場所から恐る恐る現れた。


「い、いやな?盗み聞きする気は無かってんで?その…二人が物影行くとこ見えて…ほら、ウチも君に用あったし…。」


地面を見つめてモジモジと彼女は言い訳をブツブツと呟いていた。

本当に申し訳無さそうにしている。


「いいよ、気にしてない。」


今、僕は盗み聞きに関して寛容である。

人というもの、好奇心に負けてしまうことだってあるだろう。

また、偶然聞こえてしまうことだってあるだろう。

許そうじゃないか。少女よ。


「ほんま!やっぱり優しいな嫁内くん!!」


さっきまでとは打って変わって、180度反転した態度で彼女は顔をあげた。


あれ?本当に反省していたのかな。オンオフがかなり激しい子である。


「そうそう、用ってのはな!朝ちょっとばたついてたやん?ちゃんとお礼したくって!」


こちらが声を出す隙もなく、彼女は喋り続ける。


「そう言えば言い忘れててた、ウチ瀬良夏乃!カノでいいよ!」


かなり遅めの自己紹介に、僕は当惑する。

会話のスピードも尋常じゃないのに、話の移り変わりもかなり激しい。


「それにしても嫁内くんすごいなぁ。あのエミリーと随分仲良かったやん!」


さっきの事を指して言ってるのだろうか。

まぁ確かに少しは心を開いてくれた筈だ、あの様子でダメならもう僕は何を信じていけばいい。


「そうでもないよ。」


だがしかし、僕は短く反論した。

何度も言うようであるが相手はあのエミィである。

この僕を落とす演技など造作も無いことだろう、僕もここ数日の抗体が無ければ易々と落ちていた。確実に。


「あ、やっぱり気づいてるん?」


口をほの字に曲げ、意外そうにカノはそう言った。


やっぱりとはどういうことなのだろう。エミィとの恋路を期待していた訳じゃない。でも客観的に見てやっぱりと言葉が出るのはさすがに胸が痛む。


「ど、どういう意味?」


これ以上傷つきたくない気持ちと、どうしても確認したい気持ちが鬩ぎ合い僕は聞いてしまった。


「さっきすれ違った時な、エミリーすっごい真顔やったから。全部作ってたんやなぁって。もうそれすらわかってたんやろ?すごいわぁ。」


あぁ。わかっていたさ。僕如きが相手にされないくらい。

あの手をとる動作、涙、笑顔。すべて作られた物。


あぁ…わかっていたさ……。


「当たり前だよ。棒演技だったからね。」


これくらいの強がりくらいはいいだろう。

声は震えて無かった、と思う。


それを聞いて、更にカノの顔が輝く。


「いやもうかっこい!ウチなら絶対惚れてたし、もし演技って知ったら泣いてまうわぁ!」


もちろん泣きたいさ。雑念無しで惚れてもみたいさ。


羨望の目差し熱く、カノの瞳に映る弱気な僕のこれも演技だと知れば落胆するだろうか、それとも励ましてくれるだろうか。


「あ、ごめんな。話逸れて。…なんやったっけ。…そうそう!今朝のお礼!!」


そういえばそうだった。カノの目的はそれだった。

…できればもう傷心中の僕に今朝の一件を思い出させて欲しくはないのだが。


「…そのな、えっと。」


また、カノは急にモゾモゾし始め、何を思ったのかぎこちない動きで両手を伸ばして僕の手を握った。


急な出来事に心臓が鳴る。単に異性と繋いだからではない。手を繋ぐという行為にトラウマが多いのだ。


「…ほんまに今日はありがとう。めっちゃかっこよかった。……ちょっと惚れそうやったもん。」


言い終えない内に、カノの声はどんどん小さくなっていっていた。

残念ながら最後の方は本当に呟いた程度なので聞き取る事は不可能だった。


「…やから、恥ずかしくって…。ちゃんとありがとう言わず…走ってっちゃって…ごめん…。」


あまりにもボソボソと俯きながら恥ずかしそうに話すので、こっちまでなんだか恥ずかしくなってきた。


こうも手放しに褒められたり、照れられたりすると…まずい、可愛い。


あと数刻で惚れてしまうかといった所で、カノさんがパッと手を離した。


「な、なんちゃってー!!エミリーの真似でしたー…!えへへー…。」


最後まで言いきらずに、恥ずかしさが最大まで達したか、カノは後ろを向いた。


「ど、どや?さすがの演技力やろ??ほ、惚れたらあかんで??」


数秒の沈黙を置き、カノは続ける。


「ま、また明日からよろしくな…?じゃ、じゃあバイバイ!ほんまありがと…!」


最後の最後まで返事をさせてくれず、丁度今朝と同じように猛スピードで走り去って行ってしまった。


演技だとしても、そうじゃなかったとしても、後者の方が断然可愛かったな。


エミィとは対照的に、ぎこちなくても、手が汗ばんでいても。時としてそれは相手の心を打つ材料となるのだろう。


深く考えてしまうと、惚れてしまいそうになるので、僕はもう何も考えず帰路についた。

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