第13話


目的地まで迷うような道のりでもなかったので人の流れに任せ、僕たちは講堂へ向かった。


しかしその間、僕たちの間では重く辛辣な沈黙が流れていた。

僕はそれに耐えきれず、当たり障りのない会話をしようと試みた。


「…みんな合格できてほんとに良かったね!」


「そ、そうですねー!」


が、しかしこころさんの合いの手があってもそれ以上会話が広がることはなかった。


まずエミィが(こころさんも)僕を講堂へ案内しろというのもおかしいのだ。

自分の一番見られたくないであろう所を見られた相手に、そう気安くはなしかけられるだろうか、否、無理だ。


実際、僕は関西弁少女と話すのはまだひかえていたい。


何か企んでいるんだろうか…もしかしたら今日のうちにでも殺されてしまうかもしれない。


「あら、着いたみたいね。」


たかがエミィがそう呟いただけだったが、僕は情けなくもびくっと体が跳ねてしまった。

今日はいつも以上に警戒しておかねばならない。会話も慎重にだ。


「すごい広いね、どこに座ればいいんだろう。」


今度は当たり障りのない事を言おうとしたのではなく、純粋にそう感じた。


大勢の濁流すら塞き止めない重鎮な両開きのドアに、壮観にも並んだ椅子、極めつけはだだっぴろい舞台。

プロのオーケストラが演奏会を開いても、きっと遜色無いだろう。


「適当でいいんじゃない?ほら、そこ座りましょう。」


まさかそんなはずはと思ったが、どうやらエミィの言う通りらしい。

この組はここだとかあそこだとか、そんな号令なしに各々目の着いた場所に座っていっている。


僕はこの時初めてこころさんの俊敏さを目の当たりにした。

エミィが指差した席の、一番奥に滑り込むように座り、僕の腕を引っ張って無理矢理隣に座らせた。


僕を防波堤か何かと勘違いしているのだろうか。


仕方なく、こころさん、僕、エミィ。と僕を挟む形で座ることとなった。


開始までまだ数分近くあり、僕は依然沈黙を味わっていた。

軽く話しかけるのをもう数回ほど繰り返してはいたのだが、全て徒労に終わっている。


もうあの一件のことを聞くしかないのだろうか。

…いや、それは早計であり、非常に危ない橋を渡ることとなる。


今会話が広がらない理由もそれだろう。ほとぼりが覚めるのを待つか、放課後の断罪を待つしか僕に残された道はない。


恐怖のあまり、僕はちらりとエミィの方を盗み見た。


丁度、エミィもこっちを見ようとしていたのだろう。ばっちりとめがあってしまった、が、先に目をそらしたのは向こうで、そのままうつむき顔を赤らめている。


…どうやら僕の拾った懐刀の切れ味は抜群のようらしい。


「くっくっく…。」


おっと、思わず笑みがこぼれてしまった。


僕の両隣に座る彼女らが不審げな顔をした気がしたが、そんなことすらどうでもいいと思えるほど僕は舞い上がっていた。


放課後、逆に一矢報いてやろう。鼠の僕が猫を噛んでやる。


そんなくだらないことを考えていると、チャイムが鳴り、照明が少し落とされ舞台が明るく照らされた。


とたんに喋っていた生徒も静まり、舞台に視線が集まる。



少しして、舞台の奥の方から、どす、どす。と、暗い影がちかづいてきた。


暗い影は舞台まであがり光に照らされ、"それ"は姿を現した。


形容するなら熊。


いや、熊そのものだった。スーツを着た熊。なぜか僕はそれに見覚えがあった。


講堂にざわめきが起こる。

しかし、熊はそんなことを一切気にするそぶりも見せず、マイクに向かい話し出した。


「みんなー!おっはよーー!!」


その元気な挨拶で、見覚えのある原因が判明した。


毎朝8時からやっている子供向け番組のマスコットキャラクターの「ベアっくま」ちゃんじゃないか。あんなに好きだったのにどうしてすぐ気がつかなかったのだろう。


いや、そんなことはどうでもいい、なぜベアっくまちゃんがここにいるんだ?


「どうして僕がここにって顔してる人がたくさんだねー!それを説明する前に自己紹介するねー!!」


さすがベアっくまちゃん。子供(?)の心を読み取っている。

大きな身ぶりを添えてベアっくまちゃんが自己紹介を始めた。


講堂のざわめきが次第に高ぶっていていく。


「テレビの前の皆!おはよー!ベアです、くまです!ベアっくまちゃんです!!今日も張り切っていこー!」


最初に両手で大きく手を降り、右手にはめてあるピンクの熊のぬいぐるみを掲げてベアです。左の黄色のぬいぐるみを掲げてくまです。最後にその場で回ってベアっくまちゃんです。


もう何百回と見た自己紹介だった。


当たり前だが、最近は全く見ていなかった番組だったが、子供の頃の憧れもあいまって、生のベアっくまちゃんに少し胸が高まっていた。


「改めまして、校長のベアっくまです。」


先ほどまでとは打って変わって、愛嬌の欠片もない平淡な声が講堂に響く。


さっきまでのざわめきもどこかに消え失せ、講堂はまた静まり返った。


「訳あって、こんな格好をしていますが静粛にお願いします。では、まず本校に合格された皆さん、おめでとうございます。」


小さくペコリとベアっくまちゃんはお辞儀をして見せた。


たんたんと発せられる言葉は、小さい頃の僕の中にあったベアっくまちゃんへの憧れをがらがらと崩していった。


「それでは、これからの大まかな説明を。今日の話はこれしかしないので注意して聞くように。」


そう言うと、ベアっくまちゃんはいつの間にか現れていたスクリーンを使って説明を始めた。


大体は、校則だとか、心持ちだとか、定期試験の施行方等の本当に大まかな説明だった。


が、一つだけ僕の心を引いた要項があった。


学年行事だ。


演劇科は普通科よりもこの学年行事が多い、加えて力のかけ具合も異なっている。


まだ僕も詳しいところまでわかってはいないが、すぐ2か月後にはすでに演劇科では行事がある。


内容はまだお楽しみらしいが…。


しかし、ベアっくまちゃんは学年行事でさえも深く語らず締めの挨拶をしようとしていた。一旦はずしていた両手のぬいぐるみをはめ直ししている。


「今日はここまで!それじゃあ、皆まったねー!!自分の教室に帰ってくださーい!」


再び聞き慣れた元気な声に戻ったかと思えば早々に退散してしまった。


聞き慣れた…。

最近聞いてない彼女の声を僕はどこかで聞いたような気がする。


胸にちょっとのしこりを残し、僕らはまた教室に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る