第12話
「浸っている所、申し訳ないのだけれど。これはどういうことかしら?」
これからの、薔薇色学園生活を夢見ていた僕を、現実に引き戻したのは冷たく抑揚のない声だった。
僕は少し震えながら顔をあげた。
二人の影が並んでおり、一人は小さく縮こまっているこころさん。もう一人はやはり、鬼の形相でたたずみ、右手にかわいらしいハンカチを握るエミィだった。
幸か不幸か、こころさんのハンカチは無事見つかったらしい。
いやぁよかったよかった。
…とはいかない。
「…どういうことってどういうこと……?」
時間を稼ぐため僕は、質問を質問で返した。
…落ち着け僕、慎重に慎重に。考えるんだ。
ハンカチの持ち主は僕じゃない。
落ちていた場所がどうであれ僕は無関係なはずだ。
もう僕の頭の中は、いかに上手い言い訳を考えるのではなく、こころさんを生け贄に自分だけ助かろうという路線にシフトしていた。
「…へぇ、しらばっくれるのね。いい度胸じゃない。」
依然冷ややかにエミェは言った。
…待てよ、もうこころさんが全て白状しているのかもしれない。
ここで下手に出ても、僕自身の首を絞めるだけになってしまう。
今回に至っては完全にこちらに非があるわけだ。
素直に謝るのが吉だろう。
「ごめん!!反省してます!!」
僕はそう決めると急いで立ちあがり頭を下げた。
謝罪は鮮度が命なのである。
「やっぱり、犯人はソラなのね?」
エミェは僕にではなく、こころさんにそう問いかけた。
は?思わず僕は下げていた頭をあげ、こころさんの方を見た。
しかし、こころさんは僕と目を合わせようとすらせず、小さくこう呟いた。
「はい…そのとおりです……。」
大変ばつの悪そうに。
つまり、売られたんだ僕。
僕がこころさんを生け贄にする前より先に。
ここでこころさんのことを性格が悪いとか、サイテーなやつだとか言うのはお門違いである、僕も同じ立場ならそうしただろうし、実際そうしようとしていたわけである。
あぁ神よ、僕はこの罰を甘んじて受けよう。
そんなやり取りをしていたら、丁度時間になったのだろう、ガラリと扉が開き、志帆さんが教卓まで進み言い放った。
「朝のHRを始めます、みなさん座ってください」
今日の神の来光は少し遅かった。無念。
「じゃあまた放課後。みんなで帰りましょう?」
僕の刑執行はどうやら少し先になるらしい。
わぁ放課後が楽しみだぁ。
二人が席に帰る間、こころさんが半身だけ振り返り、小さく赤い舌をペロりとを僕に見せつけた。
「やるわね!彼女。」
真ん前でこの寸劇を見ていたであろう、矢照さんが笑いながら言った。
合格の喜びと放課後への恐怖がお互いに打ち消しあい、僕の感情は無へと帰していた。
僕は話しかけてくれた彼女に、乾いた笑いをこぼすのが精一杯だった。
「起立!」
志帆さんが大きな声で号令で、会話はそこで中座することとなった。
みながその号令に従う。
「礼!……はい、座っていいわよ。」
クラスのざわつきは一瞬で消え、皆が志帆さんへ集中を向けている。
「おはようございます。知っているかたの方が多いでしょうが、佐藤志帆です。…志帆とは呼ばないでください。佐藤先生でお願いします。」
冗談か否か。いたって真剣な表情で話す志帆さんのからその真意は汲み取れない。
「これからこの演劇科Bクラスを持つこととなりました。どうぞよろしくおねがいします。」
そこまで言いきって、志帆さんはぺこりと頭を下げた。
小さく拍手が起こる。
「…ありがとう。今日は、高校からの説明と色々配布物があるから、自己紹介なんかはまた明日します。次は学校長集会です。速やかに講堂へと移動してください。」
坦々と志帆さんは続ける。
「これで朝のHRを終わります。解散してください。」
そう言って、志帆さんは教室を出ていった。
第一印象通り、かなりクールな先生だ。とても頼りになる。
次第にクラスがざわつき始め、講堂に向かいはじめる人もいた。僕も急ごう。
「今朝はありがとうなー!!よめうち君!!名前合ってる?」
あぁ神よ。
気さくに話しかけてくれる声の主に無視を決め込むなんて到底この僕ができるはずがなく、振り返りたくない衝動に駆られながらも、仕方がなく僕は振り返った。
案の定、そこには今朝会ったあの関西弁少女がいた。
「これでよめないって読みます。どういたしまして。」
自ら感情を殺し、手の洗った洗わないなんて気にしてないよと涼しい顔を頑張って作りながら言った。
「へー!これでよめない?そんなんよめないわー!」
かなりの声で話していたので、会話が聞こえたであろう人達の空気が凍る。
しかしそんな事ものともせずに、彼女は続ける。
「お互い受かれたみたいやな!これからよろしくなー!!」
また、バタバタと彼女の友達であろうグループの方へと走っていった。騒がしい人だ。
さて、僕も友達の所へ……。
…辺りを見渡す。居ない。友達と呼んでいい人が一人も。
……明日から、明日から頑張ろう。
絶望にくれる僕に、もう聞きなれた二人の声がかかった。
「ほら、案内しなさい。ソラ。」
「私も道、ちょっとわかりません!お願いします!!」
ちょっとだけ嬉しくて泣きそうになった。
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