第10話
いつの間にか、僕の願望は高校の合格よりも、あの関西弁少女と別クラスに分けられる事に変わっていた。
もちろん合格は当たり前だ。なんて自分を驕っているわけじゃない。
大きい方(未遂)をしたあと、手を洗わずに数分間、少女と手を繋ぐ。という最悪な過去トップ5が更新されてしまった事に、未だ傷心中だった。
たとえ合格が決まったとして、もし同じクラスに彼女が居たら…。
想像するだけでも恐ろしい。
きっと今日の事はすぐに広まり、僕のあだ名は手の平うんちだかなんだかになってしまう。そうなってしまったらもう僕の居場所はどこにもないのだろう。
彼女もきっと演劇科志望だろう。あのクラスにいたというのだから。…いや待てよ、そもそも演劇科は1クラスしかない。受かれば同じクラスだ。ダメだ、もう僕に残された道は…。
「彼女か、俺のどちらかが堕ちるしかない…?」
もとから重かった足取りが更に重く、遅くなっていく。
視界に目的地である高校が映る。
このまま引き返して、普通の高校に行くのもありかもしれない。誰がわざわざバカにされる高校を好き好んで選ぶのだろう。
「おはよう!」
そんな事を考えていたら、いつのまにかすぐ横にこころさんが立っていた。
元気な声が耳元で響く。
「朝から顔が暗いですよ!…大丈夫です。きっと私たち受かってますって!」
「はは…。そ、そうだよね。」
初対面の時からは全く想像できない彼女の姿に、少し僕はドキリとした。
そして、この暗い顔云々の起因はそこじゃないのだが…。
「朝からほんとオアツイわね。その私たちに私は入ってるのかしら?」
周囲の空気がピリッと変わる。
低く、可憐さのある声が僕らの耳元で響く、僕らはこの声の主を知っている。
そう彼女の名はエミィ。
彼女が歩くけば、名も無き道はランウェイに早変り、小さな歓声が湧き、すれ違う人々は2度振り返る。
…らしい。
昨日、インターネットで調べてみたらそう書いてあった。
過大評価じゃないだろうか。確かに美人だし、スタイルもいいし、さらさらな
金髪、透き通るような碧い瞳、まぁ絵にかいたような英国美人だが…。
「一度食事を共にしたのに、仲間はずれかしら?」
刺のある物言い、言動の切り口の鋭さに彼女にいいイメージを抱いていない人も多い。実際僕もその一人だし、彼女のブログだかなんだかにも一定数、アンチと呼ばれる人がいるらしい。
「い、いやそんなわけないじゃないですかぁ!」
こころさんが無理に笑顔を造る。
さすがに僕らはアンチとまではいかない。
別にエミィが僕らに嫌がらせをしてるわけじゃない。
みんなに、平等に、こういう接し方だ。
…ただ、僕とこころさんはほんの少ーーーしだけエミィが苦手なだけである。
「そうよね。安心したわ。あなたたちも早く安心できればいいわね。」
エミィはそう言い残し、スタスタと先に行ってしまった。
恐る恐るこころさんの方を見る。
無理に作った笑顔のまま固まり、口をパクパク動かしていた。心ここにあらずを体言化させたような風貌だった。
「大丈夫…?」
「私たちも行きましょうか!負けてられませんね!!」
僕に声をかけられ、ハッと我に返ったこころさんも、そのまま歩いて行ってしまった。
僕も後を追うようにして、急いで歩いた。
会話も無く、数分間歩き続け僕らはようやく高校に着いた。
どうやらこころさんも酷く緊張しているらしく、さっき僕に話しかけてくれたのも空元気の様だった。
そんな状態でエミィに嫌味を言われたもんだから、さらにナーバスになってしまっている。
ここは男の僕が勇気づけるような事を言わねば…。
「…う、受かってるといいね…!!」
到底勇気がつくような言葉でもなかったが、こころさんは小さく笑い返してくれた。
「…私たち頑張ったもんね。」
僕らは校内に入り役員に案内され、校庭の真ん中にある、合否の一覧が書かれた大きな板の所まで着た。
すでに人だかりができていて、みな一様に一喜一憂している。
僕はこころさんの手を繋ぎ、その人だかりに入り込んでいった。
すぐに視界が開き、板の全様が明らかとなる。
新一年、演劇科…。
ずらりと名簿が並んでおり、すぐに自分の名前を見つけられなくて僕はおおいに焦った。
「あ…!」
こころさんが小さく声を漏らし、僕にわかるように板の一点を指差した。
指差された先には、
グループD 全名 合格
そう書かれてあった。
確かにこれじゃいくら名前を探しても見当たらないはずだ。
合格できたあまりの嬉しさにそんな検討違いな思いを巡らせていた。
やっと合格の実感がわいてきた頃、僕は繋いでいたこころさんの手が震えていることに気がつき顔を覗いた。
こころさんは瞳に涙を溜め、今にも泣き出しそうだった。
「ありがとう…空くん…!!」
「…こちらこそありがとう…!!」
無事、僕らはこの高校に通えるらしい。
僕らは周りの目なんて気にせず、抱き合い、喜びをわかちあった。
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