第3話


すごく、お腹が痛い。


今までのとは比べ物にならないほどの緊張に晒され、僕の心とお腹は悲鳴をあげ続けていた。


僕の人生初めての一世一代とも呼べるイベントなんだ。


なのに。

どうやら上手くいきそうにない。


こころさんは言っちゃ悪いが少し頼りないし、エミィに至っては最悪だ。


作戦会議は最初の一歩から、もうつまずいていた。


容姿、声質、スタイル。

どれをとっても姫役はエミィが当てはまっていた。


なのに。


ーーーー



「あら?私、お姫様はしないわよ?…そうね、自由枠で、姉妹役がいいわ。いいわよね、こころさん?」


え?


思わず声が出そうになった。

が、すんでのところで踏みとどまる。


こころさんの方もまさか自分が大役を任されるなんて考えもしなかったのだろう。

表情が固まっており、微動だにしなかった。


「こころさん?」


エミィがこころさんに優しく声をかけた。


「は、はい!!?」


やっと現世に還ってきたようで、こころさんは跳び跳ねた。

目はまだ虚ろで、顔も少しひきつっている。


「ふふ、良い返事ね。一緒に頑張りましょう?」


待て、待て待て。

勝手に話を進めるんじゃない。


「ちょっと。エミィ。」


僕はあまりに独裁的に進めるエミィを妨げるように声を発した。


「なぁに?こころさんじゃ不満だっていうのかしら?」


「そ、そういうわけじゃないですけど。」


「けど?」


弱気な僕の心は二言で散ってしまった。


エミィは一歩も引くつもりはないらしい。

もうここはこころさんを信じるしかない。


「…いい。役はもうそれでいい。こころさんも大丈夫?」


「が、頑張ります!!」


いつの間にかこころさんの瞳はまっすぐで、少しの迷いもないものへと変わっていた。

そうだ、やる前から諦めるなんてもってのほかだ。


…まさか、エミィはこの奮起を狙って?いや、無いか。


ちらりとエミィを盗み見た。

依然として表情は余裕そうに微笑んでいるし、緊張の欠片も感じてないようすだった。


僕もリーダーとして頑張らなくっちゃな。


「じゃあ、次にストーリーだけど…。」


そこまでいいかけた僕の発言を遮り、エミィがとんでもないことを口にした。


「いいわよ、ストーリーなんて。二人はとにかく私に合わせて頂戴。それで大丈夫だから。」


「え!?」


今度は心のなかに留めることが出来ず、声をつい荒げてしまった。こころさんがひっとすこし驚いた。


「いい?たった15分の演技、それも役者は3人よ。向こうはストーリーなんてこれっぽっちも期待していないわ。求めているのは、そうね。6割の対応力と4割のチームワークってとこかしら。」


エミィは僕たちが理解するのを待ってから、スラスラと続けた。


「最初から台本なんて縛りをつけるより、ある程度の筋道をそれなりに彩って、結末に花を飾れば、他のグループなんかよりもよっぽどいい演技ができるわ。ある程度の筋道は任せて頂戴。あなたたちはそれなりにそれなりの演技をしてくれればいいのよ。」


今思えばひどく自分勝手な物言いだったのだが、その時の自分は過度の緊張と諸々の錯乱が相まり、あたかもエミィの意見が正しいと感じてしまった。


最初の役についての発言も、王女よりも自分に都合のよい役の方が多少は動きやすいからなのだろうか。どこまでもわからない人だ。


それにしてもその自信はどこから沸いているんだ。


「まぁでも何よりも大事なのがね。わかってると思うけれど、CiIよ。校訓にもあるでしょう?存分に活用してね。」


エミィは満足したように僕とこころさんに優しく頬笑みかけた。

まるで邪魔だけはするなと言うかのように。



各グループの話す声を遮るように、神崎さんの声が響いた。



Aグループが呼ばれたようだ。


シナリオは無い。全部ほぼアドリブ。


…いいさ、やってやる。受かって見せるさ。



僕はエミィとこころさんに自分なりに優しく頬笑みかけた。引きつっていたかもしれない。



ーーーー



別室に移動し、しばらくたっただろうか。椅子と先程見たCiIが置いてある机しかない小部屋に移動させられて、もう数分放置されている。


緊張が限界を超えようかと言うところでようやく、神崎さんががちゃりとドアを開けて入ってきた。


「待たせてすまんな!設定が色々ややこしくてな。じゃあ皆、これ着けてくれるか。」


すると神崎さんはポケットから3つチョーカーのようなものを取りだし、それぞれ僕たちに手渡した。


かちりとエミィがそれを首にはめた。どうも慣れたような手つきに僕は違和感を覚えた、が、そんなことを気にしている余裕もなく。僕とこころさんはエミィに倣って首にチョーカーをはめた。


「よし、じゃあこれも着けてくれ。着けたら3分だけ体を慣らすための時間があるからな、3分経てば試験スタートだ。頑張ってくれよ!」


そこまで言い切るとそそくさと神崎さんは逃げるように部屋を飛び出していった。なぜか一度もエミィさんの方を見ていなかったような気がする。


僕たちは一斉にCiIを被った。



ずっしりとした重量感が首にのしかかる、視界は一瞬真っ暗に閉ざされたが瞬時に眩いほどに明るく光った。そしてまた、暗転。


首にはめたチョーカーがキュルキュルと鳴り、その音を最後に僕の体は一切の音、光、感覚を失った。


噂には聞いていたが、これほどに非現実的な体験をし、心臓は激しく波打っているはずなのだが、その脈の音すらも聞こえない完全な無。


かなり長い時間、その無を漂っていたような気がする。


すると、先程までとはいかないがすこし明るい光を感じて、僕は目を開いた。そこで初めて僕は目を閉じていたのだと知る。



さっきまでの完全な無とは対照的に真っ白な空間に僕、いや、僕たちは居た。


横にこころさんとエミィが立っている。


こころさんは口をぱくぱくし、あからさまに放心しているようで、エミィは手を握ったり開いたり、まるでゲームの感度でも試しているかのようだった。


僕も初めての仮想空間で、興奮と緊張が入り交じりその場でピョンピョンと跳び跳ねたりした。重力も感じるし、疲労感もある。


「ふーん、よくできているわね。」


エミィがそう呟き、目を少し瞑ったかと思うとすぐに開き手のひらを見つめ始めた。


なにもなかったはずの手のひらに突如、赤いりんごが現れた。

エミィはそれをしゃくりとひと口食べて、そのりんごを上に放り投げた。

しかし、もうそのりんごが地につくことは無かった。エミィが想像を止めたからだろうか。


僕も何かしてみようと思い、手のひらを見つめ、エミィと同じりんごを思い浮かべた。

が、手のひらに現れたのは、赤い不格好な球体でとてもりんごと呼ぶには難しいものだった。


案外難しい。背筋に嫌な汗がにじむのがわかる。


嫌なくらいにどこまでもリアルだった。


「どうやってするんですか、それ。」


手のひらを見つめ続けているエミィに恐る恐る声をかけた、こころさんも興味津々そうにエミィを見つめながら、自分の手のひらを握ったりしている。


「まだ、あまたたちには難しいと思うわよ?」


突き放した言い方に、僕は反感を覚え嫌な顔をした。

エミィはそんな僕を見て、優雅に微笑んだ。


「大丈夫よ。今回は使わないわよこんなの。それにこれから学べばいいじゃない。」


にこにこと笑いながらエミィはそう言った。


「全部アドリブじゃキツいだろうし、大まかに説明するわね。時間もないし、一回で聞いてね。…教室で話してしまうと、雑念が生まれるでしょう?だから話したくなかったの、ごめんなさいね。このテストは素が一番評価されるのよ。」


やけに今回の受験についての知識が多いと疑問を感じた。


質問したいことだらけだったが時間が惜しいので黙って聞くことにした。

こころさんも真剣な表情をしている。緊張は少ししているようだったが、随分ましなようだった。


「じゃあ聞いて。…役は必然的に嫁内君。あなたが王子、それでこころさんが姫ね。私が姫の姉をするわ。あなたたちの地位と関係を妬んだ私が呪いをかけて、こころさんを蛙かなんかにして、私と嫁内君が結ばれる。そしてハッピーエンドのようなものの完成ね。余計な事は考えずに、なりきるだけでいいのよ。」


「後ね、セットのことだけど。CiIに記憶として組み込まれてるはずだから、まさか迷うなんてことはないはずよ」


僕が思っているよりもCiIは随分ハイテクな機械のようだった。

…エミィのおんぶにだっこな感じは否めなかったが、ここは素直にしたがおう。合格さえすればいいんだ、しっかりとエミィが建てた筋道を頭に叩き込んだ。


「じゃあ、そろそろ3分ね。…特別に私と同じグループになれた幸運なあなたたちに最後のアドバイスよ。」


微笑みを絶やさず、エミィは続ける。


「形ある想像よりも、未来を踏まえた思想を大事にしなさい。…わかりやすく言うなら、ポジティブって言うのかしら?」


ここで初めて、饒舌だったエミィの舌が絡まった気がする。


「なんですかそれ。励ましのつもりですか?」


たまらずこころさんがふふっと笑った。初めての笑顔だ。


最後のアドバイスがただの励ましだなんて。これがエミィらしさなのか。


また少し、勇気が沸いた気がする。

出せる力を出そう。



そこでまた、視界が暗く落ちる。



「想像が現実になるの、考えちゃったもん勝ちよ。」


エミィがぽつりとそうはっきり呟いた。

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