第2話


「…どうでした?今年は。」


入試の採点を進めるなか、背後からそう声がかかる、俺は手を止めて振り向いた。志帆先生が立っている。


「あぁ。なかなかの粒揃いだぞ。」


俺はそう言いながら机上に置いてある、8割に合格の判子が押されてある採点用紙を志帆先生に手渡した。


「…ちょっと甘くないですか?採点」


「いや、まぁ。そうなんだが…。」


実際、採点が甘いわけではない。

それほどに今年の人材はどれも惜しい。できることなら、全員を合格にしたいくらいだ。だが…。


「…そういうわけにもいかないんだよなぁ。」


これほど合否に頭を抱えたのは、教師歴12年のなかで初めてかもしれない。


演技に一切の抜かりがない双子に、

どんな役をもこなす天才、

自分の魅力を全て理解している帰国子女、

前向きで見るものに勇気を与える少女…。


あげてもあげてもキリがない。他にもまだ才能を感じる子はたくさんいた。


が、なんといっても今年総合的にみてずば抜けていたのは、理解力と柔軟な対応力だ。


ここの高校は演技力の向上を主に、学を積んでいく。

ここまでならそこらの高校とは大差無い。


しかし、大きな特異点がある。その点こそがこの高校の人気のある点でもある。


それはVR空間での実習。その名もCiIである。


読んで字のごとく、現実で演技をするのではなく仮想空間での演習となる。


まず仮想空間に行くには専用のゴーグルに加え特殊な首輪を装着することになり、それらの効果で五感全てが仮想空間に飛ばす。今年からは少し様式が異なると聞いているが…。


飛ばされた先はさながら現実と変わらない世界が広がっており、演技をするのに全く当たり障りない。


現実との違いと言うのは、自分の考えた事が、実際に目の前で起こることだ。


『想像を創造せよ』


この理念はこの事を表しているといっても過言ではない。


だが、この突飛な環境に即座に対応できる受験者はそう多くなく、大半の生徒が己の実力を発揮できずに終わる。


本来なら、授業の中でこれの使い方を色々習っていくべきなのだが…。


CiIは確かに便利だ。

最初にかかる費用に目を瞑れば、そこからかかる撮影費用は一切かからないし、なにより現実では絶対あり得ないようなシーンも容易に撮ることができる。


でもそれで有用な人材が適応できずに落第となってしまうのは本末転倒じゃないのか…?


黙っている俺に志帆先生が声をかける。


「随分考え込んでますね。難しい顔して。」


「すまんすまん。…何か意見とかあるか?」


俺は採点用紙を指差した。

志帆先生はうーんと少し唸る。


「まぁ他の先生方も大体こんな感じでしたよ。…あと少し気になったんですが。」


そう言いながら志帆先生は一人の受験者の欄を指差した。


件の帰国子女の名が記されている。


「このエミリーさん?でいいのかしら。…やけに皆さん高得点をいれてらっしゃったので。」


あぁ、こいつのことか。

志帆先生が疑問を抱くのは仕方ない、あのあきらかにふざけた演技を目の当たりにしたからだろう。


「うーむ、それはだな…。」


ふと、あのグループの演技を思い出した。

ただでさえややこしい奴なのに確かこいつのグループは一番厄介なエンドを引いたんだったな。

さぞ、あの二人は振り回されたことだろう。


「まぁ俗に言う裏口入学みたいなもんだ。演技こそふざけてはいたが、あの演技力を見たろう?…あのテストは構成や辻つまより、CiIへの理解度と実力が重きを置いてあるからな。高得点になってしまうのは必然なんだ。」


「え、えっと。裏口というのは?」


「これさ」


俺は机の上の採点用紙の横に置いてあったCil用ゴーグルを手に取った。


Cilにおけるデメリットとは何か。

それは、前述したとおり莫大な初期費用である。


最低でも役者の分とそれを客観的に撮すために何セットかは必要になってしまう。

あまり詳しく聞いたことはないが、一セット手にいれるためには俺の給料数ヶ月が飛ぶらしいし、何より入手がとても困難ならしい。

悪用されないために、非常に厳重なチェックを通過せねばならないからだろう。


それらの問題を解決してくださったのが、このエミリーの父親である。

詳しくは言えないが、この高校はエミリー一家に頭が上がらない。


「あぁ、なるほど。」


CiIを見ただけで志帆先生は納得してくれたようで、うんうんと頷いた。


「それと、この子もなんですが…。」


志帆先生はエミリーと同グループ内の嫁内君を指差した。


「彼は最初からCilについて知識があったんでしょうか?」


その事か。確かにあれは俺も驚いた。


「いや、無かったはずだ。あれも彼の才能だろう。」


「そう、ですか。なかなか面白い子でした。これからの成長が楽しみですね。…それでは、続き頑張ってください。」


そう言って志帆先生は用紙を俺の手元に返し、自分のデスクに戻っていった。



さて、もう一度あのグループの演技、見てみるか。

採点はまだ終わりそうにないな。


俺は満点合格者が四名並んだ採点用紙をポケットに入れ、CiIの録画再生ボタンを押した。


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