空気の読めない僕は、すべてのフラグを折ることにしました。

さんずいあき

第1話


「なぁ、こうするしかないのか?」


ガキン!と鉄と鉄のぶつかり合う音が響く。


剣を交え、逡巡を巡らせる彼らの姿からはそれが演技だということを感じさせない。


「あぁ。他に方法はなかった。…いいんだ、これで。」


対峙する彼もにやりと笑い。周囲に緊迫した空気が流れる。


「じゃあ、遠慮はいらないな。…お前とこうするのも、あの時以来か。」


過去を思い出すそぶりを見せる彼の表情はどこか穏やかで、少し悲しそうだった。


「あの頃は引分けで終わっていたな。 …名実共に今日が決着の日ということだな。」


決着。

そう、もう数分経てば、片方のどちらかは地に伏し、こうして言葉を交わすことも叶わなくなるだろう。


「決着か。お互い背負うものが多すぎたな。」


そう、背負うものが、多すぎたんだ。

……背負うもの…?


待ってましたと言わんばかりに二人はニヤリと笑った。


「まさか幼馴染のお前が帝国に寝返るなんてな。」


…あぁ、またか。


「仕方がなかったんだよ、お前と離れるのは寂しかったけどな。」



あぁもう。そんな設定は台本に無い…!


背負うもの…?帝国…?幼馴染……??


こいつらの悪い癖だ。

いつも毎回しなくてもいい演技を、どうでもいい設定を盛り込んでくる。


「俺もだ、お前が急に居なくなったと聞いてからてっきり俺は、第二魔法共帝の奴らの圧政に文句言いに飛び出したのかと思ったぞ。」


「そんな俺が魔法に染まってるから驚きだろ?これ便利なんだぜ、なんせ魔法っていうのはな…。」


「はいもう、ストップストッーーープ!!」


好き勝手する二人にたまらずクラス代表のミカさんが止めに入る。


「えぇー!?これからいいところだったのによー!?」


帝国側(仮)の彼、赤壁修は不満そうに口を尖らせた。


「そうだぜー!!せっかく盛り上がってきたのによー!!」


話を遮られた彼、赤壁将も不満気だ。


赤壁兄弟はいつもこうである。


ミカさんが声高に叫ぶ。


「いらない設定が多いの!それに最終決戦っていう設定なのにべらべら喋りすぎよ!!」


全くもってその通りだ。設定は最終決戦。あくまでその一場面の仮定練習のだけなはずだった。


「はぁもう。…そうねぇ、じゃあ嫁内君だったら今のに何点つける?」


ミカさんは振り返って僕にそう聞いた。

今回の書記係は僕だ。点数をつける役割もある。


……設定盛り込みすぎ、状況理解欠如、本来なら10点満点の半分もないだろう…。


「…8点かな。」


赤壁兄弟は息ぴったりにガッツポーズ、ミカさんは驚き目を見開き僕を見た。


本来なら5点以下…。

でも、


…幼馴染設定はちょっと燃えるな。


「…はぁ、嫁内君はやっぱり王道に弱いんだから。…じゃあ練習はここまで!赤壁君達はもうちょっと自分を抑えるように!!本番は来週だからね!!」


そこで丁度、授業修了のチャイムが鳴った。



僕、嫁内ソラはここ。円義波高校演劇科に通いまだ2週間。



しっかりモブ人生を歩んでしまっている。



ーーーー



さかのぼること2週間。

入学試験の日。


「…ここだな。」


僕は受験票と照らし合わせ確認し、1年A組のドアを開けた。


ピリピリとした張り詰めた空気に全身の毛が逆立つ。


あぁお腹痛い…。


慣れない雰囲気に気圧されながたも、黒板に貼られていた席表に従い荷物をおろし席についた。


試験説明開始までまだ30分あるのにも関わらず、もう席はほぼ全て埋まっている。

ざっとみて数十人は居るだろうか。


緊張でどうにかなりそうだ…。参考書でも持ってくれば良かった…。

他の人達の目が殺伐としているように見える…。


「…ねぇ。」


目の前に座っていた女の子が振り向き話しかけてきた。急な出来事に思考がピタリと止まる。目に入る情報はなんとか処理できた。


ポニーテールで、整った顔立ちに眼鏡。

真面目そうな顔つきに、人当たり良さそうな先頭に立てる気質にある女の子である。


そんな女の子が恥ずかしそうに首を傾げて笑う。


「ちょっと緊張しててさ、少しお話しない?」


緊張しているのは僕も同じなのでコクりと頷く。


「君、名前何て言うの?私は矢照美香。」


「よ、嫁内空です。」


「よろしくね。嫁内君。」


「…皆さ、顔恐くない…?確かに受験ライバルかもしれないけどさ。」


「…だね、さすが高倍率高校ですね。」


「そりゃ皆ピリピリするのは仕方ないか。せめて私たちは仲良くしようね、もちろん恨みっこ無しよ。」


「うん、お互い受かればいいですね。」


「ふふ、だといいわね。…もうそろそろ始まるみたい。」


にこりと笑うその笑顔に表裏はない。…と信じたい。


よし、彼女のおかげで、少しだが気が楽になった。彼女が友達一号となる事を心から願う。


時計が定刻を指した瞬間に、がらがらと扉が開きスーツを着た男女が入ってきた。


一層、周りの人の顔つきが真剣になる。空気も更に張る。



入ってきた男の方がぱんと手を鳴らし、注目を集めてから話始めた。場にそぐわない声が教室に響く。


「あー、本日は。円義波高校に来てくれてどうもありがとう!…まあ実際に、ここに通えるようになるのはお前らの半分も居ねーがな!!」


表裏の無い笑顔とはこの事を言うのだろうか、悪気なさそうにガハハと豪快に笑っている。


「じゃあ早速、試験の説明をするぞ!!遅れたが俺は神埼!こいつは志帆だ!」


女性が男をキッと睨む。


「…佐藤志帆です。」


曰く志帆さんはすかさず訂正をいれた。大男の説明は続く。


「えーとな、今からいくつかのグループに分かれて実際に演技をしてもらう!…これを使ってな!」


ガシャガシャと大きなかごを教卓の上に置いた。


それはヘッドセットのように見えた。いや大きな箱形の眼鏡のようなものも着いている。

あれが噂のCiIなのか。


「まずはグループ発表してくぞー!よく聞いとけよー!!」


志帆さんがポケットから紙を取り出し、名前を読み上げていった。


「…グループA、赤壁修、矢照美香、青葉健。……。……、……。」


順にグループが発表されていき、僕はグループDの僕、エミリー、小野心さんのチームだった。残念ながら、ミカさんとは別グループのようだ。


「大まかな流れと時間を書いた台本配るから、それを見てグループ同士話し合ってくれ!今からきっかり一時間後にスタートするぞ!」


台本が前から配られる、ミカさんから僕に台本が手渡されるとき、ミカさんは小さくウィンクをしてくれた。


宣戦布告というわけじゃないだろう。

僕も小さく頷いて返した。


そこから席移動が始まり、各々グループ別に固まって座った。

グループ内の人は仲間と見ていいだろう。しかし、他グループは、ライバルだ。


グループはEグループまであった。多く見て4グループしか合格はできないらしい。

およそ同グループだ思われる人が自分の元に集う。


対称的な女子二人だ。


「よろしく、私はエミリーよ、エミィでいいわ。」


「…わ、わたし小野心…!よ、よろしくお願いします!」


「僕は嫁内空。よ、よろしくお願いします…。」


背の高いモデル体型の金髪女子はエミィさん、背の低い彼女はこころさん。今回における試験での頼もしい味方だ。

こころさんは少々緊張しているようだが、エミィさんはとても落ち着いているように見える。


こころさんと軽い共通点を感じ、エミィさんの少し威圧的な態度にまた緊張が重なる。


軽く自己紹介を済ませた僕たちは、台本を開いた。


表紙ををめくり、まず目に入ってきたのは、見開きに大きく


『蛙のお姫様』


とあった。このページはただそれだけ。


もう一枚ページめくる。


役:姫、王子、自由枠

時間:15分


このページもそれだけだった。

そこでその冊子は終わっている。


台本と呼ぶには圧倒的に情報が足りない。セリフも進行も始まりも終わりも書いていない。


予期せぬ事態に固まっていた僕の背後から不意に声がかかった。


「おー?調子はどうだー??」


「…はいこれ。一枚選んで。エンディングをこれで決めてもらうわ」


先程の二人だ。

志帆さんが小さな紙を数枚、トランプのババ抜きのような感じで僕にずいと出してきた。


僕は困惑してエミィとこころさんに目配せした。

こころさんは目をそらし、エミィは小さく笑いどうぞ?と言わんばかりに右の手のひらを出す。


責任なんて知らないからな…。

僕は仕方なくその数枚の中から一枚選んでひいた。


「お、当たりじゃないか、頑張れよー!」


そう言い残し二人は他のグループの所へ行ってしまった。


引いた紙を開き中を覗く。二人も僕に倣う。


『ハッピーエンド…?』


そう書いてあった。


僕らは顔を見あわせ、少しの沈黙に包まれたがすぐにエミィが口を開いた。


「グループで違うのかしら。」


台本は配りかたからみて、内容は全く同じだろう。


相違点は結末と、自由の枠に何をいれるか。ということか。

たしかにやっかいな結末を引いてしまったらしい。吉とも凶ともでる。


「どうしようかしら?リーダーさん?」


エミィはニコニコと僕にそう言った。

いつのまにか僕はリーダーになっているようだ。



「…じゃあまずはシナリオは考えます、お姫様はどっちがしたいですか…?」


30分ばかりの作戦会議が始まった。




「はい!じゃあ詳しい説明するから聞いてくれー!」


シナリオ構成に四苦八苦していた所で、神埼さんがまた注目を集めた。


「グループ総合点に個人点を加えた競合式のテストになっていて、テストはこれをつけてもらうぞ!ちょっと見ておけ!」


神埼さんはそういうと教卓の上にあったヘッドセットを自分の頭に装着した。


と同時に教卓の横のプロジェクターが作動し、僕たちの居る教室が黒板に映し出された。


「皆も少しは知っていると思うが、ここは仮想空間みたいなもので、想像力さえあればなんでもできるんだ!」


映像の中の教室の机が一つ神崎さんの手の動きに合わせてひょいと空中に持ち上がった。

もちろん現実では何も起きていない。


「ま、これは実際に体験してもらった方がわかりやすいかな、つまりだ、お前らはこの中で演技をすることになる!ま、わかってるわな!」


円義波高校の代名詞とも呼べる仮想空間での実習。ここに座っている人達でそれを知らなかったなんてひとはいないだろう。

そこまでいうと、神埼さんはヘッドセットを外した。


映像もそこまでで途切れた。


「じゃあグループA!ついてきてきてくれ!!」


そう言うと神埼さんと、グループAの人達は、別室に移動した。

どうやら他のグループの演技は見れないらしい。


「…グループ間のリードを減らすため、もう一切の会話を禁止します。」


志帆さんは静かにそう言った。


エミィさんは依然と笑みを絶やさないし、こころさんはまだ少し震えているようだった。


ダメだ、上手く行くビジョンが見えない。


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