第4話


『蛙のお姫様』


ここは、とある王国。

今日も楽しげな仲睦まじい二人の笑い声が聞こえてきます。


「ねぇソラ。今日もお散歩に行かない?」


こころ姫が王子に話しかけます。


「いいね、そのあとに昼食でもとろうか。」


はい!とそう応えるこころ姫も王子もとても、とても幸せです。


これまでもこれからも二人はずっと、仲良しです。



(…とでも考えてるんでしょうね、妬ましい)


毎日毎日、おのろけはもううんざりだ。

何度もあの幸せそうな空間をぶち壊そうと考えたが、私の身分もあるので、なんとかこらえることができていた。


でももう、我慢の限界だ。


私だって、ただ妹の幸せそうな姿を見て嫉妬している訳じゃない。

わざわざ母さんと父さんが私達二人にお見合いさせて、王子は妹を選んだのだ。

私の方が絶対に彼の事を愛しているし、彼も同じ気持ちだとばかり思っていた。


(…でも選ばれたのは向こう……!)


今日こそ、実行する。

彼が妹を愛せなくなるようにしてやる。


ーーー


やっと始まったわね。実技試験。


よし、私があんな啖呵切ったんだから、私がアクションを起こさないとね。

素のリアクションだとかなんとか言ったが、邪魔さえしてこなければいいわ、私が思い描いてる通りに事が運べばいいの。


…と、確かCiIは思考を読み取るついでに記録までしてるんだったわね。

余計なことは考えない。さっき私言ってたじゃない。



ーーー



僕は王子…王子だ。


いつもみたいにいじけてちゃいけない。

いつも中学の部活では脇役ぐらいしか回されていなかったが、この大舞台で初の大役だ。(必然的にそうなったわけだが。)


王子。…王子らしさってなんだろう。


想像しろ、考えるんだ。

自信は態度に現れる、想像は現実になる。

ここはCiIの中なんだから。僕をバカにする声も聞こえない。


胸を張ろう。


まずはエミィが妬ましく思えるように、姫と仲良くせねば。



ーーー



エミィさんはきっと私じゃ合格が厳しいと考えてくれて、私に主役を譲ったの。


せめて足を引っ張らないようにしなくちゃ。


最後にエミィさんと空くんを結ばれるようにしたらいいんだよね。

それまでは私が空くんの恋人だ。


途中で役が終えるのは悲しいけど、そういう役回りだから割りきらなきゃ。


深呼吸…。


よし、頑張るぞ。声を張れ私。



「ねぇソラ。今日もお散歩に行かない?」


ーーー



僕たちは城内にある花畑の石垣に腰を下ろし、昼食をとっていた。


散歩と言っても城外への外出は禁じられているので、僕と姫はいつも決まってこの場所で二人の時間を楽しんでいた。


(妬ましくなるなら、そう短い期間の付き合いじゃないのかな。)

「姫。明日で僕らが出会って半年になるね。」


黄色い花畑を眺めながら、私と空くんは私の作ったサンドイッチを食べ、そんな話をしていた。

緊張なんて一切感じず、まるで空くんとこうしているのが当たり前なような錯覚に陥る。


(すごい、本当にいままでずっとこうしていたみたい。CiIのせいかな。)

「そう、ね。もうそんなに経つんだ。」


ふと視界の端の方、エミィが花の手入れをしているのが見えた。

いつも決まって僕たちがここにいる時に彼女もそこにいる。姉に嫉妬しているくらいだし監視でもしているのだろうか。


…尺は短い。行動は早めに。


「あっという間だったね。…目瞑って、姫。」


素直に応じてくれるとは予想していなかったが、意外にもすんなりとこころさんは目を閉じた。


姫の唇にそっと口づけを交わし、僕は立ち上がって姫に手を伸ばした。


「じゃあそろそろ行こうか。ほら。」


僕たちは手を繋いぎ、城の中へと戻った。



城の中に戻り、私達はそれぞれの部屋に別れた。

今でもまだ胸が高鳴っているし、頬もとても熱い。


CiIのせい、それにこれは演技だ。そう自分に言い聞かせ、私室のベッドに腰掛けた。


すると、少しの間も置かずに姉のエミィが部屋に入ってきた。


ひどく憤慨した様子で、私を睨み付けていた。


ーーー


いつも決まって私が花達の世話する時間に、妹は彼と昼食を食べる。

それもわざわざこの花畑で。


嫌がらせのために、妹の私に愛し合ってる姿を見せつけて、優越感にでも浸っているのだろう。心底苛つく。


あぁ王子と言葉を交わすな売女め…。


見たくもないのに嫌でも視界に入ってくる。

でも、今日まで。今日やっとこの我慢が報われるんだ。


心を落ち着かせようと、視界からそれを外そうとした。

その時だった。


妹が王子にキスをした。


私の愛する花畑の真ん中で、愚かに、醜く。


…一切の迷いが無くなった。あいつはすぐにでも地獄を見るべきなんだ。



黄色い蜜で溢れる小瓶を握りしめ、逃げるように城に帰る妹の後を追った。


ーーー


「ど、どうしたのお姉ちゃん…?」


怖かった。それが演技だと言うことをも忘れさせ、鬼の形相で迫るエミィの姿は純粋に私を恐怖させた。


お姉ちゃんは手に嫌に蛍光色な黄色い液体の入った小さな瓶を握りしめていた。


「…あんたが、あんたが悪いのよ!」


姉は大声で怒鳴り、その小瓶の中の液体を私にぶちまけた。

とっさに身構えたものの、両手全体と顔の左半分にそれがかかってしまった。


私は大声で悲鳴をあげ、力無くその場にへたりこんだ。


…いつの日かの、誤って自身のアレルギーの植物に触れてしまい、身体中が湿疹だらけになったのを思い出した。いや、思い出が重なった。


両手の異常な痒さに、現実に思考が引き戻される。


目を疑った。あの日なんかよりも比べ物にならないような凄惨な事が私の体に起こっていた。

液体を被った両腕にイボのようなものができている。大量に。


顔も痛い。なんとか痛みを我慢し、姉の方を見た。


もう自分の知るお姉ちゃんなんかじゃなかった。


光悦に浸ったように、心の底から満足したように、これ以上にないくらいの幸福が訪れたとも言わんばかりに歪んだ笑顔に。


「…か…あ………ぁ…!!」


声すらも上手く出なかった。


「あは、ひどい顔!出来物だらけよ!…イボガエルみたいで傑作だわ!あはは!あは!あははは!!!ねぇこころ?今度は王子、どっちを選んでくるかなぁ?」


イボガエル。

人生が閉ざされたような絶望に、涙が溢れる。

その涙さえも私の顔に激痛を走らせた。


ーーー


姫と一旦別れ、部屋に戻って少しの息をつくまもなく姫の悲鳴が聞こえ、僕は急いで姫の部屋へと向かった。


「僕だ!開けるよ!」


まず、目に飛び込んできたのは床にうなだれている姫の姿だった。


僕は気が動転しそうな思いで駆け寄った。


「…いや……み……な……ぃ…で……!」


苦しそうに喘ぎ喘ぎ姫は確かにそう言った。

赤く腫れた両腕で顔を必死に隠している。


「やだ、きっとアレルギーのものでも入ってたんですわ!」


エミィが叫ぶ。


嘘だ。と僕は思うだろう。


だけど、いま僕は嫁内空じゃない。

婚約者が危機に陥り、焦りまくっている哀れな王子だ。


「僕はどうすればいい!?」


エミィは小さくニヤリと笑った。


「私の部屋に薬があるはずよ!付いてきて下さい!!」


「待ってて姫。大丈夫、何とかするから!」


他にどうしようもない王子は一心不乱にエミィの後を追った。



すぐに目的の部屋にはたどり着いた。

が、一向にエミィは薬を探すそぶりを見せない。


「お、おいどういうつも…!?」


エミィのひとさし指が僕の唇に触れ、言葉は遮られる。


「こころはね、あなたにずっと隠しているの。あれがあの子の体質よ。よくああなるのよ。最近は落ち着いてたんだけどね」


姫への思いが揺らぐ。

あの姿が。姫の本当の姿。


「今からだって遅くないわ。私と一緒になりましょう?きっとお母様達も認めてくださいますわ。」


ぐん、と首もとに力がかかり僕はエミィに吸い寄せられる。多分、エミィがそう想像したからだろう。


時の流れが遅くなり、エミィの両腕がするすると僕の首もとに回される。

甘い匂いを漂わせながら、エミィは静かに目を瞑った。


ーーー


そして、私の魅力に耐えきれなくなった王子様は、姫の事なんか忘れて私に優しくキスをするのでした。


ーーー


…首にいくら力をかけても抵抗ができず、唇が触れるすんでの所でエミィの気は緩んだのか、なんとか自分の体をエミィから引き剥がすことができた。


王子様ならそうしたかもしれない。

エミィは言っていたんだ。素の自分を演じろと。


嫁内空なら。僕ならあり得ない。


自分からキスを迫った相手をおいそれと裏切る勇気は無い。ここで一度心に決めた相手は最後まで愛するなんてセリフが出ればかっこいいのだが、ただただ臆病なだけなんだ。


来た道を戻り、姫の、いや、こころさんのいる部屋に入った。

こころさんは苦しそうに呻きながら、ベッドにもたれかかっていた。


僕をちらりと一瞥した後、安心したようににこりと弱く笑った。


「それでも僕は君が好きだ!」


力強くこころさんを抱き締めて、シーンエンド。



その場のテンションに任せ、ありきたりなでひねりも無い小学生のような恥ずかしいセリフを吐いた自分を呪うまもなく視界はまたすぐに暗転した。



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