10.

「分かっていると思うが、お前は何の力もない子供だ。だから、お前はこれからも布施の家で過ごすことになる」


 帰り道、夜空の下で赤江さんはそう切り出した。


「逃げたところで何も終わらない。だけど、安心しろ。始まることはある。お前はまだ生きているんだからな」


 そう言った一瞬。赤江さんの目が不思議な色で煌めいたのは、私の気のせいだろうか。


「生きるのに慣れるまで、まあいつもとは言わねえが俺が見ていてやるから気楽にやれ。逃げ出したくなったらまた言えよ」


 酷薄こくはくに赤江さんは言う。


「いざとなったら、俺が終わらせてやる」


「……一つ、いいですか」


 私はそう言った。


「いいぜ。何だ」


「他人で、今日初めて会ったばかりなのにどうして赤江さんはそこまで私を気にかけてくださるんですか」


 そう言うと、ふむ、と首を傾げてあっけらかんと赤江さんは言った。


「勘だな」


「勘って……」


「まあ言うならば直感ってやつだ。根拠なんかねえよ。根拠はねえが、お前とはこれからなんか長く続きそうな気がする。そう思っただけだ」


 ニヤリと赤江さんは意味深に笑った。


「これでも俺の勘はよく当たるそうなんだぜ?……ああ、それと」


 そう言って赤江さんは笑みをふっと顔から消した。


「昔、よく覚えてねえんだけどな。全ての人間を慈しみ愛しているような知り合いがいてな。出会いとか縁は大切にしておきてえと思ったんだ」


 そう言う顔は何だか変で彼には似合わないが、寂しげで。


「俺は忘れっぽいから、そいつの声とか表情とかよく思い出せねえんだが。大事なことのような気がしてな……」


 目を伏せて地面を見つめたまま赤江さんは言った。


「だから、俺はお前のことも愛すぜ蓉子」


 何だろう。

 私は経験したことのない感情に戸惑った。

 他の人のことを語る赤江さんの言葉を聞いているとモヤモヤしてしまう。

 この気持ちは、何だろう。

 何かは分からないが。今は知らなくてもいい気がする。

 だから、私はただこう言った。


「ねえ、赤江さん。星が綺麗ね」


 それは赤江さんが言った月が綺麗な晩に対するせめてもの返答で。


「ああ」


 赤江さんは空を見上げて言った。


「空にあるのは月だけじゃねえな。夜空の星も、俺たちの歩いて行く夜道を照らしてくれるといいんだが」


                 了


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ルナティックロード 錦木 @book2017

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