4.
そう言った彼に私はなんと返答してよいものやらと思ったが、とりあえずこのように返した。
「とりあえず、その蓉子ちゃんというのはやめていただいてもいいですか。ただの蓉子でいいです」
「そうか。じゃあ蓉子も俺のことを創って呼んでいいぜ」
「いえ、それはさすがにちょっと……」
「奥ゆかしいんだな蓉子は」
初対面でその対応に奥ゆかしいも何もあったものじゃないだろう。
やけにフレンドリーな赤江さんのキャラに戸惑いながら、私はおずおずと言った。
「とりあえず赤江さん、でいいですか?」
ぎゅっとブラウスの胸の辺りを握って私は言った。
緊張しているのか汗が
「おう。いいぞ」
赤江さんはクカカと楽しそうに笑った。
「本当に呼び捨てでも俺は気にしないぜ?なんだったらお兄ちゃんって呼んでもいいんだぞ?」
「誰かにそう呼ばせているんですか?」
解いていた緊張を戻して、身構える私である。
そういう趣味はないとか、先ほどの発言が疑わしくなってくる台詞である。
「誰か?うーんそうだな妹……」
「妹さんがいらっしゃるんですね失礼しました」
「……妹みてーに思っている年下の女子に罰ゲームでそう呼ばせたことはある」
「アウトですね」
冷ややかな目を向ける私である。
「つっても別に俺が言い出したわけじゃないぜ?そいつがやりてえっていうから」
「典型的ないじめっ子の台詞ですね」
「んだよ、やけに突っかかるな蓉子は。悪いことは許せませんっていうクラスの委員長タイプか?」
「……いえ、私はどちらかと言えば問題児です」
問題児。
クラスメートに向けられた視線を思い出す。
異端者。異邦人。亡命者。
疎外。迫害。天涯孤独。
そんな気分を目の前にいるお気楽そうな大人は。
味わったことがないだろう。
それでいい。
味わわなくていい。
こんな思いは。
私一人で十分だから。
「ふーん。問題児ねえ」
目を細めて赤江さんは私を見る。
「そんな風には見えねえけどな」
そう言って口元に笑みを浮かべた。
「ま、なんにせよだ。こんな夜にお前みたいなちっこいやつが走り回っているのには何か理由があるんだろ?人生の先立に話してみろよ」
「ラ、ランニングしてました」
嘘が下手にもほどがある。
「ふーん。マラソン大会でもあんのか」
「いえ個人的な趣味です」
「いつも好きで走ってんのか?こんな夜中に」
「ええ」
こうなれば貫き通そうと嘘に嘘を重ねる私であった。
走るのは、苦手です。
「なるほどなあ。分かったぜ」
赤江さんは
分かってくれましたかそうですか。
納得してもらえたかとホッと胸を撫で下ろすと、赤江さんはあっさりと言った。
「嘘が下手なんだな、蓉子は」
私がギクリと固まると赤江さんは言葉を続ける。
「何でそんなことが分かるのかって?」
私が疑っている目をしていたのだろう。
そう言うと赤江さんは長い指を一本立てて見せた。
「まず一つ、走るのが好きで日常的に走るやつはそんなにひらひらした格好してねえよ」
私が身に
「次に筋肉の付き方だ。お前はほっそりしててはっきり言ってすげー細い。走るやつの筋肉が付いていない」
そう言って赤江さんは私の足をじっと見る。
そんな短時間でそこまで見ているとは。
ただの変態さんじゃないのですね、という言葉を飲み込む。
いや、反対に変態だからそこまで見ていると言うべきなのでしょうか?
「それに最後に一つ」
そう言ってしばらく間をためると赤江さんは言った。
「お前の祖父さんからお前は体が弱い箱入り娘だと聞いたんでな。それこそ体育の時間はいつも見学しているというくらい」
「……お祖父様が、あなたに……?」
顔が一気に
私のことを、話したというのか。
何を、話したと。
「そこまで言えば話はだいたい分かってもらえると思うがな」
赤江さんは大儀そうに首の後ろを
「お前の祖父さんから、俺は依頼を受けてここに来ている。お前に会ったのは偶然じゃなくて最初からここで待ち伏せしてたってところだ。依頼の内容は家出少女であるお前を家に連れて帰れってことでな。さあ、ここで選択肢だ蓉子」
隠すでもなく
一気にそう言って赤江さんは今までの軽やかな態度を崩し、重大な話を、大切な話をするときの真剣な顔になった。
「俺について大人しく帰るか。それとも拒否するか。二つに一つだ」
赤江さんは、今度は指を二本立てた。
「まあ拒否したとしても、依頼を受けている以上俺は引きずってでもお前を連れて帰るけどな」
そう言って
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