2.
街には人影もなく誰も歩いていない。
道路を交差点を、裏道を走って走って走り抜けて。
私はやっと逃げ場所を見つけた。
先日まで通っていた小学校の前にたどり着いた。
逃げ込もうとする私を待ち受けていたかのように校門には鍵がかかっておらず、誰にでも開け放たれている。
私は門をくぐりぬけると校舎へ入った。
玄関を通り抜けて脇の階段を上り、踊り場を走り抜け、さらに上へ駆け上がっていく。
目指す先には屋上がある。
外に出るための扉にさえ鍵はかかっていなかった。
いくら何でも不用心すぎるのではという話だが、私は全く疑問を持たずに扉を開け放つ。
綺麗な月が、目に飛び込んできた。
漆黒の空に揺らめく、銀の光。
昼間の太陽とは違って、どこか狂い咲きした花のような美しさで。それは誰も拒絶しない優しさで淡い光を夜に降らせていた。
私は月光に目を奪われて、そして。
扉が既に開いていた理由。
屋上には私一人ではなく、先客がいたことに気付いた。
「月が綺麗な晩だな」
そう言ってその人は腰掛けていた金網から降り立った。
見上げるほどに大きな……、私の身長の二倍はある金網の先端に座り、難なくそこから飛び降りると見事な着地をしてみせた人間離れした身体能力に目が離せなくなってしまう。
ずいぶん大きな人。
一目見た感想は、そのようだった。
実際彼の身長は二メートル近くもあり、日本人離れした手脚の長さもそれを強調していた。
ただそれだけでなく。
性格的な器も大きいのだということは後で知ったが。こちらを見つめてくる金色の瞳はおおらかな……、思慮深さを感じるような深い目だった。
第一印象はその後の印象の大本を決めてしまうと言うが。
少なくとも私の彼に対する印象は、夜に突然自分が生きる世界とは別次元の、何か高貴なるものに出会ってしまったというものだった。
あちらが黙ってこちらを見つめてくると、私が何か悪いことでもしてしまった気になってくる。
物語の中でしか見たことのない、王様を前にしたような。
威圧感にたじろいでいると、それ……、おそらく人の姿をしているけど人間離れしている何かは私に話しかけてきた。
「お前がお嬢さん。んー……、
考え込む様子はどうやら名前を思い出していたらしい。
思ったより軽いその口調に呆気にとられた私は、その名が口から飛び出してきたのを聞いて表情を険しくした。
嫌悪感を、感じた。
目の前の彼に対してというのではなく。
その名にも、自分の存在にも。
歯を食いしばる。
恐怖感も不安感も畏怖も消し飛んでいた。
初対面ということも、年上に対してということも関係なく、自分でも驚くほどきつい口調で告げる。
「気安く呼ばないでください。私に、近寄らないで」
そう言うと彼はいかにも人が良さそうに。
けどいい人とは言えそうにない獰猛な顔で笑った。
「そーかい。俺はぜひともお近づきになりてえんだけどな」
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