第16話 詫び状は丁寧な字で
「一体、何を持っていったらいいのかしら」
太田さんがため息をつく。
「そうですね」
私は売り場の和菓子たちをじっと見渡した。
菓子折りの相場は五千円くらいだろうか。その中で日持ちのするものや常温保存が可能なものと考えると……。
「それだったら、この羊羹かゼリーの詰め合わせはどうでしょうか」
「そうね、お年を召した方だし羊羹とかいいかも」
羊羹の詰め合わせを手に取る太田さん。
「あ、それと――」
太田さんが鞄からファイルを取り出す。
「お詫びの手紙を書かなくちゃいけなくて。これでいいと思う?」
私は手紙をひと通り読んだ。特におかしい所は無いように思う。
「いいと思います。ただ……」
太田さんの字は下手という訳ではない。だけれどかなり丸文字気味というか、社会人というよりは女子中高生が書いたような文字に見える。
私の言わんとしている事が分かったのか、太田さんの顔が曇った。
「問題はこの字よね。でも私、こういう文字しかかけないし」
と、太田さんは私の書いたポップに目をとめた。
「ねえ、もしかしてこの字、果歩ちゃんが書いたの?」
「ええ。そうですけど」
すると太田さんはガバリと頭を下げた。
「ねぇ果歩ちゃん、もし良かったら、この文章清書してくれない?」
私はグッと唾を飲み込んだ。
私の悪口を言っていた人のために、どうしてそこまでしなくちゃいけないのか。そんな思いも湧き上がってくる。けど――。
私はコクリとうなずいて太田さんの頼みを了承した。
「はい。やってみます」
「えっ、いいの?」
「はい。少しお時間をいただきますけど」
「ええ、それぐらいは大丈夫よ。ありがとう」
――けど、今の私にはそれは関係のない事だ。
何より私は今ここで、兎月堂で働くことができて楽しい。
だから過去のことは、もういいのだ。
悠一さんが私の肩を叩いた。
「もしここじゃ書きにくかったら、僕がレジに立つから、そっちの机でやっていいよ」
「はい、ありがとうございます」
気持ちを整え、太田さんの詫び状を清書していく。
丁寧に、しっかりと。お詫びの心が相手に伝わるように、一文字一文字記していく。
「できた」
額の汗を拭う。
緊張したけれど、無事に詫び状は完成した。
「これでどうでしょうか」
太田さんは目を輝かせて詫び状を受け取った。
「わぁ、ありがとう。果歩ちゃんって、本当に字が上手いのね」
「ありがとうございます。その、少し習字を習ってたので」
「そうだったの。全然知らなかった」
太田さんの表情が少し曇る。
「ねぇ果歩ちゃん、ここで働くの楽しい?」
「はい」
「そうよね。前よりずっと顔色もいいし、堂々として見える」
太田さんは視線を落とし、大きな溜息をついた。
「うちの部署の契約社員が切られて、私みたいに他の部署に移った人が何人かいるんだけど、結局新しい部署でやっていけなくて辞めてしまった人も結構いるみたい」
「そうなんですか」
「果歩ちゃんは、ここに転職して正解だったかも。ここでのあなた、凄く生き生きとして見えるもの」
「そ、そうですか?」
私は頭をかいた。
確かにここに来てから仕事も楽しいし体調もいい気がするけど。
「あなたが羨ましいわ」
ポツリとつぶやく太田さん。
私は返事をすることができなかった。
「それじゃあね。お仕事頑張って」
「はい」
私はお店を出ていく太田さんの後ろ姿を見つめた。
心の中に残っていたモヤモヤしたものが、何だかすうっと晴れていくような気がした。
「果歩さん、さっきのお客様、果歩さんの知り合い?」
悠一さんに見つめられ、ハッと我に帰る。
「は、はい、前の会社の人です」
「そうなんだ。果歩さん、少し苦手そうにしてたから、大丈夫かなって思って」
悠一さん、よく見てるなあ。
「いえ、苦手だなんて」
私は無理矢理笑顔を作った。
「ただ、私には無いものをたくさん持ってる人で、私には何も無いから、それで羨ましかったんです」
すると悠一さんは真面目な顔をしてじっと私を見つめた。
「そうかな。僕には果歩さんには、良いところがたくさんあるように思うけど」
「そ、そうですか?」
まさか悠一さんがそんなことを思ってくれていただなんて。
お世辞でもなんだか嬉しい。
「ありがとうございます。私、ここで働けてよかったです」
そう言うと、悠一さんは嬉しそうな顔ではにかんだ。
「そう。良かった」
窓の外、見上げると青い空が輝いている。初夏の風がそっと、街路樹の緑を撫でていった。
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