第5話 引っ越し
「はー、この部屋とも今日でお別れかあ」
ダンボールに囲まれたワンルーム。カーテンのない窓から差し込む光は、いつもより力強い。
引越し作業を一段落させ伸びをしていると、インターホンが元気よく部屋に響いた。
「はーい」
広くなった部屋を軽快に横切りドアを開けると、そこにいたのは背の高い男の人――兎月堂の店主、卯月さんだ。
今日はお店がお休みだという卯月さんは、わざわざ私の引越しの手伝いをしに来てくれたのだ。本当に良い人。
「約束の時間より少し早いけど、準備は良さそう?」
卯月さんは部屋の中を一瞥すると、腕時計に視線を落とす。
「はい。今日はよろしくお願いします」
私が頭を下げると、悠一さんは小さくうなずいた。
「うん、よろしく」
卯月さんは靴を脱ぎ部屋の中に入ると、部屋の隅のダンボールを指さした。
「じゃあ早速だけど、そこのダンボール、運んでいい?」
「はい」
そのダンボール、結構重いので気をつけて、そう言おうとした私だったけど、卯月さんは苦もなくダンボールを持ち上げると、テキパキと外に運び出していった。
びっくりした。卯月さん、そんなにがっちりしているタイプでも無いのに意外と力があるんだなぁ。
男の人って、みんなそうなのだろうか。何となくソワソワした気分になる。
「とりあえず荷物は全部外に出して、それから軽トラの荷台に乗せようか」
「はいっ」
二人で卯月さんの乗ってきた軽トラックにダンボールを乗せていく。
最初は二人だけじゃ大変かなと思ったんだけど、朝から引越し作業を始めて、何だかんだで昼前には全ての荷物を軽トラに乗せて新居に到着することができた。
兎月堂の看板の前に軽トラックを駐車する。
「兎月堂の二階が私の部屋なんですよね?」
お店の二階を見上げると、確かにアパートのようになっていて、部屋がいくつかあるのが見えた。
「そうだよ。階段急だから気をつけてね」
お店の横にへばりつくようにしてある狭い階段を上がり、二階の鍵を開ける。
玄関を上がると、目の前にキッチンとリビングが見えた。建物は古いが、中は意外と綺麗。
綺麗なのは良いんだけど――なんだか人の気配があるような?
卯月さんが見せてくれた玄関には靴と傘があったし、リビングにも台所にも明らかに物があって、妙に生活感がある。
ひょっとして前の持ち主が置いていったのだろうか。
「あの」
「それで、こっちが果歩さんの部屋」
卯月さんが玄関から見て左側の部屋を開ける。
その部屋は、リビングと違ってがらんとしており、私の私物を全て置いても余りそうなほどスペースが広い。
「大きいですね」
「うん、昨日必死で片付けたから」
二人で部屋を出る。
「それで、そっちがトイレとバスルームで、こっちが僕の部屋」
卯月さんが玄関から見て右側の部屋を指さす。
「えっ?」
今なんて? 僕の部屋?
「なに?」
卯月さんがキョトンとした顔で振り返る。私は恐る恐る尋ねた。
「あの、卯月さんもここに住んでるんですか?」
卯月さんはあっけらかんとした顔で頷いた。
「そうだよ。言ってなかったっけ?」
き、聞いてないっ。
私はまじまじと卯月さんの顔を見た。悠一さんの顔には特に悪びれる様子や慌てる様子は見えない。
私は卯月さんの言葉を思い出す。
“僕も上に住んでいるんだけど、部屋が一つ余ってて”
あっ、確かにそんなことは言っていた。
でもあの言い方だと、まるっきり別の部屋だと思うじゃない。でもこれだと同じ部屋に住んでいるのとほとんど変わらないような……。
もしかして私、騙された?
まさか卯月さんと一緒に住むだなんて――そんなのあり!?
「あれ、果歩さん、こういうことだって知ってて、アルバイトすることをOKしたんだよね?」
卯月さんが恐る恐る確認してくる。
いや、聞いてはいたけど、でもあの言い方だと、まるっきり別々の部屋だと思うじゃない。まさか寝室以外が一緒だなんて!
「いえ、でもまさかそういう事だとは思っていなくて」
卯月さんはきょとんとした顔をする。
「ほら、でも一緒と言っても寝室は別々だし、別に問題ないと思うけど。風呂、トイレ共同の寮に住んでるものだと思えば」
うーん、そういうもの?
もしかして、こんなことをいちいち気にする私の方がおかしいのだろうか。
あんまり警戒するのも、ブスのくせに自意識過剰だと思われるかな。
そうだ。卯月さんぐらいイケメンならいくらでも女の子を選べるだろうし、私みたいな色気の無い女をわざわざ襲うなんてことは無いよね。
卯月さんの言う通り、お風呂とトイレ、台所が共用なだけで、基本的には別の部屋だ。別々に住んでるのと、そんなに変わらないのかもしれない。
びっくりしたけど、やっぱり家賃ゼロ、通勤時間ゼロは魅力的だ。
前のアパートはもう解約しちゃってるから、どっちみち他に住むところもないし。
それに家賃がかからないだけでなく、光熱費や家事も折半できるし、考えてみたら二人で住むのはいい事づくめかもしれない。
「やっぱり嫌? やめる?」
「い、いえ。ここでいいです。考えてみれば、ルームシェアみたいで楽しそうかもしれませんし」
力強く返事をすると、卯月さんはホッとした表情を見せた。
「これからよろしくお願いします」
「よろしく」
私たち二人は、互いに頭を下げあった。
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