第3章 4-2 夢じゃなかった
桜葉はこの時点で危惧も何もなく、ただそやつらを三階から見つめていた。
と、風が吹いて一人のフードがめくれかけた。あわててその人物はフードを押さえて再び深くかぶったが、
「ブフォオオ!」
桜葉は口に含んだ水を豪快に窓へ吹きかけていた。
「……!?」
窓へ思わず近寄ったが、見つかるとまずいと思い再び離れる。あの褐色肌。一瞬見えた堀の深い顔だち。丸まったグレーの髪。夢ではない。夢じゃなかった。夢なんかじゃない!
「あいつ……なんだってこんな場所へ……!?」
コロージェン村近くの、あの霧深い謎の廃屋……江戸時代の建物のような……鍛刀所と道場のあった……。
あそこで襲ってきた、隣のナントカ王国のドラムだ! 間違いない!!
桜葉はドアから飛び出て、転がるように廊下を走り、階段を下りた。途中で、クロタルとすれ違う。
「どっ、どうしましたか!?」
さすがのクロタルも眼を白黒させていた。
「不審者です!」
「不審者? まさか!」
スカートのすそをたくし上げ、クロタルも階段を下りて桜葉の後を追った。
「こんな時にありえません! 窃盗犯だとしても、警備は厳重ですよ!?」
「見たんです!」
桜葉は宿舎の勝手口から急いで裏へ回ったが、
「あれっ……」
もう、誰もいない。むしろ、いつもの警備員が巡回していた。警備員といってもここは国立施設なので、制服を着て帯剣し手槍を持った方伯領の衛視だ。
「あ、あの、いまフード姿の連中が七人ほどここでたむろして、何やら話し合っていたんですが……」
「まさか」
衛視に笑われてしまった。
「ここは関係者以外、誰も入れません」
そうは云っても、高い塀があるわけでもない。入ろうと思ったら、入れるはずだ。
「見たんだけどなあ……」
「どこで見たのですか?」
「自分の部屋……あの窓からです」
桜葉が振り返って自分の部屋……と思わしき場所を指さす。
「そうですか……分かりました。念のため、巡回を強化します」
そう云われたら、それ以上返す言葉も無い。
「は、はい……お願いします」
「イェフカ、行きましょう。食事の時間ですよ。ハイセナキスへ集中してください」
クロタルに連れられて、桜葉は控え室へ向かった。
二人を完全に見送ってから、その衛視がチラリと後ろを振り返る。納屋の陰より、フード姿の七人がぞろっと出てきた。そのまま、どこかへ小走りで立ち去る。衛視は何事も無かったかのように、巡回を再開した。
最終日。
控え室で食事を摂り、桜葉はハイセナキスへ集中する。クロタルの云う通りだ。敵情視察に来て、ちょっと裏も見ていただけかもしれないし、自分が寝ぼけて見間違えたのかもしれない。
午前中は第五試合、アークタ対ランツーマだ。今日も朝から大勢が見物に来ている。競技場の表側では屋台や見世物も多く出ており、年に一度のお祭りなのだ。桜葉は少し覗いてみようとも思ったが、揉みくちゃにされかねないというのでクロタルに禁じられた。
「立場をわきまえてください。もう、ただの試作ドラムではありません。七つの国の代表を、堂々と争っているのですよ」
「すみません……」
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