第3章 2-5 余韻
観客にとってはまさに大番狂わせで、競技場が地鳴りと化したどよめきと歓声、怒号、雄叫びやその他の訳の分からない声に包まれ、混然一体となってウワーン!! という音響だけが、荒い息をついて立ち尽くす桜葉の耳に届いた。
そこから、どうやって控え室まで戻ったか覚えていない。
気がつくと、自分は控え室の椅子に座っていて、クロタルが感極まって泣きながら何かをまくし立てていた。
スヴャトヴィト博士もいる。
「まずまず、上手に遣ってくれたな。やはり、君で正解だった。魔力炉の選択は正しかったのだよ」
博士はそんなことを云って、ふいと出て行った。係員とクロタルだけが残る。
クロタルはまだ興奮してしゃべっていたが、桜葉が、
「腹が……減った……」
と、ぽつりと云うと、
「今すぐハイセナキス勝者へ食事を!!」
と、係員へよく響く声で指示を出した。ハイセナキス後は魔力炉の消費が激しく、勝っても負けても、どちらにせよ控え室で普段よりやや多めの食事を摂る。
食堂の職員が、次から次へと控え室へいつもの料理を持ってくる。様々な大きさと硬さのパン、肉団子やぶつ切り肉の焼き物、煮物、揚げ物、具だくさんのスープ、それらには、あの観葉植物のようなナゾ草を発酵させた食材が使われていた。
桜葉は無我夢中で食べ続け、昼過ぎにはぴたりと食事を終えた。
「勝ったんですか」
そこで初めて、クロタルへそう云った。
「勝ちましたとも」
クロタルがしみじみと答える。
「しかし、明日もあります。明日はランツーマ戦です。ランツーマも、今日の結果を見て戦法を変えてくる可能性が」
「戦法を」
「午後からランツーマとユズミがやります。見てみましょう」
桜葉は控え室の洗面所で口をすすぎ、歯ブラシに近いもので歯を磨くと、クロタルと連れ立って観客席へ向かった。関係者の専用席がある。
「クロタルさん、食事は?」
「私どもは、昼はいただきません」
「そうなんですか」
通路を進むと、アークタとばったり会った。やはり、関係者と思しき男性と一緒だった。
「よお! やってくれたな!」
屈託なくアークタが手を上げて云う。むしろ桜葉が意識してしまい、
「ど、どうも……」
と、おどおどした態度になってしまった。
「まだ二戦あるから、気を抜かないほうがいいぜ!」
そう云って、先に客席へ行ってしまう。眼の殺気も消え、すがすがしい雰囲気を見せている。
(そうだよな、いちいち気にしてらんねえや)
気を取り直し、ざわめきの残る競技場の専用席へ出た。その桜葉……いや、イェフカを目ざとく見つけた客から、
「クソが! お前のせいで大損だ!」
「おれは大儲けだ!」
「次も頑張れよ!!」
「ふざけんな、絶対に負けやがれ!」
などと野次や歓声が飛ぶ。
それからややあって、午後からの第二ゲーム。ランツーマ対ユズミ戦が始まった。
この二人は両者とも遠距離戦から始まるので、申し合いでの竜騎戦はどうもだれがちな展開が続いている印象があった。地面での白兵戦はまあまあ面白いのだが。それでもユズミにアークタほどの迫力はないし、ランツーマもアークタのようなバリエーション豊かな戦いはしなかった。どうしても、ビームめいた光線をただ撃つだけなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます