第3章 1-6 完全勝利 S

 桜葉も対抗して上昇する。おおっ! と少ないギャラリーから声があがった。突如として、魔力炉がフル回転した。イェフカの目が光った。動きがスローに見える。絶妙にガズ子を操作し、凄まじい相対速度の中で桜葉の切っ先がアークタの切っ先を擦り上げるようにし、巻きこんで穂先をそらしつつアークタの胴体を完全にとらえた。


 バッグアァアア!! 大爆発のような衝撃が轟き、アークタがドラゴンから一撃でふっ飛ばされた。そのまま煙をふきながら錐揉みして地面へ落ちる。桜葉がすかさず追い打ちし、急降下からガズ子を着地させて飛び下りた。騎兵槍を捨てて刀へ手を添え、地面へ転がってなんとか起き上がったアークタめがけて走りこむ。防御魔力が働き、物理的なダメージは無いがゲージの八割近くが減っていた。さすがに動きが鈍い。その左右のショートソードを両手でそれぞれ抜く動作も緩慢だった。


 ス、ススススッ……居合膝のまま虎走りで桜葉は一気に距離を詰めると、右足を出しつつ間合いに入った瞬間すかさず抜刀! 左で鞘引きし、身を捻りつつ右手を握り絞って真一文字に刀が走る!! 両手に構えたショートソードの右手めがけて真一文字に斬りつけた! ッギャァン! 流石にアークタ、ショートソードを交差してその攻撃を受ける。ギャッ、ガ、ギャ! 桜葉はそのショートソードを刀で巻きこみ、捻りあげてアークタの手から飛ばしてしまった。驚愕に固まったアークタの肩口めがけ、振りかぶって右袈裟(アークタから見て自分の右肩口、逆に桜葉からは向かって左側)に刀を叩きつけた。


 バアン!! 爆発と共に、アークタがグラリと倒れる。

 「…………!!」


 ファンファーレめいた音が鳴り、その場の誰もが、信じられない物を見たという顔で凍りついた。あっという間に完全勝利。桜葉はノーダメージだ。


 「……え?」

 桜葉が茫然として刀を持ったまま立ち尽くしていた。

 「……くっそ、油断したわ」

 アークタが、袈裟に切られた場所を押さえながら立った。


 「とんでもねえ……とんでもねえよ、あんた。来週の本番が楽しみだ。いや、ほんっと、楽しみだよ、ハハハ!」


 そういう眼が、まったく笑ってない。殺意に満ち満ちている。しまった。か。桜葉は心中反省した。虎の尾を踏んだかもしれぬ。


 控室へ戻ると、満足げにうなずく博士と、泣いているクロタルが待っていた。

 


 その日の夜。

 食事を終え、部屋へ戻ると、客が訪ねてきた。

 クロタルかと思ったら、見知らぬ男性だった。

 「やったなあ、おい!!」

 やけになれなれしい。


 「……だれです?」

 そして思い出した。競技場の隅にいて見学していた見慣れぬ人物だ。

 かと云って、誰なのかは知らぬ。


 「これでおれも一安心だ。なんとか、いい結果を期待している」

 「いや、だから……」

 「おれだよ。おれ。声に聞き覚えないか?」

 「おれだよったって……」

 「このまえ会ったばっかりだろ。それも忘れたのか」

 人物が、顎のあたりや口の上、それに眉毛を指でなぞるような仕種をした。


 まさか。

 「ああっ! あんた……!」

 テツルギン侯ではないか!!


 あわてて桜葉、よく覚えてないがタップダンスめいた足踏みをして、適当に手をばたばたする。侯がそれを見てふき出して笑った。


 「……この姿のときは、そんなことしなくていいよ!」

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