第3章 1-5 最後の練習試合

 「ふつうは、青が薄くなる程度です。黄色というのは、相当に高いですよ。これを引き出すには時間がかかるんです。競技中にここまで持って行く選手もいますけど、たいていはその前にやられてしまいます。最初からこれなら、互角に……いえ、やり方次第ではアークタたちを圧倒するでしょう!」


 「圧倒」


 それは無い無い、と内心思う。しかし、良い勝負ができるのなら方伯や博士の面目も立つだろうし、お客さんも喜ぶだろう。なにせ先日までは、弱すぎて賭にもならないレベルだった。


 その日、クロタルも桜葉の居合を全て見学した。所作や動作の意味の分からない者が見ても、一人でただ刀を抜いて振り回しているだけに見えるが、クロタルは飽きずにずっと桜葉を……イェフカを見つめていた。その不思議な戦闘法、鍛練法を。


 「素晴らしい……魔力が固定化されてゆきますよ。その動き……ただの戦闘鍛練ではありませんね。まさに、ドラムとハイセナキスのためにあるような……」


 「はあ」


 桜葉は、クロタルが何に対してそんなに感動しているのかまるで分からなかったが、機嫌が良いことに安心していた。あの、こっちへ来たばかりのときのような状態では、とても競技など一緒にやれない。


 (おれがこの世界へ来た意味が、にあるとしたら……)

 桜葉は、味わったことのない充実感に満たされて行くのが分かった。


 (いや、まだまだだ。勝負に勝って、賞金を得て、クロタルを新しいドラムへ入れてやるんだ。それが……当面の目標だ)


 午後になり、食事の前で桜葉は稽古を切り上げた。あとはもう、なるようになるだろう。成果はあったと信じたい。


 (よしよし……魔力炉はまだ回ってるな)


 クロタルと別れ、それを感じながら食堂へ歩いていると、ちょうど食事を終えたアークタと廊下ですれ違った。


 「……おい、やったじゃないか」

 「え?」

 やはり、見た目にも分かるようだ。アークタが立ち止まってニヤッと笑った。


 「さすがだよ。明日の申し合いが楽しみだ。それに……本番もな。もう、このあいだまでのあんたじゃないよ」


 「そう……だといいですけどね」

 「そうだよ。自信もちなよ」


 アークタが行ってしまう。食堂にユズミとランツーマはおらず、また一人で桜葉は大量の食事を平らげた。魔力炉が常に回っているからか、やたらと食べた。


 (しまったぞ……こんな問題が)


 次の課題は、関係ないときはやはり回転を止め、ハイセナキスの前に自在に回せるようにすることだろう。

 


 翌日。最後の練習試合の日。午前中はアークタ対イェフカ。午後はユズミ対ランツーマだ。


 クロタルや報告を受けた博士、それにふだんは見たことのない、知らない人物も競技場の隅にいるのを桜葉は見つけた。


 (誰だ……?)


 大体の職員はもう見知っていたので、少しだけ気になった。見たことがあるような、無いようなといった感じの人物だった。


 ガズ子へ乗り、一気に飛び上がる。アークタも同じく飛び上がった。互いにまずはランス戦だ。上空を取り合って激しくドラゴンを空中へ走らせる。ドラゴンの操り方は、もうアークタへ引けをとらない。やや互いに上下左右へ飛びあって間合いを詰め……まずはアークタが勝負をしかけた。得意の上空から一気に落ちる一撃離脱戦法! それが速い。通常運動ならまだしも、流石にあの垂直落下は、桜葉にはまだできなかった。避ける間もなく、一撃で八割がたゲージを減らされる時もあった。


 「……なんのおッ!!」

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